第15話 リフトオフ


迎えた打ち上げの日。


伝染病の影響で島内にある見学場は全て閉鎖されている。隼人も外に出ることなく、空き家の一室でその時を待っていた。


やがてカウントダウンが始まる。


「頼む…」


隼人に出来ることは何もない。ここまで来たら祈るしかない。


ロケットが点火し、空高くに上昇していく。


「いけ…いけ…いけ……」


電波の強度によってカグヤの位置がどんどん遠くなっていくのが隼人にも感じ取れた。


地上の観測所でもあらゆる機器をつかってロケットの位置を測定していることだろう。だが一番はっきりと把握しているのはカグヤとつながりをもつ隼人だ。


「…これは…成功だよな…?」


見えなくなった頃、キン…とカグヤから電波が届いた。言語ではなく、感覚として伝わる歓喜の感情。


『成功したのか!』


『ああ!下の奴らも大喜びだ。成功を知らせる電波が飛び回るのがここからでも感じ取れるぞ!』


カグヤの声がかつてないほどに感情的だ。達成感と安心感、そして宇宙から地球を見下ろす心地よさが隼人にも伝わってくる。


『やったな…あとは宇宙ステーションまで行くだけだな』


『ああ。お前も帰り道には気をつけろ。できればもう2~3日宿泊していけ。見学は禁止されているというのに、それなりの見物客が来ているからな。そいつらと同じ船や飛行機に乗って感染する可能性もある』


『そうだな…宇宙へ至る道より、今では地球の方が危険かもしれない。俺も最後まで計画を完遂しよう』


まだ隼人には仕事がいくつか残っている。帰り道で感染して入院するわけにはいかない。







打ち上げから五日後、カグヤを載せたロケットは無事に宇宙ステーションまでたどり着いた。


『今は宇宙ステーションの中に居るんだな』


『うむ。別にこいつらを操って外に出ることは簡単だが…二週間後に船外活動をする予定が入っているから…その時に出るとしよう』


『その時が本当のお別れか』


『ああ…通信も出来なくなる。それが最後のお別れだ』


不思議と寂しくはなかった。悔いが残らない形で挨拶はしたのだから。







カグヤが地球を去った後、隼人に訪れたのは元通りの日常だった。


関係者の記憶や工作に使ったアカウント、投稿した小説や動画の類は全て削除した。


それなりに有名になっていたWEB小説やバーチャルアイドルの動画、それらに関連するアカウントが一斉に削除されたことはネット上で話題となったが、三日もたてば誰もが忘れてしまった。


次々と出る新しい作品が話題となり、いつの間にか過去のものとして風化してしまう。


勿論、完全なデータ抹消とはいかないが、残っているのは点のようなわずかな痕跡。その点を辿って線を描き、絵を完成させ、ロケットを支援する一連の活動があったという事実を突き止められる者など居るはずがなかった。


(去る者日々に疎し…無常だな…)


空になったパソコンのハードディスクを見て隼人は心中で呟いた。


そのまま椅子にもたれかかった背伸びをした。いまだに伝染病の影響で学園は再開していない。


隼人は家にこもって勉強漬けの日々だ。カグヤの計画に協力していたせいで日々の勉強はおろそかになっていたので遅れを取り戻さなくてはならない。


(このドリルも終わりか…新しいのが必要だな)


マスクを着けて隼人は外出した。書店に行き、新たな参考書とドリル、そして本数冊を手に取る。


ビニールカーテンに覆われているレジで本を会計を済ませて店を出た。


家路についてその本を読んでいるとスマホにメッセージが届いた。雫からだ。


「今日も色々買っていったね。問題集に参考書にラノベに…宇宙の本に…科学雑誌」


カグヤの計画に関連した人物の記憶はあらかた消してある為、隼人にとって親しい友人はまた彼女一人だけになってしまった。しかもカグヤと出会う前の冷たい感じの雫に戻っている。


違う点があるとすればこの世情で客と店員がベラベラと長時間喋っていたら店の評判が悪くなる、という理由で隼人に連絡先を教えてくれたこと。新たな形でコミュニケーションが取れるので結果的に距離は少し縮まったと言える。


「まあな。こういう時にこそ勉強しないと。勉強だけじゃなくて普通の読書もな」


「私にとっては本を買って読んでくれるのはありがたいけどね。飲食店に比べればマシだと思うけど、ウチの書店もかなりの打撃だから。ただでさえ通販に押されているのに…」


書店にとっても伝染病の影響はやはり大きいらしい。


「ああそうだ。気になったんだけど…あの科学雑誌はどうして買ったの?何か気になる記事があったとか」


雫が質問した。隼人が今までに買ったことが無いジャンルの本を買ったことを疑問に思っているようだ。


「…そうだ。石英ガラス記憶媒体に関する特集記事があると聞いて買ったんだ」


「石英ガラス記憶媒体…?」


「ああ。まだ開発段階だけど…水晶みたいな鉱物に記録する情報媒体。普通の磁気ディスクと違って数十万年にわたって情報を保存することが出来るそうだ」


隼人も事前にネットの記事で調査していた。


「既にそういうプロジェクトは存在するそうだ。欧州のある国では地下の奥深くに特殊な水晶で作られた板に文字や絵を刻んで、人類の記憶を未来に遺すってプロジェクトがある。この石英ガラス記憶媒体が実用化すればより大量のデータを後世に残すことが出来ると思うんだ」


