友情と信頼の先に結実する特別な関係

 突如人間の生活圏に出没した人食いツキノワグマと、運悪くそれに遭遇してしまった少年ふたりのお話。
 キャッチコピーが素敵すぎます。見た瞬間ワクワク感が止まらなくて、なのに何ひとつ嘘をついてないというか、内容をそのまま完璧に要約しただけというのがすごい。あらすじ(紹介文)も非常に分かりやすくて、本編に入る前からすでに期待が高まる、このお膳立てというか入り口部分に手を抜かないところがもうすごいと思いました。やっぱり期待感の高い状態で読んだ方がお話に入り込みやすくて、結果として面白さがさらに上乗せされる部分はあると思うので。
 内容はいわゆるモンスターパニックもの、圧倒的な力を持つ野生動物にめちゃくちゃにされる人々のお話です。互いの生存を賭けた戦いであり、手に汗握るピンチやそれを切り抜けるためのアクションが満載なのですが、同時に主人公である少年ふたりの関係性についてきっちり掘り下げているのが嬉しいところ。というか、むしろ物語としてはこちらがメインです。
 作中の熊はしっかり凶悪に暴れまわっているのですけれど、でも「モンスター」と言ってもあくまで実在の動物、例えば架空の巨大怪獣のようなそれとは一味違います。現実味のある恐ろしさを孕んだモンスター。硬質な恐怖はあれども熊そのもののインパクトというか、設定の面での物語性はそこまででもなくて(例えばSFやホラー的なモンスターであれば、その正体や出自そのものがお話の種になりうる)、もちろんその気になればそういう味付けも不可能ではないのですが、でもこのお話の熊はあくまで現実的な範囲の脅威に留められています。
 現実に十分起こりうる、わたしたちにも手の届く範囲の理不尽な災害。今日もこの世のどこかで起こっている悲惨な現実、その恐怖の中にあるからこそ生き生きと胸に迫る人間の姿。熊の存在の生々しさが少年たちの存在感を身近にする、あるいは少年たちのドラマがあるからこそ熊がリアルなのか、いずれにせよそれらがぶつかり合うことなく、相互に作用しながら物語を作り上げているのがとても印象的でした。
 そして、というかむしろここからが本丸というか、とにかく最高だったのはやっぱりこの少年ふたり。桃李さんと理央さん。これは彼らの友情と信頼、そしてその先に結実する想いの物語で、つまりタグにもあるとおりBL(ただ露骨な性的表現はないので誤解なきよう)なのですけれど、このふたりの人物造形が面白い。
 桃李さんの方はストイックな性格の弓道少年で、必然的に理央さんのことを庇うような関係性になるのですけれど、でもふたりとも「少女的」と形容されるくらいには中性的な容姿の持ち主なんです。成熟する前の未分化な少年であること。まだ男ではなく、といってもちろん女でもない、そしてただ子供と呼ぶにはもう大きすぎるくらいの存在。きっと人生のうちで(あったとしても)一瞬しかない季節、その妖しくも儚い何か『魔』のような美しさが、彼らの存在そのものから伝わってくるようでした。あくまで「存在そのものから」というのがミソでありツボです。
 というのも彼らの言葉や振る舞いは、ただ純粋な友情とその先の恋心なんです(自分はそう読みました)。胸を揺さぶられたり甘酸っぱかったりはしても、その言動そのものに情欲を煽るものがあるわけではない。にもかかわらず香りたつこの色香の、その〝彼らの存在そのものかから〟〝しかも無自覚に〟発せられるこの感じ。魔です。これが魔でなければ一体何。
 幻想の美に、でも生死の際という状況が血肉を与える感じ。あるいはこれがまったくの誤読、すなわち自分が一方的に見出しただけの幻だとしても、でも大事にしようと思います。美少年という概念そのものへのこだわりが存分に発揮された、『死』と『色』の重厚さが響く作品でした。