この世の終わりに

夜凪ナギ

この世の終わりに

 「ねえ、明日死ぬんだよ」




 「私も、貴方も、みんな」






 それ・・が降ってくると噂され始めたのは、ほんの数週間前。




 自称預言者の少年が、巨大隕石が降ってきて地球が滅ぶといった。




 この少年、預言者を自称しているだけあって、預言が的中したこともある。




 数年前、首都中心で大規模テロが起きた。


 またその数年後、新型インフルエンザが蔓延した。




 これらの事柄を彼は言い当てたのだ。




 だから、今回も彼の預言に注目が集まった。




 9月9日。




 どうやらこの日が人類最後らしい。




 彼が預言を発表した一週間後、世界各国の科学者が調査した結果、何やら難しい言葉を並べて本当に隕石が来ることを発表した。








 「だから、今から行っても間に合わないんだよ、母さん」


 「そんなこと言ったって、あんただけ一人で死ぬのかい」


 「死んだら一人も二人も変わらないよ」


 「でも、今から車で飛ばせば」


 「何度も言ってるだろ? 今外はそれどころじゃないって」


 「あぁ、もう。だからお母さんは、家族全員で住みたかったのよ」


 「・・・・時間になったらまた電話するから」


 「・・・・・わかったわ」




 母との会話はこれで最後だとわかっていた。




 俺は地元を離れて就職し、一人暮らしをしている。




 会社は数日前から休みだ。と言っても、誰かが休みだと言ったわけではない。




 自然とそうなったのだ。






 「おにい、何してるの?」


 「べつに、何も」


 「ふーん」


 「早霧は?」


 「私は友達と会ってきて、今から家族でご飯だって」


 「そうか」


 「お母さん、おにいが帰ってこないっていうから、騒いでたよ」


 「ああ、そうか」


 「はあ、こんな時だから元気ないのもわかるけど、しっかりしてよね。私まで力抜けるわ。また後でみんなとかけるね」




 友達か・・・




 俺はこっちに引っ越してきて、友達と呼べる人はいない。




 毎日働いて飯食って寝るだけの日々。




 だからいつ世界が終ろうとも、俺にはどうでもよかった。










 隕石到達まで、残り5時間。




 空は薄暗く、ほんのり黄色や赤に光っている。




 台風が近づいているように、風が吹いている。




 俺は部屋の窓を全開にし、窓際に木製の椅子とテーブルを移動させて、残り少ない日本酒をちびちびと飲んでいた。




 生暖かい風、闇の中にほんのり光る空・・・




 世界の終わりが、こんなにもきれいでいいのか。




 いや、空っぽの人生を歩んできたからこそ、きれいに感じるのかもしれない。




 どちらにしろ、これから死ぬのだ。




 家族にはあとで電話をするといったが、その気は全くない。




 何となく、一人静かに過ごしたかった。






 本当に、何もない人生だった。




 学生時代、勉学も部活動も中途半端にこなし、どうでもいい大学に親に促されるがままに入り、どうでもいい企業に就職した。




 僕の人生という本があるとすれば、表紙しかないだろう。(いや、表紙もないかもしれない)








