第3話 最強娘は滅ぼしたい。

「ここで間違いなさそうですね」


 ワタシはケイア・ポポロン。

 薬師くすしをやりながら旅をしているものです。

 そしてたった今やってきたのは――人気ひとけのない寂れた村。


「さて、まずは村人と話したいのですが……」


 周囲を見渡した感じ誰もいません。

 どうやら、風土病が蔓延しているというのは事実のようです。


「こうなれば、適当にどこかのお家に入ってみるしかありませんね!」


 一番大きな建物は――あそこです!

 入る家を決めたなら、あとは迷うことなくずんずん進み。


 ――コンコンコン。


 一応、礼儀としてノックはしてから、


「――頼もおおおおぉぉぉっ!」


 叫びと共に、ドーン! と、勢いよく扉を開きました。


「……あ、あなたは……?」


 弱々しい赤紙の女性の声音が聞こえました。

 同時に、今にも消えてしまいそうなほど弱い瞳の光がワタシに向きます。

 やはり噂の風土病に掛かっていると見て間違いなさそうです。


「ワタシはケイア・ポポロン――薬師です」

「薬師様……!?」


 ワタシの役職を伝えると、女性は目を輝かせました。

 消えかかっていた灯が強まるように力強く。

 そして縋るようにワタシに擦り寄って、


「ああ……まさか薬師様が来てくださるなんて……どうか、この村の民をお救いください」


 まるで女神に祈るように女性は懇願しました。


「やはりこの村に風土病が蔓延したというのは事実なのですね?」

「はい。高価な薬を買っては見たのですが効果はなく……過去の文献では治癒魔法なら簡単に治療できたようなのですが……」


 この大陸から治癒魔法が消えてから五年。

 今もその原因はわかっていません。

 そして、だからこそ今――薬の需要は高まっていました。


「村人さん、ご安心ください」

「ぇ……? も、もしかして薬師様なら――」

「そもそもですね! 治癒魔法なんてクソです!」

「ふえ!?」


 村人の女性がなぜか目を見開きました。


「このワタシが調合した秘薬――最強薬さいきょうやくが――この村を救います!」


 ババーン! と、決めポーズ!!

