好きでいてもいいですか?

砂鳥はと子

好きでいてもいいですか?(莉奈編)

 梅雨が明けて本格的に暑さが増してきた頃、私はふと人恋しくなって、寂しさを持て余していた。

「好みのタイプのお姉さんと遊びたいな~」

 ちょっとストレスを発散したくて何気なくビアン友だちのちーちゃんに吐露したら

「私の知り合い紹介しようか? 前にバーで知り合ったお姉さんなんだけど、その人も遊び相手欲しそうだったからさ、莉奈りなどう?」

 と言われこの時はお酒も入っていたし軽い気持ちでその話に乗ることにした。

「絶対莉奈のタイプだと思う。気が合ったらそのまま付き合っちゃいなよ」

「そのお姉さん私がもらっちゃってもいいの? キープしてるんじゃないの?」

「私は好きな人いるので~。お姉さんとは趣味が同じでさ、ただの趣味友だちみたいな感じだから、莉奈と付き合っても全然いいよ」

 私の好みを隅から隅まで熟知しているちーちゃんのことだから、私のタイプだと言うからには期待しかなかった。


 後日、ちーちゃんが連絡したところ相手のお姉さんもこちらに興味を持ってくれたらしく、金曜日の夜に喫茶店で会うことになった。

(会ってみてお互いいい雰囲気になったらお姉さんと遊んでもらおう)

 ちーちゃん曰く、私が絶対に好きになってしまうような美人らしいのでお茶するだけでも楽しく過ごせそうだった。



 指定された喫茶店の一番奥の席で私はそわそわしていた。

 約束の時間より少し早めに来ている。

 人の出入りがある度にドアの方をチラチラ見てしまう。

 約束の時間から三分ほど過ぎた頃、お店に一人の女性が現れた。

 黒いパンツスーツ姿に、肩に掛かる赤味がかった長い髪、つり上がった瞳に気の強さが現れている文句なく美人の女性だった。

(まさかあの人が⋯)

 だとしたらかなりの当たりだった。

(めっちゃタイプなんだけど。さすがちーちゃんが太鼓判押すだけある)

 私はその女性に全然気づいてない振りをしながら近くまで来るのを待った。

 人違いだったらがっかりだけど、女性は私の席の前で止まった。

千鶴ちづるさんの友だちの方ですよね?」

「は、はい!」

 久しぶりにときめきを感じられる人に出会えて私は内心ちーちゃんに感謝しかなかったけれど、目の前に座ったお姉さんは急に眉間にシワを寄せた。

 困ったような、嫌なものを見てしまったような、そんな表情だった。

(⋯⋯露骨に顔に出すくらい私がタイプじゃなかったのかな)

 これだけ綺麗な人なら引く手あまただろうし、こんな大人の美人からしたら私なんて子供っぽくて興味を引かないのかもしれない。

「私が誰か分からない?」

お姉さんは何だか呆れたような、怒った様子でこっちを見ている。

「⋯えっ⋯えっ? ど、どこかでお会いしたことありましたっけ?」

 今まで付き合った人や関係があった人の顔を思い浮かべるけれど、誰もピンと来ない。

「自分が告白した女の顔も覚えてないの?」

 お姉さんはおもむろにカバンからバレッタを取り出すと器用に髪を纏め上げ、小さなケースから取り出した黒縁メガネをかけた。

「さすがに分かるわよね?」

「た⋯竹井たけい先生」

 記憶とは雰囲気や見た目が違うものの、目の前にいたのは高校時代に片想いしていた英語の先生、竹井由佳ゆかだった。



 クーラーの効いた店内にも関わらず変な汗が背中を流れた。

 自分の心臓の音をはっきりと感じる。

「先生が何でここにいるんですか?」

 上手く頭が回らない。

「それは私も聞きたいわね」


 高校時代、私は英語の竹井先生のことが好きだった。

 普段はすごくそっけなくて愛想がない人だったけど、テストを頑張った時や分からないところを理解できるようになった時に、控えめな笑顔で喜んでくれるのが私はたまらなく嬉しかった。

