第3話 8月24日 前編

 8月24日の今日は、近所にある神社の夏祭り開催日だ。私は、Tシャツにショートパンツというラフな恰好で、イヤホンから米津玄師の打上花火を流しつつ奈都たちとの待ち合わせ場所に向かっていた。持ち物も貯金箱に入っていた小銭と携帯だけ。母さんと父さんにはすでに、夏祭りに行って来ると伝えたので、食事当番は見送りになった。私と同じ目的なのか神社に近づくにつれて人が多くなってきた。


 「おーい、りーん」

この声は祥人だ。おしゃべり好きな祥人は一緒にいる間、ひたすら話し続けてくる。多分、言葉を抑制する器官か何かが壊れているのだ。捕まった場所が神社に着くまであと3分もないところだったのが唯一の救いだ。祥人と私は、4人のなかで一番家が近いので家の辺りで捕まっていたら、道すがらずっと彼の話に付き合うはめになっていた。繰り返すが、別に祥人のことは嫌いじゃない。苦手なだけだ。それに、私の塩対応には祥人も慣れている。

「無視するなよ」

「いや、無視したわけじゃないよ。ちょっと音楽の音を大きくしてたから、祥人の声に気付かなかっただけ」

「あんまり大きい音で聴いてると危ないぞー。気をつけろよな」

「お気遣いどうも」

「てか、聞いてよ。この間の部活でさー俺がね点数を・・・」

始まった。こうなることはわかっていたけど、始まるともう止められない。止めることが出来るのは圭太くらいではないだろうか。なんで、この弾丸トークをあのおっとりした圭太が止められるのかわからない。部屋の電気を消すように、祥人の口を止める圭太には祥人のスイッチが見えるのだろうか。そんなどうでもいいことを考えながら適当に相槌を打っていたら、彼は不貞腐れたように、

「ね、聞いてんの?」

と、聞いてきた。

「あーうん」

「うっそだー。凜ってさ、俺のこと苦手でしょ」

「別に苦手じゃないよ」

「だって、俺たち4人でいる時は俺のこと何とも思ってないって感じなのに、2人になるのは絶対嫌がるじゃん。イヤホンからの音で聴こえなかったっていうのも噓でしょ?」

そうだ。祥人はこういう奴だった。彼は運動も勉強も軽くこなしてみせるし、何よりも変なところで勘が鋭い。人の感情に敏感だ。中学時代から私が苦手としていることを祥人はずっと知っていたのだろう。その上で、素知らぬ顔で話しかけてくるし、私には関係のない、祥人の気持ちをぶつけてくる。苦手だ。

「祥人はほんと、勘が鋭いよね」

神社に近づくにつれて喧騒はどんどん大きくなっていくのに私の心はなにか冷たいものが落ちていって、とても静かだった。

「それは、凜も一緒でしょ。それに凜のほうが性質が悪いと、俺は確信してるんだぜ」

「ははは。私にはそんな特技ないよ」

私は自嘲するように言った。もう、神社に着く。

「気づいてるくせに」

「何に?」

「俺がずっと凜のこと・・・」

これ以上先はもう聞きたくない、そう思っていたときに

「あ、さーちゃんとしょーちゃんだ。やっほー。」

タイミング良く圭太の声がした。ほっとした。


 圭太は誰にでも「ちゃん」を付けて名前を呼ぶ。私の名前が凜だから語感が悪かったのか、斉藤から取って、いつの間にか「さーちゃん」と呼ばれるようになっていた。

「わっ、え、圭太お前いつからいた?ってか、今の俺らの話聞いてた!?」

「え、聞いてないよ?なに話してたのー?」

圭太は私たちの話を聞いていた、と思う。なぜなら、私は圭太の存在に気づいていたから。でも、圭太は空気が読める奴だ。聞いていなかっただけかもしれないが、本当に聞いていたとしても素直に、聞いていた、と言うことはないだろう。

「なっちゃんは来てないの?」

世の元気っ子がどのような性格をしているかは分からないが、奈都は何かと1つのことに夢中になる癖がある。他が見えなくなると前日に約束を取り付けてきたことも忘れてしまう。おおかたネットで見つけたイケメンを漁っていたとかそんな理由だろうけど。とにかく奈都は平気で1時間とか遅刻してくる子なのだ。

「奈都はだいたい遅刻してくるじゃねえか。いつも通りだろ」

「なっちゃんこないだ俺と遊んだときは遅刻しなかったんだよ」

「へえ、奈都が。珍しいこともあるもんだな」

奈都と圭太が2人で遊んでいたことも驚きだった。でも、確かに、圭太との待ち合わせに遅れて来なかったのは気になる。遅刻魔と呼ばれている奈都が圭太との待ち合わせ時間にだけ遅れてこないということはつまりそういうことなのだろうか。でも、言うほどの興味はない。

「ごめーん!待った?」

さすがの奈都でも夏祭りは5分の遅刻で済んだらしい。

「奈都、なんでお前圭太との待ち合わせは遅れねえのに俺らの約束は遅れるんだよ。」

「いやあ、あれは100回に1回くらいの奇跡が起きまして・・・ってなんで圭太と遊んだこと知ってるの?」

「俺が言った」

「言わないでって言ったじゃん」

「そーだっけ。ごめん」

奈都はあまり隠し事をする子ではないと思っていたのだが、勘違いだったのだろうか。まあ、人それぞれ言いたくないことはあるだろう。

「まあ、行こうぜ」

祥人の声で現実に戻る。そうだ。夏祭りに来ていたのだった。何を食べようか。たまにはりんご飴でも食べようか。

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それぞれの夏休み。 黄色い如雨露 @arinosuke01

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