第14話 別れの時

打ち上げ13日前。とうとうカグヤがロケットに乗り込む日が来た。


ターゲットは二葉島のロケットで宇宙ステーションに物資を運ぶために打ち上げられる。


なお、東北の民間ロケットは伝染病の影響で打ち上げが延期となっている。


(今日が勝負の時だ…ロケットに乗る唯一のチャンス…)


とはいっても直接ロケットまで行って乗り込むわけではない。レイトアクセスで直前に搬入する生鮮食品などの物資に紛れ込ませるというだけだ。


その生鮮食品も厳重なチェックをしてから搭載するので、実際にカグヤがロケットに乗るのは打ち上げ4日前となる。


フェリーで運ばれた物資をスタッフが埠頭で受け取って、二葉島宇宙センターにまで運ぶ手筈なので隼人はその途中の道路で待ち伏せしている。


その業務に携わるスタッフは既に操れる状態にしてあるので紛れ込ませるのは簡単だ。


搬入する物資を載せた車が来るのを待っている間にカグヤが話しかけてきた。


『それでは…私がロケットに乗った後の流れについても確認しておくぞ。何回も説明して憶えているとは思うが、念には念を入れるのがロケットの打ち上げだ』


『わかった。頼む』


『うむ。私は物資に紛れ込んでロケットに乗る訳だが…お前に1%だけ肉体の欠片を残しておく。その欠片を使えばロケットに搭載されている状態のお前とも通信で会話できるし…電波を植え付けた人間を操ることも出来る』


『もしも邪魔が入るようなら俺が対処するってことだな』


『そうだ。そして…打ち上げに成功した場合…私はそのまま宇宙ステーションまで行く。ステーションの中に入った後、船外活動に乗じて宇宙空間に出て…後は自力で航行して目的地に向かう…』


カグヤが宇宙空間をどうやって移動するのか、という点は気になるがカグヤは『言えない』としか回答しなかった。


『その段階まで達したら…お前は計画の後始末を行う。今まで投稿していた小説と動画を削除…各種のアカウントを消して……できる限りの痕跡をなかったことにする…関係人物の記憶も消す…』


『少し勿体ないけど…仕方ないよな』


みんなが尽力して制作した動画と小説は隼人にとっても思い入れの存在だ。自演の効果も大きいが今ではバーチャルアイドル「カグヤ」の存在はそれなりの知名度を持つようになっていた。小説についても1万以上のブクマがついている。


それを削除するというのはあまりに名残惜しい。どうにか残せないかと隼人も交渉したのだがカグヤは譲らなかった。


『次に…ロケットの打ち上げが延期した場合だが…技術的な面で何度も不具合が起きるようならば一度このロケットから降りて計画を仕切り直す。急ぐ旅路とはいえリスクが高すぎるロケットに乗るつもりはない』


『わかった。見切りをつけたら通信で俺に伝えてくれ。回収するから』


『うむ。そして最後に…ロケットの打ち上げに失敗した場合だな』


考えたくない可能性だが、考えない訳にはいかない。巨額の費用を注ぎ込んで万全の体制を整えても失敗の可能性をゼロにできないのがロケットの打ち上げだ。


『最悪なのは…カグヤが乗ったロケットがある程度の高さまで上昇したところで爆発した…または安全装置で自爆させたケースか』


『ああ…私は爆風で吹っ飛ばされたところで死なないが…遠い場所に落下したらお前のところに戻るのに難儀しそうだ。特に海に落ちると陸に上がるまでにかなりの時間がかかる。独力では大して動けないし…大型の海洋生物に寄生して移動するにしても、まず寄生するまでが大変な作業となる。お前が回収してくれればそれに越したことは無い』


事前に手を回してある。ある大学の海洋調査という名目で海に出る用意をしてあるので、すぐに探索することが可能だ。


『互いの位置は電波で感知できるし通信も可能…探すことは難しくないはずだ。頼んだぞ』


『わかった。必ず迎えに行く。約束だ』


念話に集中していた隼人だが、目当ての車が近づいてことは見逃さなかった。


『よし…来たぞ…』


ナンバーで間違いがないことを確認して、隼人は電波を送って車を停車させる。


(古典の教科書では月に帰るかぐや姫を飛車が迎えに来たけど…このカグヤはハイエースをジャックしてロケットに密航して宇宙へ…えらい違いだな)


自分から行動する、という点が古典のヒロインと現代のヒロインの決定的な違いだと隼人は思った。



9日後。


検品を通過してカグヤはロケットに搭載された。


天気予報も問題なし。すべて予定通りにすすんでいる。


隼人は二葉島のある空き家に潜り込んでいた。


伝染病の件もあるのでまったく外出することなく引きこもっている。


(俺が感染している可能性だってある…この島に伝染病を持ち込む事態は絶対に避けないと……)


もうこの段階ではやることはほとんどない。


隼人と離れて寄生していない状態のカグヤは活動時間が大きく制限されるらしく、打ち上げまでの日はほとんど寝ていた。


思い出したかのように、10時間おきに念話を送ってくる程度だ。


『聞こえるか。隼人。そちらの様子はどうだ』


そろそろ来るだろうと身構えていた隼人はすぐに返答した。


『変わりはない。打ち上げ計画にも変更はない。テレビではウイルスのニュースばっかりでロケットに関するニュースが全然流れないけど』


『そうか…それで動画と小説の方はどうだ』


『ああ。『大正ロケット娘』の方は書籍化のオファーが来たよ。みんな喜んでいた。春菜が代表として出版社とやり取りする予定だ。佳奈子は「どうせ編集は中身なんか読んでない。ただポイントが高いから声をかけただけ。それが自演であることも知らないままで」と憎まれ口を言っていたけど』