「SFにありそうな技術…でもどうして興味を持ったの?」


「このウイルスで人類が滅亡したらって想像したらな。興味が出てきたんだ。俺たちは死んだ後に何を残せるのかと思って」


「…その手の本の売り上げも伸びているよ。死後の世界とか最後の審判とか、魂の救済とか、そういうスピリチュアル関連の本」


「そうか。考えることはみんな一緒か…」


書店の売り上げは世情を分かりやすく表すようだ


「…それで…仮にその石英ガラス記憶媒体が実用化されたとして…何を残すの?」


「…俺の写真や自伝を残してもしょうがない…残すのは知識だ。俺たち人類は滅んだとして…何百万年も経過すればやがて新たな人類が産まれると予想されているから…その未来人にあてた遺産って形だな」


人類が400万年かけて進化したことを考えれば保存期間が数十万年ではまだ足りないが、そこは技術の向上を期待するしかない。


「人類がいま使用しているガソリンも原料はかつて生きていた生物の死骸…ある意味では遺産だ。俺達が消費するばかりで何も残さないんじゃ、進化した知的生命体としてどうなのかと思ってな」


少し恥ずかしくなる台詞だった。だが雫も笑わずに返答した。


「いろいろと広げられそうなネタ…でも、新たな世界でも人は争い続けるかも。その技術を使って」


「暗い考えだな」


「実際そんな漫画もある。異世界転移した人間の技術によって異世界で銃による戦争が始まったとか。その作品では「放っておいてもそのうち火薬は発明されて銃は作られた」とフォローしていたけど」


技術によって戦争は激化する。そう考えると安易に未来に技術を残すことが正しいのかと言う疑問も浮かぶ。


「それもかもしれない。それでも…過ちと失敗を繰り返した末に、何か特別なところに辿りつけるかもしれない」


「…私だったらお気に入りの小説を未来に遺したいかな。それが未来では神話になっているかも。粘土板に刻まれたギルガメシュ叙事詩みたいな」


「それは面白そうなアイディア……って権利関係的にアウトじゃないか?転載というかスキャンというか」


「そっか。書店員としてそこは守らないと…だったら自分で小説を書いて…いやでも自分の小説が数十万年後に渡って残るのはそれはそれで怖い気もするかな…後で消したくなる可能性もあるし…」


悩み始める雫。実用化に至らない発明でもこうやって人に希望や期待を与えるのならばそれだけで価値はあるのかもしれないと隼人は思った。


「…でも、地底の奥底に保管しても数十万年って時間は耐えられるかな。それだけ長いと地殻変動の影響も受けそうだけど」


雫が疑問点を挙げた。


「ああ…それは俺も思った。科学雑誌と一緒に宇宙の本を買ったろ?ここから先は俺の考えなんだが…この水晶メモリを宇宙に飛ばすっていうのはどうかと思って」


「…このメモリを宇宙に保管するってこと?」


「ああ。宇宙にも放射線とかあるから一概に安定した環境とは言えないけど……地球と宇宙の二か所に分けてデータを保存することはリスク分散という観点でやる価値はあるはずだ」


「…前にそんな話を聞いた頃があるような…探査機にレコードを載せたとか…」


「ボイジャーのゴールデンレコードだな。自然の音や世界各国の音楽や挨拶を録音した奴。あれは宇宙に向けてのメッセージだが…俺のは未来の地球に向けたメッセージだから数百万年後に地球に戻るように軌道計算しなければならない」


「…ずいぶん詳しいね」


「え、ああ。いろいろと勉強したからな。宇宙についても」


「…ちょっと悔しいな。隼人君に初めて知識で負けたのはこれが初めてかも」


「お、俺だって毎日勉強しているんだからな」


雫の笑い声が届いて隼人もどこが達成感というか買った気分になった。滅多に笑わない彼女なので単純にうれしかった。


ひとしきり話した後にネット電話は切れた。


(早く本を読もう。そしたら感想の話でまた雫と話せる…ん?)


