好きでいてもいいですか?(由佳編)
「私の友だちが遊び相手が欲しいみたいなんですけど、由佳さんどうですか?」
以前バーで知り合い趣味の話で意気投合した千鶴から電話があったのは、まだ梅雨が明けたばかりの暑い日だった。
最近、丁度よく遊べる相手が減ったところだ。
私も彼女の紹介ならそう変な子も来ないだろうと、話を受けることにした。
その相手は十歳も年下の二十四歳のOLらしいが、たまには年の離れた女を相手にするのも悪くない。
(可愛い子だといいな)
その時はあまり深くも考えもせず、遊び相手が一人増えるかもしれないくらいにしか思っていなかった。
待ち合わせ場所は以前、千鶴と映画を観に行った帰りによった喫茶店だった。
店の一番奥で待ってるとの話で、私は喫茶店の扉を開け奥の席を確認した。
こちらを背に向けて、明るい髪色の女性が座っている。
雰囲気は悪くない。
「千鶴さんの友だちの方ですよね?」
「は、はい!」
声をかけるとまだあどけなさが残る丸い瞳がこちらを見上げる。
私は向かいの席に座り改めて彼女を見る。
どことなく見覚えがある気がした。
六年前の記憶が甦る。
「私、三年間ずっと竹井先生のことが好きで、恋してました。先生、好きです。愛してます。」
今にも泣きそうなくらいに目を潤ませ、卒業式の後に私に告白してきた生徒、雪下莉奈。
いくら私の恋愛対象が女性でも女子生徒から告白されたのは初めてだった。
さすがに教え子に手を出すほど困ってはないし、そもそも生徒と付き合うなんて今まで考えたこともなかった。
意を決して告白してくれた子供を突き放すのは可哀想だが、だからと言って応えることはできない。
「好きになってくれたのは嬉しいけど、私と雪下さんは生徒と教師だし、お互い女だからあなたの気持ちに応えることはできないの。ごめんなさい」
私は当たり障りのない返事で彼女を振り、その後は音沙汰もなくすっかり忘れていた。
あの頃より大人びた顔つきになり、メイクもしてすっかり社会人の姿になっていたが間違いなく雪下莉奈だった。
当の本人は私には気づいていない。
まさかこんな形で教え子と再会するとは思わなかった。
「私が誰か分からない?」
努めて冷静に聞くと雪下さんは全く分からないと言いたげな表情を浮かべて、こちらを見ている。
「⋯えっ⋯えっ?ど、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
彼女はうーんと小さな声で唸りながら記憶を探っている。
プライベートの私は仕事の時と違い髪も下ろしているし、メガネもしていないから、すぐに思い出せないのだろう。
目の前に告白した相手がいるのにまるでピンと来てないようで、少し寂しくなり思わず嫌味が口をついて出た。
「自分が告白した女の顔も覚えてないの?」
私はカバンからバレッタを取り出すといつものように髪を纏め上げ、メガネをかけた。
「さすがに分かるわよね?」
「た⋯竹井先生」
ようやく思い出したようだが明らかに動揺していた。
それもそうだろう。遊び相手として高校時代の教師が現れたら私だって動揺する。
目の前に教え子がいて私もさっきから変な動悸を起こしているが、悟られまいとなるべく落ち着いて振る舞うことに徹している。
「先生が何でここにいるんですか?」
「それは私も聞きたいわね」
六年も経って、こんな再会の仕方をする教師と生徒がいる確率を知りたかった。
私はメガネを外し髪を下ろし来た時の姿に戻った。
「意外と分からないものですね」
とどこか興味深そうに雪下さんは言う。
しかし困ったものだ。