 先生の笑顔が見たくて私は苦手な英語に熱心に取り組み、気づけば好きになっていた。

 そして卒業式の日に私はどうしても自分の気持ちを伝えたくて告白した。

「好きになってくれたのは嬉しいけど、私と雪下さんは生徒と教師だし、お互い女だからあなたの気持ちに応えることはできないの。ごめんなさい」

 そう言って振られた。

 想像できる答えだったし、私たちが私の望むようにはならないのは明白だった。

 私は忘れられない想いを無理矢理胸の奥に閉じ込めて、思い出さないように過ごしてきた。

 そして今、思い出すことになった。



 先生はメガネを外し髪を下ろし、来た時の姿に戻った。

 これだけで大分雰囲気も違うし、私の知っていた頃に比べるとメイクも派手だった。

「意外と分からないものですね」

「そうね、仕事の時は保護者受けのいい格好してるから⋯これ」

 先生はお財布からお札を出すと私の目の前に置いた。

「あの⋯」

「お茶代置いておくから。千鶴さんには適当に言っておくわ」

 私のことなど興味ないと言わんばかりに立ち去ろうとしたので私は咄嗟に先生の腕を掴んだ。

「待ってください。先生、遊び相手欲しかったんですよね?」

「そうだけどさすがに元生徒、それも昔告白してきた生徒と遊ぶ気にはならない。正直言うと、本気になられても面倒なの」

「それなら安心してください。私先生のこと今は何とも思ってないですし、誰かいい感じに遊んでくれる人なら誰でもよかったんです。私ももう二十四だし、それくらいの分別はありますよ。」

