第8話 代品の私
山本に呼び出された私は彼女の自宅に向かっていた。これまでの招集とは違い、呼び出されたのは私一人である。彼女から伝えられた心情の変化は私の勝利を確信させるものであったから私はすっかり浮かれた調子であった。
かつての彼女を思い浮かべるくらいの笑顔を見せた彼女が私を出迎えた。けれども相も変わらず彼女の腕には複数の傷が見られた。むしろ増えているようにさえ感じられた。
「来てくれてありがとう」
彼女がコップにお茶を注いだ。のどが渇いていた私はそれを一気に飲み干す。
「どういたしまして。崇めてくれてもいいんだぜ?」
彼女は「嫌」と即答しつつもその様子は上機嫌であった。
私は今日は久しぶりの彼女の調子のよい日だと思った。いかんせん彼女の祖母が亡くなって以降彼女がここまで明るくなることはなかったのである。
「久しぶりにあれやろう」
「レッドパパカーレースか?」
「うん」
久々にしたレースは二人そろってコンピュータに手も足も出ないほどに散々なものであったが、けれども心の充足感は何物にも代えられないほどの強いものであった。
私の彼女への想いはますます強まり、勝利を確信していた私はファイナルフェイズに移行したのである。
「なぁ山本」
「どうしたの? そんなかしこまって」
「俺と付き合ってほしい」
私が君を支えた祖母の代品となろう。
私が君に愛を伝えられなかった父の代品となろう。
私が君が想った田中の代品となろう。
君に不足している心の支えとなろう。
「お願いします」
加奈は笑顔であった。
代品 天然水Ⅱ世 @header
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