いい遊び相手を紹介してもらったつもりが、元生徒ではどうしようもない。
(今回はなかったことにするしかないか)
「そうね、仕事の時は保護者受けのいい格好してるから⋯これ」
私は財布からお札を出すと雪下さんの前に差し出した。
「あの⋯」
「お茶代置いておくから。千鶴さんには適当に言っておくわ」
そのまま立ち去ろうとすると雪下さんに腕を掴まれた。
「待ってください。先生、遊び相手欲しかったんですよね?」
「そうだけどさすがに元生徒、それも昔告白してきた生徒と遊ぶ気にはならない。正直言うと、本気になられても面倒なの」
過去に何度か遊び相手に告白されたことがあるが、私にとってはいくら身体の相性が良かろうが顔が好みだろうが、遊びは遊びでしかない。
もとより恋人を作る気がなかった。
「それなら安心してください。私先生のこと今は何とも思ってないですし、誰かいい感じに遊んでくれる人なら誰でもよかったんです。私ももう二十四だし、それくらいの分別はありますよ」
と何でもないことのように言う。
「⋯⋯⋯」
「せっかくお互い遊べる相手が見つかったのに、このままなかったことにするのはもったいなくないですか? 私別に彼女作りたくて来たわけじゃないんで」
その点では私も雪下さんも合致しているようだ。
だが私自身女と遊び歩いていながら、やはり元教え子と寝るのはどうなんだという思いがある。
「一回くらい適当に遊ぶくらいどうってことなくないですか?」
ここに来て初めて雪下さんが挑発的な態度に出た。
このまま去っては何だか悔しい気がしてしまい
「そうね、そこまで言うなら」と挑発に乗ってしまった。
ホテルで先にシャワーを浴びていると雪下さんがドアの隙間から顔を覗かせた。
「先⋯由佳さん、私も一緒に入っていいですか?」
「構わないけど」
恥ずかしそうにしながら、おずおずと遠慮がちに私の腰に腕を回してくる。
「私たちは今日会ったばかりの赤の他人、でいいですよね、せ⋯⋯由佳さん」
「ええ」
私は雪下さんの顎を掴みキスをした。
そう私たちは遊ぶために知り合った赤の他人。
そう思えばいい。
ホテルで翌朝目が覚めると、雪下さんはまだ眠っていた。
とても幸せそうな表情を浮かべている。楽しい夢でも見ているのだろうか。
私たちの身体の相性は初めてとは思えないくらい良かった。
最初は控えめだった雪下さんも途中から火がついたかのように積極的になった。
思った以上に楽しむことができた。
遊ぶ相手としては充分すぎる。
シャワーを浴びながら考える。
また彼女と関係を持つのか、今日だけの遊びにするのか。
(一回だけで手放すのは惜しいかも)
そう簡単に相性がいい遊び相手が見つかるわけではない。
(彼女の方から求められたら連絡先くらいは渡そうかしら)
続いてもいいし、終わってもいい。
この時はそう思っていた。
私が着替え終わった頃に、雪下さんも目を覚ました。
「早いんですね、せ⋯由佳さん」
「あなたも早くシャワー浴びて着替えたら」
お互いに何事もなかったかのようにホテルを出た。
特にアクションがなければこのまま別れて終わりだった。
去ろうとして背を向けると
「由佳さん、もし良かったらまた遊びませんか?暇な時にでも」
と軽いトーンで声かけられる。
(今更、彼女が私に本気になったりしないか)
私はカバンからメモを出し連絡先を走り書きすると、それを雪下さんの手の中にすべりこませた。
「これ、私のメアドと電話番号。時間が合えば遊んであげるから気が向いたら連絡して」
こうして私と元教え子の雪下さんの関係が始まった。
その後は彼女から時折、遊びたいと連絡があった。