「⋯⋯⋯⋯」

「せっかくお互い遊べる相手が見つかったのにこのままなかったことにするのはもったいなくないですか?   私別に彼女作りたくて来たわけじゃないんで」

 というと多少嘘にはなるけど、軽い気持ちで誰かと遊びたいと思ったのは本当だ。

 その相手がかつて好きだった人なのが想定外なだけで。

「一回くらい適当に遊ぶくらいどうってことなくないですか?」

 私はわざと挑発的に先生を煽ってみた。

 逆効果になるだろうかと懸念したが先生は

「そうね、そこまで言うなら」と私が初めて見る妖艶な笑みで返してくれた。




 先生のことを何とも思ってないなんて言うのは嘘だ。

 確かに再会するまでは思い出さないようにしていたけれど、三年間好きだった気持ちは嘘ではない。

 ずっと好きで憧れ続けたあの気持ちを私は簡単に捨てることはできなかった。

 憧れの先生と遊びでも一緒にいられるなら、私のあの時の想いも少しは報われるような気がする。

 先生は私になんか本気にならない。  

 遊び相手を探していたなら、きっと今は特定の人と付き合う気はないに違いない。

 私がまだ先生に未練があることを悟られないように、警戒されないようにしなくてはいけない。

 目の前にいるのはたまたま片想いしていた先生に似た十歳年上の綺麗な人だと思っておけばいい。

 その後私たちは別のお店で軽く食事をして、適当な世間話で盛り上がり、いい雰囲気になったのでホテルへ向かった。

 そうして私たちは昨晩、肌を重ねた。



 ホテルで翌朝目が覚めると、先生はすでに着替えていた。

「早いんですね、せ⋯由佳さん」

「あなたも早くシャワー浴びて着替えたら」

 先生は始終こんな感じでそっけない態度だったけど、キスも触れる手も優しいのにあっという間に快楽へ導いた。 

 私はあの大好きだった先生と、たとえ遊びでも結ばれたのが嬉しくて心も身体も満たされっぱなしだった。

 先生と恋人になったつもりで腕に抱かれるのは何よりも幸せだった。

 目の前の人が全く知らない人だったとしても、好きな人に似た人と過ごせたなら私にとっては楽しい一夜だったと思う。

 お互いに何事もなかったかのようにホテルから去った。

 内心、まだドキドキしていたけど表には出さないように振る舞う。

 去り際に思いきって声をかけてみた。

「由佳さん、もし良かったらまた遊びませんか? 暇な時にでも」

 あくまでも『遊び』であることを強調する。

 断られるかと思ったけれど先生はカバンからメモを出し、走り書きするとそれを私の手の中にすべりこませた。

「これ、私のメアドと電話番号。時間が合えば遊んであげるから気が向いたら連絡して」

 耳元で囁かれ私はゾクゾクした。

 昨晩の激しい夜が脳裏をよぎる。

 しばらく立ち去る先生の後ろ姿を眺めていた。



 それから私たちは幾度も会ってはホテルで逢瀬を重ねた。

 これはただの大人同士のよくある遊び。

 少なくとも先生にとっては。

 私は先生に抱かれる度に、もっと近づきたい欲望が大きくなる。

 だけどそんな気持ちを知られてしまったら、先生はもう私とは会ってくれないだろう。

 このままずっと身体だけの関係を続けるのか。

 でも私が彼女になりたいと願ったところで叶うはずがない。

 私からしたら不毛としか言いようがない関係。

 私は多分、肉体だけの愛も恋もないそんな関係すら切れずにだらだらと続ける予感しかなかった。

 何より先生は女を抱くのが上手かった。

 私は先生が与えてくれる快楽を捨てられそうにもない。

 きっと遊びと割り切ってしまえば楽なのに、遊びに徹することすらできない。

 そして先生について分かったことがある。

 私以外にも遊び相手が何人かいることだ。

 所詮私は遊び相手の中の一人でしかない。

 特別な関係になどなれるはずがなかった。

 それでも私はどうにか関係を変えられないかと模索していた。


 いつもと同じ金曜日。

 今日は早めの時間に会う約束をしていた。

 再会したあの日以外、私たちは待ち合わせ場所の喫茶店で合流した後にホテルへ行くのが決まりだった。

 特に話し合ったわけではないけれど、それが暗黙のルールになっていた。

 それは私たちがただ会って性欲を発散させるだけの関係であることを示している。

 私はいつもの流れを変えたくて思いきって先生を飲みに誘った。

「ホテルに行く前にお酒でも呑みませんか? いいお店知ってるんです」

「あなたはお酒好きなの?」

「好きですよ。あまり強くないですけど。由佳さんは嫌いですか?」

「私も呑むわよ。ほどほどに。たまにはこういうのもいいか」

 私はほんの少しルーティンを変えられたことに喜んだ。


 しかしそれが嬉しすぎたのか呑みすぎてホテルで朝を迎えた時、私の記憶は完全に消し飛んでいた。

「⋯由佳さん⋯私昨日のこと覚えてなくて⋯頭ガンガンします⋯」

「そうね、あなたかなり酔ってたものね」

 哀れんでいるような目で見られてしまった。

 何だろう、私は酔って変なことをしたんだろうか。

「由佳さん、私急に歌ったり踊ったりとかしてないですよね?」

「大丈夫よ。いつもと同じだったから。あなた酔うと歌ったり踊ったりするの?」

「しないですけど、変なことしてたら嫌だなって」

 先生は私を抱き寄せるとそっと唇にキスをした。

「⋯⋯!?」

 今までこんなこと一度もなかったので、私は驚いて先生の顔をまじまじと覗き込んだ。

「⋯⋯」

「起きれる? ちゃんと一人で帰れそう?」

「⋯⋯大丈夫です」

 頭がガンガンしていて、上手く考えられない。

 先生がこんな優しかったことがあっただろうか?

 朝起きてキスしてくれたことなんて一度もない。

 日が登れば私たちは目的を終えた同士で、身体に触れることはほとんどなかった。

 こんな優しいキスをされるなんてまるで恋人みたいではないだろうか。

 それとも私は先生が優しくしたくなるくらいバカげた失態でも晒したんだろうか⋯。

 答えはないかと先生の顔を見るけどよく見慣れたそっけない表情に戻っていた。



 

 私と先生の関係は基本的に変わらなかった。

 先生は相変わらずそっけないし、あくまでも身体だけの関係。

 甘い言葉を囁かれたり、恋人みたいに手を繋いだりもしない。

 だけどホテルに行く前に映画を見たり、デパートを見て回ったり、スイーツを食べに行ったりと少し変化があった。

『映画のチケットが余ってるんだけど』

『気になってる服があるからお店に寄らせて』

『雑誌で見たケーキ食べたいから』

 大して興味もなさそうな態度で誘われる。

 ちょうど適当な人手がいたから声をかけた、そんな風に。

(これって実質デートなんじゃ⋯。いやいや、ただやりたいことをついでにこなしてるだけで深い意味なんてない)