 背負っていた薬箱を下ろして、中に入っている薬を取り出しました。


「さ、最強薬?」

「まさかご存知ない!? 世界的に有名な最強流薬師が生み出した秘薬ですよ!」

「な、なんだかすごそうですけど……そ、その……中々、個性的な色をしてるようなんですが……」


 瓶の中はカラフルな飲み薬が入っています。


「とても美味しそうですよね!」

「いや、むしろかなり怪し――」

「味も最高なんですが効果もバッチリです!」

「バッチリ……というと?」

「風土病なんて一瞬で治ります!」

「ほ、本当ですか……?」

「誓って! ……この薬にワタシも命を救われたのです」

「そ、そうだったのですか……!? じ、実はヤバい薬だとか疑ってしまってすみません」

「謝罪など必要ありません! ヤバいくらい効く薬です!」


 言ってワタシは薬を差し出しました。


「あ……ですが、お金が……」

「気にしないでください。ワタシは病気で苦しむ人々を救う為に薬師になったのですから」

「薬師様……」


 女性の瞳から涙が零れ落ちました。


「あなたはもしかしたら、治癒の女神エルスの生まれ変わりなのかもしれませんね」

「あ、そういうのいいんで、早く飲んでもらっていいですか?」

「ええっ!? 感謝くらいいいじゃないですか!」

「あなたの病気が治ることが一番の感謝です! さあ、さあさあ!」

「わ、わかりました! 飲みます、飲みますから押し付けないでください!」


 女性は最強薬の入った瓶を受け取った。

 それを見つめながら、額から大粒の汗が流している。


「どうしたのですか? さあ、ごくりと! 一気飲みで!」

「うぅ……うおおおおおおおおおっ!!!!!」


 それはまるで、恐怖に打ち勝つ為の咆哮でした。

 女性は瓶を口に付けて、ごくごく――と一気に飲み干したのです。


「……あれ? 美味しい……」

「でしょう! 最強薬は味も最高です!」

「それに……なんだか身体の調子が……すごく、いい!」

「即効性ですからね! 飲めば一瞬で効果が出ます!」

「じゃ、じゃあ……」

「あなたの病気は治りました!」

「っ!? ぁ……ああっ……信じ、られない……」


 満面の笑みを浮かべながらも、女性の瞳から涙が零れ落ちていく。


「これが最強薬……素晴らしい、です!」

「ふふ~ん! 実感していただけましたか! 薬は沢山あるので村人たちにも配りたいのですが?」

「で、ですが、他の村人もお金が……」

「無料! 病気で苦しんでいる人を助ける為に――この薬はあるのですから!」

「あ~ケイア様……やはりあなたこそが――次代の女神様です!」


 そんなこんなで、ワタシは村人たちに最強薬を配ったのでした。




          ※




「ケイア様……なんとお礼を言ったらいいのか」

「お礼は病気を治したこそ見られる、皆さんの笑顔です」


 両手に最強薬を持って手を交差!

 これが最強流決めポーズ!


「あなたのような慈愛に溢れた方がいらっしゃるなんて……」

「この世界も捨てたものじゃないね」


 どうやら皆さん、見事に最強薬に魅了されたようです。


「何かお礼ができたらいいのですが……」

「それであれば最強薬が素晴らしいものだと伝えてもらってもいいですか?」


 残念ながら最強薬はサンクチュアリ大陸で全く知名度がないのです。

 これほど素晴らしい薬だというのに……。


「ああ、そんなことでいいのなら喜ん――」


 ――バタン。

 ――バタンバタン。

 ――バタンバタンバタン。


 次から次に何かが倒れる音が聞こえました。


「え、あ、あれ!? 皆さん、一体どうしたのですか!?」


 最強薬を飲んだ村人たちが一斉に地面に崩れ落ちていたのです。


「け、ケイア様、これはどうい――う、うあっ、ぐああああああっ!!!!!」


 最初に助けた女性が苦しみ悶え胸をぎゅっと掴み――ボオオオオオオオンッ!

 村人たちが全身から煙を吹き出したのです。


「ふあっ!?」


 とんてもない煙の量に視界が覆われました。

 もくもくと空高くに煙が舞って……視界が晴れた時には……。


「あれ?」

「っ!? え、あ、あの……大丈夫、ですか?」


 やばい。

 やばいです!

 ま、まさか、こ、これは……。


「ケイア様……? 一体、何が……? って、あれ? 私の声が……?」

「野太くなってますね。明らかに男性のように」


 倒れていた村人たちが、ゆっくりと立ち上がりました。

 ワタシは皆さんの姿を、一人一人確認していきます。

 そして確信しました。


「ぁ~……あのぉ……非常に言い辛いことなのですが……」

「も、もしかして最強薬を飲むと、しゃがれ声になってしまうのですか?」

「いや……あの、皆さん周囲を見回してみてください」


 言われるままに村人たちは周囲を見回した。

 そして――


「「「「「「「うええええええええええええええええええっ!?」」」」」」」


 空に絶叫が響き渡った。

 皆さん、ぷるぷると震えています。


「む、胸が……ない……」

「お、俺のアレも……!?」


 困惑する村人たちを見ながら、ワタシの額に冷や汗が流れました。

 だが事実を伝えなくては……。


「どうやら最強薬の効果で性転換しちゃったみたいです!」


 てへぺろ。

 謝罪――そしてワタシは踵を返しました。


「でも風土病はバッチリ治りましたので、さらば!!」


 返事を待たずにワタシは脱兎の如くダッシュしました。


「ちょおおおお、ま、待てやあああああっ! クサレ薬師っ!!」

「戻して! 性別戻してえええええっ!」

「いきなり男として生きろっていうの!?」


 背後からは元気な声。

 ワタシは性転換と引き換えに、村の病気を滅ぼしたのでした。


「ふはははははっ! 最強薬がまた病気に打ち勝ちました!!」


 薬の発展に多少の犠牲はやむなし!


「さあ、最強薬をもっと広める旅は続きますよ!」


 次の目的地は……サンクチュアリ大陸の北部――首都ルミナスにしましょう。


(……大きな町なら、より最強薬を広めることができますもんね!)


 目的地を決めて、ワタシは出発するのでした。




         ※




 余談ではあるが、この日を境にケイア・ポポロンと、最強薬の悪名がサンクチュアリ大陸に徐々に広がっていく。

 ただし、命を救われた民の中には、彼女に心から感謝する者もいるとかいないとか。

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