こちらの予定が空いていれば喫茶店で待ち合わせ、ホテルに行く。
雪下さんは会う度にいつも満足した顔をしてくれる。
お互い遊びではあるが、相手が悦んでくれるならこちらも甲斐がある。
今の私には女を抱く以上の楽しみはない。
何度か遊んでいるうちに私の方からも連絡を取るようになった。
最近では週末の金曜日に毎週会うまでになった。
今週も金曜日が巡って来た。
今日はいつもより早めの時間に会う約束をしている。
喫茶店で顔を合わすと、雪下さんはどこかそわそわしている。
「どうかした?」と訪ねると
「ホテルに行く前にお酒でも呑みませんか? いいお店知ってるんです」
最初の日以外、二人でこの喫茶店とホテル以外に足を運んだことはない。
取り決めたわけではないけれど、それが暗黙のルールのようになっていた。
「あなたはお酒好きなの?」
「好きですよ。あまり強くないですけど。由佳さんは嫌いですか?」
「私も呑むわよ。ほどほどに。⋯たまにはこういうのもいいか」
遊び相手とは決まった予定以外のことはしないのが私なりの規則だったが、その時はほんの気まぐれで呑みに行くことにしてしまった。
彼女が連れて行ってくれたお店は落ち着いて呑める静かなお店だった。
お互い気持ちよくお酒を交わし、店を出た後はいつものようにホテルに向かった。
程よく酔ったままベッドの上で抱き合う。
私は彼女の体にキスを落としていく。
「由佳さん、わたし、今すごくたのしいです」
酔っているせいか、舌足らずな言い方が甘えているようにも聞こえる。
「そう、良かったわね。いいお酒が呑めて」
「お酒より、由佳さんといるから楽しいんですよ~」
普段とは違った甘えた声。
「由佳さんは好きな人いるんですか?」
「いたらあなたとこんな関係になってないと思うけど?」
「由佳さん、他にも遊び相手いますよね。」
「⋯⋯ええ。何か問題ある?」
私は遊び相手との連絡用の携帯をいつも彼女の目につくところに置いている。
私が他にも相手がいること、誰とも付き合う気がないことを示すためにわざと。
何回も会っていれば余程察しが悪くない限り気づくはずだ。
「由佳さんは、何で遊ぶんですか?」
「そっちの方が楽しいし楽だからよ」
「⋯⋯恋人、作るのは嫌ですか?」
何故こんな事を聞くのか。今まで関心を持った様子もなかったというのに。お酒のせいだろうか。
「捨てられたの。昔。」
そして私も酔っていた。普段なら話さないことが口からこぼれる。
「すごく好きだったからショックだった。私より他の女を選んだの。あなたとは本気じゃなかったって。だからそれ以来もう誰とも付き合わないって決めてる。遊びだけで充分なの。遊びでも充分楽しいしね。分かった?」
雪下さんは私の手を掴むとぎゅっと握りしめてきた。
「何?」
「⋯先生⋯⋯っ⋯⋯」
私のことを真っ直ぐ見つめる瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「先生が好き、愛してる。ずっと好きだった」
握る手の力が更に強くなる。
「先生のこと⋯⋯忘れたこと⋯⋯なかった。忘れようとしても⋯⋯忘れられなかった⋯⋯」
「⋯⋯⋯私のことはもう何とも思ってなかったんじゃないの?」
彼女は首を横に振る。
「だいたい、最初に会った時に気づかなかったじゃない」
「⋯⋯それは⋯知ってる先生と姿が違ったから⋯。でも先生のこと⋯好きだから結ばれたかった⋯遊びでもいいから、側にいたかったん⋯です⋯⋯っ⋯」
そう言うと彼女はまるで子供みたいに泣きじゃくり、私の腕の中で泣き声を上げていた。
(今更こんな事言われてどうしろって言うのよ)