 そう言い聞かせても私は密かに舞い上がっていた。

 きっと先生とデートしていた遊び相手が上手くいかなくなって、その埋め合わせみたいなものなのかもしれない。

 期待はしすぎない。期待しても先生が私を愛してくれるわけではない。

(恋人ごっこができるだけでもいいか⋯⋯)

 私は必死に夢を見ないように、願いを振り払った。


 デートの中でも取り分けお酒を呑むのが先生は好きなようだった。

 最初こそ私から誘ったものの今はほぼ先生からお酒に誘われる。

 先生はあまりお酒好きに見えなかったけれど、連れて行ってくれるお店はどこも雰囲気がよく、美味しいお酒が呑めた。

 大概呑みすぎて記憶がないまま朝を迎えるのがネックだったけれど、先生が楽しいならいいかと私は満足していた。

 今ではサイドテーブルにお水と薬が用意されるくらい先生も酔った私には慣れてしまったみたいだ。

「由佳さん、昨日楽しかったですか? 私また全然、記憶がないです」

「あなたはいつも呑みすぎるのよ」

 目の前に水を差し出される。

 振り返ると先生はそんなにお酒を呑んでいない気がした。ちびちび呑んでいる印象しかない。

 そのくせ私にはあれがいい、これがいいと勧める。

「由佳さんが私に勧めるからですよ」

「勧められて呑みすぎるのが悪い」

「⋯⋯」

 確かに自制できない自分が悪いので何も言えない。

「その⋯酔った私として楽しいですか?」

 私がどんな状態なのかは記憶がないので知りようもない。

 酔っ払い相手でも先生は楽しいのか疑問だった。

「うーん、酔ってないあなたよりは楽しいわね」

「どの辺りがですか?」

 先生は急に不機嫌になり

「それは自力で思い出しなさい」と突き放された。




 そして何事もなく今週も金曜日がやって来た。

 今日も先生とは呑みに行くことになっていた。

 何回も通っているお気に入りのお店のカウンターでお酒を呑む。

(今日こそ呑んだくれにはならないでみせる)

 いつもいつもお酒に呑まれては先生との夜を失くしてしまう。

 好きな人と抱き合っているのに、それを微塵も思い出せないなんてもったいない。

 私はもっと先生との甘い記憶をたくさん残しておきたい。

 「あまり進んでないけど調子悪い?」

 先生がお酒の減らない私のグラスを覗き込む。

「私だっていつまでも自制できないわけじゃないんですよ」

「そう⋯」

 先生は何故か納得いかないような表情を浮かべていたが私は何とかお酒に呑まれずに済んだ。

 お酒に勝ったらあとは先生と楽しい一夜を過ごすだけ。 

 私は上機嫌でホテルへ向かった。


 ホテルに着いてからは先生の方が気乗りしない様子だった。

 何だかとてもつまらなさそうな、寂しそうな気がするのは私の勘違いだろうか。 

(具合が悪いのかな)

 お互い裸で抱き合っても先生が乗ってないのがよく分かった。

 いつも艶めかしく動く先生の手がピタリと止まる。

「由佳さんの方こそ、調子悪いんじゃないんですか?」

「⋯そうかもね」

「⋯⋯私が酔ってないとつまんないですか?」

 と冗談っぽく返す。

 でも先生は相変わらずトーンが落ちたままだ。

「それじゃ、あなたにお願いしたいことがあるんだけど聞いてくれる?」

「私にできることなら」

 一体何をお願いされるか分からないけど、私だって経験豊富とまでは言えないけど、先生を愉しませるくらいはできるはず。


「酔った時みたいに『先生好き、愛してる』って言って」


 先生が私を強く抱き締める。  

 まるですがるように背中に回された腕。

 今聞いた言葉が頭の中でぐるぐる駆け巡る。

『先生が好き、愛してる』

 それは絶対に言えない言葉。

 言ったら関係が壊れてしまう言葉。

 先生は最初に会った時にこう言った。

『正直言うと、本気になられても面倒なの』

 だから私は気持ちがばれないように振る舞った。

 あくまでも私たちは遊び。身体だけの関係。

 愛してるなんて嘘でも口にしてはいけない。

「何で⋯そんなこと言うんですか?」

 混乱していてどう答えていいのか分からない。

「何で、かしらね。あなた自分では分からないでしょうけど泣き上戸なのよ」

「⋯⋯!?」

 泣いた記憶などまるでないので泣き上戸と言われても思い当たらなかった。

「本当に何も覚えてないのね。最初に呑んだ日の夜に泣きながら『先生が好き、愛してる。ずっと好きだった。好きだから結ばれたかった』って言われた。あなたが酔う度に言うのよ」

