1巻発売記念! 勇者ティリィの冒険

「このままじゃ……マズいわ!」


 何がマズいかって――金欠!

 圧倒的、金欠!

 どれくらいかって宿代もないくらい。


「食事代はレスクにご馳走してもらうとして……」

「なんて勝手ことを言ってやがる!」

「あたっ!?」


 鼻の頭をピンと弾かれた。


「レスク、DV! 今のはドメスティックなバイオレンスよ!」

「ここは家庭内じゃないから、その時点でDVじゃないな」

「だったらVよV!」

「それだと、何を指す言葉かもわからないだろ……」


 レスクは苦笑しながらも、優しい眼差しでわたしを見つめる。


「まあ、飯くらいは言ってくれたらいつでも驕るよ」

「さっすがはレスク!」


 嬉しくて自然と身体が動いていた。


「っと――急にくっ付くな!」

「もしかして、照れてる?」

「て、照れてないわ!」


 彼の顔を見上げると、少しだけ頬が赤くなっていた。

 でも、内心……わたしもドキドキが強くなっている。


(……ちょっと大胆なことしちゃったかな?)


 考えるより先に行動してしまうのは、わたしの悪いところかもしれない。

 そのせいで冒険中もポカをやらかして、何度か、いえ何度もレスクに迷惑を掛けている。


「ティリィ……」

「……うん?」

「無茶もほどほどにな……冒険者たちの間でお前、棺桶娘って渾名で呼ばれてるぞ!」

「不名誉!? わたし、一応は勇者!」

「そうだな。だからこそしっかり勇者だってこと証明しないとな」

「うぐっ……」


 ぐぬぬ……認めたくないけど、確かに。


「今月は、ちょっとだけ棺桶化の回数が多かったとは思うけど……」

「いや、ちょっとじゃないからな」

「ちょっとなの!」


 でも、わたしが棺桶化する回数を減らせたら、レスクの仕事を減らすこともできる。


(……わたしだって、しっかりやれるんだってこと証明しないと!)


 その為にも――


「わたし――冒険に行ってくるわ!」

「お、おい、ティリィ」


 日々、邁進! レベルアップよ!


「いつか魔王も――邪神だって倒してみせるんだから!」


 そして――わたしは訓練の為にルミナスの町を出発した。


         ※


 街道を走っていると、冒険者たちを見掛けた。

 きのこモンスターのキノノ相手に苦戦している。

 というのも、


「うぅ……みんな起きてよ!」


 キノノは催眠効果のある甘い息を吐く。

 眠り耐性の装備を持っていれば別だが、吸い込んでしまうと眠ってしまうのだ。

 そして冒険者三人のうち、一人が眠ってしまっていた。


(……新人冒険者が戦うには厳しい相手よね)


 少し様子を見守ろうと思ったが――もう一人も甘い息を受けてしまって。


「ぁ……ああ……」


 残った一人の冒険者が膝を突き震え出してしまった。


「――やあっ!」


 駆けながら片手剣を抜き一閃。

 わたしの振り下ろした剣がキノノを真っ二つにした。


「冒険者さん、大丈夫?」

「ぇ……あ、はっ!? 棺桶娘!?」

「ちょっ!? た、助けてあげたのに悪口!?」


 本当に広まってるのね。

 うぅ~汚名返上しなくちゃ。


「あ、す、すみません。悪口ではなく愛称です! 愛称! 親しみを込めて!」

「まあ……今はそういうことにしておくわ」


 このくらいのことなら、怒ることじゃない。


「この辺りのモンスターは弱いけど、油断はしちゃダメよ。特殊な技を使ってきたりもするんだから」


 わたしも何回も棺桶になったなぁ。

 初めて冒険に出た時はキノノやスライムを倒すだけでも大苦戦。

 だからこそ自分の成長を実感できた。


「は、はい! 本当にありがとうございます!」


 それから、わたしたちは眠っている二人を起こしてから、この場を去った。


「よ~し、この調子でがんばるわよ~!」


 これなら今まで踏破できなかったダンジョンに行けるかも。

 そう思ったわたしは、前に攻略に失敗した【魔法使いの洞窟】に向かった。


          ※


 魔法使いの洞窟に到着したわたしは順調に探索を続けていた。


「――ぅっ!」


 ドガーン!!

 金槌モンスターの大金槌と戦闘中。

 小さな身体に似合わない大きな武器を、わたし目掛けて振り下ろしてくる。


「――雷刃らいじん!」


 バックステップで後方に下がった直後、魔物に目掛けて手を伸ばして魔法を放った。

 雷の刃がモンスターを穿つ。


「***!?」


 魔物が声にならない短い叫びが上がった。

 そしてバタン……と倒れる。


「はぁ……なんとなったぁ~」


 勝利!

 ドロップしたお金を回収。


「もう少し探索を続けたら帰ろうかなぁ」


 ちょっとお腹も空いていた。

 あと、魔力残量も少し心配だ。


 ――ドシーン! ドシーン!! ドガシーン!!!