私は戸惑っていた。泣いてる十も年下の女の子を突き放すわけにもいかない。
何より辛そうで見ていて胸が締め付けられる。
「分かったから、雪下さん落ち着いて」
しかし私の声も届いてないのか彼女の目から溢れる涙は止まらなかった。
「あなたの気持ちは分かったわ。どうするかは後で考えましょう。だから今は落ち着きましょう、ね?」
私は彼女の頭を撫でてなだめる。
「大丈夫だから。そんなに泣かないで、莉奈」
遊び相手の名前は呼ばないと決めている私が初めて彼女の名前を呼んだのはこの時だった。
しばらくして泣き止んだ莉奈はまだ赤い目のまま私を見ている。
「私、ずっと先生一筋だし、多分これからも先生のことしか見てないので私の元カノ見てください」
とよく分からないことを言い出した。
「何故その流れであなたの元カノを見ないといけないの?」
莉奈は自分のカバンに手を伸ばすとスマホを取り出した。画面を私に見せる。
「これが私の元カノです。で、こっちがその前の彼女です。あとこの人は彼女じゃないんですけど片想いしてた人で⋯」
そう言って見せられた写真に写る女性は皆、莉奈よりも大分年上でメガネをかかけていて髪が長く、そう教師をしている時の私に雰囲気がよく似ていた。
「私先生に似てる人見ると、好きになっちゃうんです。でもいつも上手くいかなくて⋯。最後に付き合った彼女に言われました」
莉奈は少し寂しそうに笑う。
「いつも誰を見てるの?⋯って。私、今まで付き合った人の向こうに先生を見てたんです。先生のこと忘れようと思うのに先生に似た人を好きになって結局忘れられなくて⋯⋯。先生私じゃダメですか?」
莉奈がすがるように私を見つめる。
長い間、私の事を好きだったと、忘れられなかったという彼女をどうすべきなのか分からなかった。
甘えるように私の肩に顔を埋める莉奈を私は抱き返す。
不覚にもほんの少し、彼女を愛しいと思ってしまった。
その後、莉奈は疲れたのか眠ってしまい私も眠りに落ちた。
すべては明日の朝決めればいい。
どうなるかは分からないがなるようにしかならないのだから。
翌朝起きると
「⋯由佳さん⋯私昨日のこと覚えてなくて⋯頭ガンガンします⋯」
莉奈は頭を押さえながら青い顔をしていた。
(待って、あれを全部覚えてないの⋯?)
はぐらかしてる様子もなく本当に何も覚えてないような顔をしている。
「そうね、あなたかなり酔ってたものね」
脱力しそうになりながらそう返すしかなかった。
「由佳さん、私急に歌ったり踊ったりとかしてないですよね?」
「大丈夫よ。いつもと同じだったから。あなた酔うと歌ったり踊ったりするの?」
これなら歌って踊ってくれてた方がかなりマシだった。
「しないですけど、変なことしてたら嫌だなって」
何か失敗したのではないかと不安になっているようだ。
(昨晩のあれは莉奈からしたら失敗なのか)
きっと今までの私なら何も覚えていないことに安堵したに違いない。
だけど認めるのは少し癪な気もしたが私はがっかりしていた。
私はそんな気持ちの衝動をどうしていいか分からず、莉奈を抱き寄せるとそっと唇にキスをした。
「⋯⋯!?」
莉奈は意外なものでも見るような表情だ。
「⋯⋯」
「起きれる? ちゃんと一人で帰れそう?」
「⋯⋯大丈夫です」
私たちはいつものように別れてホテルを去った。
あれから私たちの関係にさほど変化はない。
週末に喫茶店で待ち合わせてホテルに行く前に、映画や買い物に行く時間を足した。
こちらから誘うと莉奈はとても嬉しそうに無邪気なの笑顔で誘いに乗ってくれる。