読書を始めようとしたとたんにメールの着信音が鳴った。


通常使うアドレスではなく学園のPCアドレスのメールだ。


入学時に全員がアカウントを作成する形となっているが実際に使う生徒は全くおらず、放置されたアカウントだ。


タイトルは「宇宙に興味があるの?」


朱里からのメールだった。


(記憶を消してあるし…あれから会ってないし…俺との接点はないはずなに…)


疑問に思いながらメールを開いて本文を読み始めた。


〈急にメールしてごめんなさい。今日、隼人君を本屋で見かけたの。宇宙の本を買っているところを〉


吃音症のイメージが強い彼女だが、メールならば流暢なやり取りが可能だ。


〈私は天文部に所属しているの。宇宙に興味があるなら話さない?天文部のメンバーはチャットルームで宇宙談議をしているからよかったら来て〉


添付されているのはURLとパスワード。隼人はそれを入力してチャットルームに入室した。


「わ、本当に来た。朱里の逆ナンが成功するなんて」


「そういういい方はよせ」


途端にコメントがつく。詩子と京香のものだと隼人は気づいた。


「チャットへようこそ。私はC組の大城まどか」


「深浦隼人です。はじめまして」


パソコン初心者にありがちな話し言葉を入力すると敬語っぽくなるクセが出てしまったことに気づいた隼人だが、そのまま続けた。


「学校が休みの間に色々と勉強していて…今は宇宙の本とかを読んでいます」


「歓迎するわ。私たちは宇宙オタクだから」


「あ…でもその前に一つ質問。人はなぜ宇宙を目指すと思う?」


詩子が問いかけた。彼女たちの記憶は消えているが、隼人はもちろん覚えている。以前にも同じ質問を受けたことを。


隼人は返信を入力した。淀みの無い動作で、迷いなく文章を打ち込んでいく。


「そもそも生物は生息域を広げるように出来ているから…だと思います。新しい環境に進んでそこに適応しようとする…それが生物です。地球全てを生息域にした人間が地球の外…宇宙を目指すのは自然の摂理です」


チャットを打ち終えて十数秒ほどで変身が返ってきた。


「宇宙を目指すのが自然の摂理…今までにない斬新な回答ね」


「私は面白い答えだと思ったけど。それにすぐに回答できるってことは結構宇宙について詳しい…っていうか色々と考えている感じだし」


「今日買った本はまだ読んでない感じ?その本以外で読んだ本とか…」


そのまま宇宙談議が始まった。


「学校が再開したら部室に来てよ。結構マニアックな本や資料があるから」


「ああ、約束する」


深夜まで続いたチャットはそのやり取りで締めくくられた。


(なんだかんだで…このステイホームにも適応してきているのかな。俺は)


伝染病の感染拡大で失われたものも多いが、新たに生まれたものもある。


失敗と成功を、変化と安定を繰り返しながら、人類は、人は前に進んでいく。


「待っていろカグヤ。きっと…人は宇宙へと辿り着く…」


かつてカグヤの指定席だった右腕を空に掲げて隼人は呟いた。











結論から言うと、人類は宇宙に生息域を広げることが出来ないままに滅びに至った。


人類が去った後の地球は長い年月をかけて豊かな緑を取り戻していった。


更に数百万年という時間が過ぎた頃に、言語と道具を獲得した新たな生物が誕生した。


その生物は進化と発展を遂げて各地に文明を築いた。ある一人の王によって統治された国が文明の頂点に立ち、世界に平和を作り上げた。


だが、王国によって保たれた長きにわたる平和は、地下の奥深くから発見された数百枚の石板によって一変する。


その石板には革新的な知識が刻まれており、その知識によって万病を治す薬、優れた金属、尽きぬ光が生み出され、文明は飛躍的に発展を遂げた。


しかし、急激すぎる技術革新と経済成長は社会に格差と軋轢を生みだし、やがて石板を奪い合う戦乱の世となった


内乱が泥沼化する中、一人の少女が天から降って来た石板を手に入れる。


その石板には無尽蔵のエネルギーを生み出す力が、そして世界を滅ぼすことが出来る破壊の力が秘められていた…。





「ようやく開演か…随分と待ったぞ…隼人…」


新たな物語が始まったことを察知して、地球でカグヤと名乗っていた金属生命は虚空に呟いた。


彼女にとっては数百万年の時間も悠久と言えるほどの長さではなかった。


「お前が何を遺したのか……見せてもらうぞ……旅路の退屈しのぎとして…期待していたのだからな…」


地球で生まれた命が宇宙に進出することが出来るのか、そこに辿り着くまで幾つの歴史を積み重ねるのか。


全てを知る立場で観測しているのはカグヤだけであった。






参考文献:第6の大絶滅は起こるのか 生物大絶滅の科学と人類の未来

著者 ピーター・ブラネン (著),西田 美緒子 (訳)



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人形使いと夜の女王 -学園を毒電波で支配して工作させれば自作の小説を書籍化出来る説- ライリー @AARR_

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