「な、なに、この音……」


 お腹にまで響くような想い音が背後から聞こえた。

 嫌な予感がして振り向いた――途端、


「ご、ゴーレム!?」


 ドガン! ドガン! ドガガーン!!

 わたしの姿を見つけた途端、ゴーレムが走ってきた。


「ま、マズい……!?」


 土で形作られた巨体に帰路への道が塞がれている。

 上手くすれば人一人くらいは通り抜けられると思うけど……。


「****************!!」


 この様子じゃ逃がすつもりはないだろう。

 古の魔法使いは迷宮をゴーレムを守護させていたと聞いたことがある。

 だけど、本当にいたなんて。

 そしてこの情報が伝わっていないということは……帰った者が存在しないということだ。


「――雷刃らいじん!」


 わたしは魔法を放った。

 が、ゴーレムが腕を振った瞬間――雷の刃が打ち消される。


「嘘っ!?」


 どうやら相性が悪いようだ。


(……こ、これ、マズい!?)


 ここでばたんきゅ~したら……きっと、ルミナスの町全体で棺桶娘とか雑魚勇者とか、ポンコツとか言われちゃうじゃないの!


「魔法がダメなら――やあああっ!」


 剣でゴーレムを切り裂いた。

 が――ギン! と、剣戟の音が響く。


「ふえっ!?」


 その身体は信じられない固く――剣がボロボロになってしまった。

 ゴーレムが両腕を上げる。


「******!」


 ――ボッゴオオオオオオンッ!!


 振り下ろされた土人形の拳で、地面にクレーターが生まれていた。


「っ……!?」


 最悪なことに、割られた地面の破片が太腿に突き刺さる。


「こんなのくらったら一発で――」


 その瞬間――再度、ゴーレムの攻撃が飛んできた。

 躱そうと足を動かそうとした。

 が、怪我の痛みで反応が遅れてしまって――


(……あ、ダメ……)


 絶対に避けられない。

 そう覚悟した時だった。


「――ティリィ!!」


 ――ドゴオオオオオオオオン


 二度目の爆音。

 その衝撃で土煙が舞う。

 その直前、レスクの声が聞こえた気がしたけど……。


「大丈夫か?」

「え!? れ、レスク!?」


 気付けばわたしはレスクにお姫様抱っこされていた。


「他の誰に見える?」

「だ、だって、ど、どうしてここに!?」

「説明はあとだ! 今は逃げるぞ!」


 救助隊員レスキューは救援技能という特別な力を持っている。

 そしてレスクの持つ力は――気配遮断レリーフ

 自身と触れている対象の気配を完全に消すことができる。


「窮屈かもしれないが、少しの間はこのままで我慢してくれ……」

「う、うん……」


 気配遮断の効果かゴーレムはわたしたちに気付かない。

 道の端っこに身体を寄せたわたしたちは、ゴーレムがこの場を過ぎ去るのを、ただただ待った。

 そして完全にゴーレムの姿が見えなくなった時……。


「ふぅ……」

「た、助かった、の?」

「このまま脱出するぞ。足……怪我してるんだろ?」

「ぁ……気付いてたんだ」

「ああ。今は無理するな」


 わたしはレスクに抱えられたまま、魔法使いの洞窟を脱出するだった。


         ※


 レスクのお陰で洞窟からは無事に脱出できた。


「……はぁ、まさかあんな怪物がいるなんてな」

「うん。予想外だった。……ところで、どうしてレスクはここに?」

「この洞窟で別の救助依頼があったんだよ。そうしたらお前の姿が見えて……」

「心配して追って来てくれたの?」

「まぁ……そんな感じだ。ちなみに要救助者はちゃんと助けたあとだからな。怪我もしていたから、カレンが救援技能レリーフを使って、先にルミナスの町に連れ帰ったよ」

 事情を説明してくれた。


「そうだったんだ。ありがとう、レスク」

「別に……でも、お前が無事で良かった」


 わたしは負けても棺桶化するだけ。

 だから本当の死を経験することはない。

 だけど……レスクはそんなわたしを助けてくれた。

 今回だけじゃない。

 レスクはいつも――わたしのピンチを助けてくれる。

 だから、


「レスクはヒーローだね」

「そんなにカッコいいものじゃないよ」

「そんなことない。レスクはわたしのヒーローだよ」


 今も昔も――それは変わらない。


「……帰るぞ」

「うん。痛くて歩けないから……このままでも、いい?」

「仕方ないな……」


 わたしをお姫様抱っこしながら、レスクは歩いて行く。

 女の子にとって、好きな人にされるなら、これは特別なことだ。


(……勇者だって、お姫様抱っこされてもいいよね)


 ぎゅっ――とレスクを抱きしめる。

 勇者としては反省しなくちゃならない冒険だった。

 でも、今だけは普通の女の子で――ううん。違う。


 わたしは――レスクのお姫様でいたいと思ったのだった。

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【SS】勇者の棺桶、誰が運ぶの? スフレ/MF文庫J編集部 @mfbunkoj

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