私は少しでも彼女といる時間を増やすことであの夜の告白がどこまで本当なのかを確かめようとしていた。
(素直に聞いてもいいんだけど、全く覚えてないならどうしようもないし⋯)
そして時折、あの夜と同じようにお酒を呑みに行く。
酔うことでスイッチが入るのか、泣き上戸のようで莉奈はまた同じように泣きながら好きだと言う。
私も彼女をなだめるのにすっかり慣れてしまった。
泣き止んだ莉奈は打って変わって今度は甘えてくる。
「先生、由佳さん、大好きです」
そして甘えてくる莉奈に私も驚くほど当たり前に
「私も莉奈が好き」
と返していた。
まるで恋人同士のように抱き合うことに私は幸せを感じていた。
こんなはずじゃなかったのに、私はどんどん彼女に愛おしさを募らせてゆく。
朝を迎えると莉奈は記憶がなく、きれいさっぱり忘れている。それは見事なまでに。
私は二人の莉奈を相手にしている気分だった。
「由佳さん、昨日楽しかったですか? 私全然、記憶がないです」
「あなたはいつも呑みすぎるのよ」
正確には私がお酒を勧めて呑ませている。
何回も呑みに行くうちに莉奈が好みそうなお酒も分かるようになった。
口に合う美味しいお酒を呑むと莉奈も楽しいのか、すぐにグラスを空にしてしまう。
彼女が酔うことに私は期待していた。
我ながらひどいとは思っている。
「由佳さんが私に勧めるからですよ」
「勧められて呑みすぎるのが悪い」
「⋯⋯」
こうでもしなければ莉奈は少しも私に好きだとは言ってくれない、などと本音は口にできなかった。
「その⋯酔った私として楽しいですか?」
「うーん、酔ってないあなたよりは楽しいわね」
少なくとも他の遊び相手と連絡しなくなるくらいには私は莉奈との甘い時間を堪能してた。
自分でも予想外すぎる行動をしていて、莉奈と再会する前の私が見たら嘲笑うだろう。
「どの辺りがですか?」
全く分かっていない莉奈に私は苛立ち
「それは自力で思い出しなさい」と突き放してしまった。
呑みに行く頻度が増えれば増えるほど、私は莉奈に何度も愛を囁かれる。
「先生好き、愛してる」
朝に何も覚えてなかったとしても、私は彼女から愛されていることで心が満たされるのを感じていた。
私は遊びながら心の奥底で、本当に愛し合える人を求めていたのかもしれない。
少し呂律が回らない舌足らずな莉奈の言葉が耳の奥で溶けてゆく。
これはきっと酔った莉奈と私の秘め事だ。
とても甘美な秘め事。
朝には消えてしまう儚い秘め事。
すやすやと小さな子供のように眠る莉奈の頬に触れる。
「ねぇ、いつか思い出してくれる?」
幸せそうな寝顔にそっと呟いた。
そして何事もなく金曜日がまた巡って来る。
何度目か分からないお酒の席。
だけど今日の莉奈はあまり気分が乗らないのかお酒が減っていなかった。
「あまり進んでないけど調子悪い?」
私が聞くと莉奈は
「私だっていつまでも自制できないわけじゃないんですよ」
と澄ましている。
「そう⋯」
彼女が酔わなければあの甘い時間は訪れないのだと思うと私もお酒が進まなかった。
(私、何してるんだろう⋯。彼女を酔わせなければ満足できないなんて最低)
最低なのは自分でもよく分かっていたけど、一度覚えてしまった甘美な秘め事をなかったことにするにはあまりにも惜しかった。
莉奈は大して酔うこともなくお店を出た。
その後はいつも通りにホテルに向かう。
もしかしたらもう莉奈とあの時間を過ごすことはないのかと思うと無性に寂しかった。
お互い裸になり触れ合っても、私は気分が乗らなかった。
(いつまでこの関係を続けるんだろう。莉奈が思い出すまで? 思い出したらどうなるの?)