「⋯⋯⋯」

「あんなに必死に好きって泣きながら人に言われるなんて初めてだった。だからかな、適当に遊んで別れるつもりだったのにできなくなっちゃった。今まで遊び相手に告白されたこともあったけど相手にしなかったのに。あなたが生徒だったから情でも湧いたのかな。⋯本当、バカよね。」

 呆れたように微笑みながら先生が私の頬を撫でる。

「⋯先生」

「シラフの時にそうやって呼んでくれるのも最初に会った時以来ね」

「だって、先生って呼んじゃいけない気がして⋯。私が先生のこと好きでもいいんですか?好きでいてもいいんですか?」

「これだけ言って野暮なこと聞かないで」

 先生は両手で私の顔を包むとそっと顔を寄せた。

 今までにないくらいに優しくて蕩けるような甘いキス。

 それは私たちが初めて遊びではなくしたキスだった。

「ねぇ、さっきのお願い聞いてくれる? ちゃんと酔ってないあなた⋯莉奈の口から聞きたい。だって酔った時しか言ってくれないから」

 私がかつて好きでたまらなかった控えめな笑顔を浮かべて、先生は私の唇に触れる。

 

「先生が好きです。愛してます」


 知らず知らずのうちに涙が溢れてこぼれる。

 まるで夢みたいだ。

 好きで好きで忘れられなかった人に、永遠にもう口にはできないと思っていたことを伝えられるなんて。

「もう1回言って?」

「先生が望むなら何度でも。何回言っても⋯足りないかも」

 そして私たちは今までにないくらい甘い夜を過ごした。




 あれから半年が過ぎた。

 街中はクリスマスの飾付けで華やいでいた。

 ツリーにきらびやかな電飾、可愛いサンタやトナカイのマスコット。

 どこもかしこも楽しそうに浮かれている空気が漂っている。

 私は電車に乗り遅れて約束の時間を過ぎてしまったことに気づく。

 慌てて待ち合わせ場所まで向かう。

 そこにはダークレッドのコートを着た由佳さんが立っていた。

 遠目にもスタイルの良さと聡明な横顔に惹きつけられる。

(いつ見ても美人だな)

 あの人が私の彼女なんだとあちこちに自慢して回りたい。

 しばらく佇む姿をこっそり見ていたかったけど遅刻している身なのでそうもいかない。

「由佳さん、遅くなってごめんなさい」

「遅刻禁止」

 と言いながら私の頭を子供にするみたいに撫でる。

 元教え子なせいか先生から時々こんな扱いをされる。

「あっ、あの、人目が⋯」

 今のを誰かに見られてなかったかと周りを見回す。

 さすがに大の大人同士がやる行為ではない。

「誰も私たちのことなんて見てないよ。ところで莉奈は来年やりたいことある?」

「やりたいことですか?」

 随分と唐突な質問だ。

「う~ん、特には」

「そう。私はね、結婚したいなぁと思って」

「えっ!? 結婚?? 誰とですか?」

 由佳さんは拗ねた顔でこっちを見ている。

「⋯私ですか」

「莉奈以外誰がいるのよ。それとも私が誰か他の人と一緒になってほしいの?」

「それは嫌ですけど⋯結婚!?」

 思ってもみなかった言葉に頭がついていかない。

「実際に結婚は無理だけど、ずっと莉奈と一緒にいたいなって思って」

 由佳さんはコートのポケットから小さな赤いビロードのケースを取り出した。

 何が入っているかは大体想像がつく。

 想像をしてにやけそうになるのを耐える。

「こんなのベタよね。バカみたいって笑っていいわよ」

 珍しく由佳さんが照れていた。

 子供っぽくも見えるそんな表情が私はたまらなく愛しかった。

 我慢できずに私は大好きな彼女に抱きついていた。

「私も由佳さんとずっと一緒にいたいです」

「良かった、莉奈も同じ気持ちで」

 お揃いの指輪をつけた私たちは華やかな街へと歩き出した。

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