 隕石到達まで、残り1時間。




 いよいよ空がおかしくなってきた。




 黒々とした雲が渦を巻き、複数の光の玉が線を引きながら伸びてくる。




 風は数時間前よりも強くなり、そこらじゅうでカランカランと何かが転がっている。




 テーブルの酒もなくなり、ただ窓から空を眺めるほか無くなった。




 人は死ぬとどうなるのだろう。




 小学生のような疑問が頭をよぎった。




 家族から電話が何度かあったが、今ではもう鳴らない。




 俺は昔から高い場所が好きで、このアパートも8階建てで、最上階に住んでいる。




 だから、窓から見る景色はなかなかだった。








 隕石到達まで、残り20分。




 この状況において、僕の生き方、人生は正解だったのかもしれない。




 なんの悔いもない。




 なんの希望もない。




 なんの未来もない。




 隕石到達まで、残り15分。




 プルルルプルルル




 着信音が鳴った。




 どうせまた家族のだれかだろう。




 画面を伏せていたスマホを裏返した。




 プルルルプルルル




 知らない番号だった。




 自分の電話番号は、初めて携帯を持った時から変わっていない。




 誰だろう。




 俺は切ろうと思った。




 あと数分でこの世は終わる。




 でも、何かが、俺の指を動かした。






 「・・・・もしもし」




 「もしもし」




 女性の声だった。




 こんな時にかける相手を間違えるとは、気の毒だと思った。




 「あの、すみませんが、かける相手をお間違えでは」




 「慎くんだよね?」




 「え?」




 なぜ俺の名前を知っているのか。




 記憶の中を探り、この声と照合する。




 「川辺・・・さん?」




 ふと、俺の口から出た名前はそれだった。






 「そうそう! よかった、覚えててくれたんだ」


 「・・・・うん」


 「あっ、あのね、みつる君から番号聞いたの。急にかけてごめんね」


 「そんな、大丈夫だよ。でも、どうしたの」


 「慎くん、これから世界が終わりなのはさすがに知っているよね?」


 「まあ」


 「よかった。それも知らなかったらどうしようかと思ったよ。慎くん学校では何にも興味ないって感じだったから」


 「・・・・・」


 「ああ、ごめんね、私ばっかりしゃべって。その、色々最後だから伝えておこうと思ってかけたの」


 「伝える?」


 「うん。慎くんにずっと言いたいことがあったの」






 隕石到達まで、残り7分。




 空に光るそれ・・が、こちらに向かってきているとはっきり分かった。




 俺は空を見上げながら、耳にスマホを押し当てていた。






 「伝えたいこと・・・って?」




 ・・・・・・・・・




 「ありがとう」




 「・・・・。え、伝えたいことって、それ?」


 「うん。そうだよ」


 「俺、感謝されることしたかな」


 「ふふ、慎くんは覚えてないかもね」




 電話の向こうで、窓を開けるような音が聞こえた。




 「あの日、私は慎くんの言葉を聞いて変わった。慎くんがいたからここまで生きてこれた」




 「あの日?」


 「ふふ、やっぱり覚えてないと思った」




 記憶を巡るが、彼女との記憶はこれっぽちも見当たらない。




 さきほど言われた通り、俺は何にも関心を持たなかった。




 「ほら、あの日。私が屋上でさ」




 「・・・・・・・。あ!」




 屋上。その単語で空っぽの頭から何かが光った。




 たしかにあの日、川辺さんと俺は屋上にいた。




 理由は覚えていないが、数人の生徒はカメラを向け、数人の生徒は笑い、柵の向こうにいる生徒が一人いた。 




 「思い出した?」


 「何となく。はっきりとは覚えてないけど」


 「ふふ、あの時はみんなびっくりしてたよ、まさか慎くんが来るなんてね」


 「?」


 「思い出せないかー。まあ無理もないか。もう何年も前の話だし」




 肉眼で隕石が確認できるようになった。




 いよいよ死が迫っているのだなと思った。




 「ほら、ちょうど今みたいに風が吹いてたよ」




 俺はベランダに出た。




 生暖かい風を受け、両手を軽く広げる。




 ああ。




 どうして。




 どうして今思い出すんだ。






 


 あの日俺は、彼女を救った。




 人生これからの若き命を無駄にするのに、腹が立っていた。




 人ごみをかき分けて、柵を飛び越え、彼女の手を取った。




 「思い出したよ」


 「お、それはよかった。ふふ」




 でも結局落ちた。俺たちは。




 五階建ての校舎の屋上から、コンクリートの地面に落ちた。




 覚えているのは、血まみれの地面と、ぐちゃぐちゃになった身体だけ。




 「だ、大丈夫だったのか?!」


 「おお、どうやら本当に思い出したみたいだね。私は大丈夫だよ」


 「そ、そうか。よかった」






 その後、救急車で運ばれ、何か月も入院していた。




 あの日以来、彼女の姿は見ていない。




 「あれからどうしてたんだ?」


 「ん? 普通に過ごしてたよ」


 「普通にって、まあいいか」


 「慎くんもでしょ?」


 「まあ」






 「今はどこに住んでるんだ?」


 「え?」


 「いや、別に意味はないよ。どうせこれから死ぬんだし」


 「・・・・。慎くん、やっぱり全部思い出してないみたいだね」


 「どういうことだ?」


 「ほら、よく思い出してみて。私のこと、貴方のこと」




 隕石の光がまぶしく光り、置いていた日本酒の瓶が倒れた。






 記憶の底で、かすかに声が聞こえる。




 「この子の血液・・・同じ・・・しかたな・・・・そうだ・・」


 「いいんです・・・ても・・・・・・はい・・・・・・・・・」


 「・・・・ドナー・・・間に合わな・・・・いそげ・・・・・」




 「成功しました・・・・・・」


 「・・・・葬儀は・・・・・」


 「目を覚ま・・・・・・・・」






 




 「ねえ!、聞いてる?」


 「・・・・・・・・・」


 「おーい」


 「・・・・・・・・・」


 「あれ、慎く・・」


 「川辺さん」


 「ん、どうしたの?」


 「もしかして、川辺さんって・・・・・・・・死んでる?」


 「はあ、やっと思い出したか」


 「そ、そんな、嘘だよね?」


 「いいや、慎くんの言う通りだよ」


 「い、いやいやいや、ありえないでしょ。じゃあ俺は今誰と話してるんだよ!」


 「落ち着いて、慎くん」


 「落ち着いてられるかよ!もう全部思い出した!!」


 「落ち着いて!!!」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・。ごめん」


 「全く、普段からそれくらい元気出せばいいのに」


 「・・・・・・」


 「私はあの日死んだ。でも今までずっと、貴方の中で生き続けてきた」


 「・・めろ」


 「こんな私でも、救おうとしてくれた人がいた」


 「やめろ」


 「うれしかった。真剣な表情で、まっすぐ私に飛び込んでくれて」


 「もういい!」


 「あの時初めて、生きたいと思った。こんな人がまだ世界にいるってわかってたら」


 「やめろお!!! これ以上俺に生きる理由を! 生きたいと思わせないでくれ!」


 「慎くん、貴方は立派な人だった」




 だって




 私に生きる理由をくれたのだから






 ・・・・・・・・ 




 ・・・・・・  




 ・・・・




 ・い・




 おにい




 「おにいってば!」


 「ヘッ!!」


 「話聞いてた?」


 「あれ、え、あ?」


 「何言ってんの?聞こえないんだけど?」


 「お前、妹だよな?」


 「残念ながらね」


 「どういうことだ、俺は川辺と電話を!」


 「川辺? ああ、昔おにいと屋上から落ちて、おにいに臓器提供した人?」


 「・・・・・・・」


 「とっくに亡くなったじゃない。でも、おにいがそんな昔のこと思い出すなんて珍しいね」


 「ごめん、もう切る」


 「え、待ってよ、あと3分で・・」




 俺は着信履歴をみた。




 しかし、どれだけ遡っても、家族からしかなかった。




 床には瓶が転がっていいる。




 俺はベランダに出た。






 確かあの予言少年は、巨大な隕石とか言ってたはず。




 でも空には無数の小さな光がある。




 「はは、あいつ。最後の最後で外しやがったな」


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