気がそぞろになっているのが伝わったのか莉奈に心配される。
「由佳さんの方こそ、調子悪いんじゃないんですか?」
「⋯そうかもね」
「⋯⋯私が酔ってないとつまんないですか?」
まさに真実を言われてため息が出そうになった。
『正直言うと、本気になられても面倒なの』
あんなことを吐き捨てた私が本気になってるのだからどうしようもない。
(莉奈⋯)
気づけば狂おしいほどに心が彼女を求めていた。
こんなに近くにいるのに、何度も恋人のように求めあったのに。
あれをお酒が見せた幻想だなんて思いたくない。
「それじゃ、あなたにお願いしたいことがあるんだけど聞いてくれる?」
もう私は耐えられなかった。
ずっと秘密にしておくなんて、私には無理だ。
「私にできることなら」
莉奈は得意気に私を見つめ返す。
これから私が何を言うかなんて微塵も想像できていない顔だ。
「酔った時みたいに『先生好き、愛してる』って言って」
私は莉奈を強く抱き締めた。
「何で⋯そんなこと言うんですか?」
私の言葉に動揺しているのが伝わってきた。
「何で、かしらね。あなた自分では分からないでしょうけど泣き上戸なのよ」
「⋯⋯!?」
まるで覚えがないと莉奈の表情が物語る。
「本当に何も覚えてないのね。最初に呑んだ日の夜に泣きながら『先生が好き、愛してる。ずっと好きだった。好きだから結ばれたかった』って言われた。あなたが酔う度に言うのよ」
「⋯⋯⋯」
「あんなに必死に好きって泣きながら人に言われるなんて初めてだった。だからかな、適当に遊んで別れるつもりだったのにできなくなっちゃった。今まで遊び相手に告白されたこともあったけど相手にしなかったに。あなたが生徒だったから情でも湧いたのかな。⋯本当、バカよね」
遊びのはずが十も下の莉奈に夢中になって、こんなバカなことがあるだろうか。
「⋯先生」
「シラフの時にそうやって呼んでくれるのも最初に会った時以来ね」
莉奈は酔っていない時に「先生」と呼びそうになって言い直すことが何度かあった。
「だって、先生って呼んじゃいけない気がして⋯。私が先生のこと好きでもいいんですか? 好きでいてもいいんですか?」
莉奈の声が震えている。
昔、私に告白してくれた時のことを思い出す。
「これだけ言って野暮なこと聞かないで」
私は手の平で莉奈の顔を包むとそっと顔を寄せた。
私の全ての気持ちを伝えるつもりで何度も何度も深く口づける。
それは私たちの想いが重なった初めてのキスだった。
「ねぇ、さっきのお願い聞いてくれる? ちゃんと酔ってないあなた⋯莉奈の口から聞きたい。だって酔った時しか言ってくれないから」
私は莉奈の淡い桃色の唇に指で触れる。
「先生が好きです。愛してます」
涙をこぼす莉奈に私も泣きそうになってしまった。
既にこの言葉は秘め事ではないのだ。
「もう1回言って?」
「先生が望むなら何度でも。何回言っても⋯足りないかも」
私たちは愛し合う快楽にひたすら浸り、朝が来るまでお互いを求め合った。
あれから二ヶ月が過ぎた。
私たちは身体だけの関係を保つために会うことはなくなった。
遊び相手とは完全に別れて、連絡先も消去した。
もう私には必要なかったからだ。
私は莉奈の彼女として過ごす日々が続いていた。
六年前に告白してくれた女の子が今隣で眠っている。
私の誰よりも愛しい大切な人。
(こんなに好きなるはずじゃなかったんだけどな)
そっと眠る彼女の頬に触れる。
心の中に空いていた隙間がすっかりなくなってしまった。
私はいつも誰かと遊びながら、多分この隙間を埋めようとしていたのだろう。
(その相手が莉奈になるなんてね⋯)
お互いこうなるなんて数ヶ月には思いもしなかった。
「⋯⋯由佳⋯さん⋯」
「ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん。平気」
莉奈は私の手を取るとキスをした。
「いつも由佳さんが隣にいて、すごく幸せ」
愛くるしい笑顔を見せてくれる。
「私も」
できればずっと大好きな彼女と一緒にいられることを願わずにはいられなかった。
好きでいてもいいですか? 砂鳥はと子 @sunadori_hatoko
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