『そうか。それは朗報だな。印象操作もしっかり頼む。仮に今回の打ち上げに失敗したとしたら…私は次のロケットに乗らなければならない。そのためにもロケットへ追い風となる世論と作らなければならない』


『ああ。今はピリピリした空気でみんな気が立っているし、打ち上げに失敗したら八つ当たりみたいな形で叩かれる可能性もある』


理不尽な現象だが人間は完璧ではない。そういった現象も起きてしまうものだ。


『…打ち上げが成功したとしたら小説も動画も削除する予定だから…書籍化は断るって形になるよな』


『まあそうだな』


『なんかもったいないな。書籍化を夢見る作家志望なんて山ほどいるのに…まあ俺たちの目的はカグヤを宇宙に返すことだから仕方ないけど』


しばしの沈黙。そしてカグヤが口を開いた。


『少し早いが…礼を言っておこう。お前が協力してくれたおかげでこうやってロケットに乗り込むことが出来たのだ』


『いや、礼を言いたいのはこっちの方だよ。カグヤと出会ってから楽しいことだらけだった。大変なことや面倒なこともあったけど…充実していた。フィギュアをやっていた頃よりも良かったよ』


隼人の紛れもない本心だ。フィギュアも熱中していたが所詮は親から命じられてやっていた習い事。自分からやってみたいという原動力には勝てない。


『それならよかった。例のウイルスの件で悩んでいた時は心配したが…』


『それならもう気にしていないさ。自分の範囲でやれることはやったんだから。この種子島に来る時だって人と接触しないように細心の注意を払ってトラックの荷台に乗って移動したし…この二葉島でも空き家にこもっているわけだし』


このような離島にウイルスを持ち込むことだけは絶対に避けなければならない。カグヤに言われるまでもなく隼人は考えて行動した。


『ただ一つ…心残りがあるとすれば…』


隼人は逡巡した後に言葉を続けた。


『…教えてくれないか。カグヤの本当の目的を』


『…それは言えない。気になるのはわかるが、何度聞かれても答えられなん』


この質問は初めてではない。手を変え品を変えて、隼人は探りを入れた。だがカグヤが回答することは一度もなかった。


『じゃあせめて俺の推測を聞いてくれないか?もうすぐお別れでこれが最後の機会になるかもしれないんだからさ』


『…言う分には構わん。聞いてやる。答える保証はしないが』


カグヤの返答を受けて隼人は話し始めた。


『まず一つ。本当は俺の助けなんて必要なかったんじゃないか?その気にならば全ての人間を完全に操ることが出来たんじゃないのか?眠る必要もたぶんなかった』


『………』


宣言通り、カグヤから返答は無い。隼人はそのまま続けた。


『それで…なんでそんな弱いフリをしたのか…その理由だが…お前の目的は試験じゃないのか。地球の覇者である人間が宇宙に進出するにふさわしい生物なのかを…俺で試していた。お前の仕事は審判だ』


隼人がこの四か月間、考え続けた末に出た推測だ。


『お前が眠っている間に…俺がこの催眠電波を使って悪事を働いて…自分の私利私欲を満たそうとしたりしたら不合格で人類全てを電波で操って…支配するつもりだった。悪事に使わなかったら合格で何もせずに帰るつもりだった。俺の場合は後者を選択したことになる。どうだ?』


隼人が話し終えてもカグヤは黙っていた。しばらく沈黙が続く。


『40点…いや…30点と言ったところだ』


沈黙を破ったのはカグヤだった。


『30点…?』


『大筋は外れているが部分的に合っているところもある……最後だからな。少しだけ私の秘密を話そう』


念話なので声だけが届くのだが、隼人には呼吸音が聞こえたような気がした。まるでカグヤが緊張しているように感じた。


『…お前の手助けが必要なかったというのは正解だ。私は地球に降りた時点で私はその気になれば全ての生物を操ることが出来た。睡眠も必要なのは本当だが87万時間に8秒程度でいい。毎日何時間も寝る必要は無かった。そして……人間を試すのが目的というのは不正解だ。私にそんな意図はない。お前に代行させる形をとってやらせたのは単にサボリたかったというのもあるが、一番の理由は……』


一呼吸おいて続ける。


『思い出作りだ』


『思い出…?』


『私は長い時間をかけて果てしない距離を旅する。最大の敵は空虚と退屈…孤独と静寂だ。それを紛らわすためには思い出が必要だ。だからお前の協力してもらった。天文部や文学部の連中を巻き込む形で支援計画を行わせたのだ』


重苦しい言い方だった。自分の遊びの為に他者を付き合わせて振り回したことを告白しているので懺悔と言っていい。


『宇宙の旅は寂しいのか』


『…寂しいな』


『地球での日々は楽しかったのか』


『…ああ。楽しかった』


『今更この場面で言うのもなんだけど…やっぱり地球で生きようとは思わないのか』


今までの努力を無に帰すような提案と言えるが、カグヤの悲しげな台詞を受けて隼人は言わずにはいられなかった。


『思う。だが実行は出来ない。約束がある。使命がある。仲間の為に私は目的を達成しなければならない』


浮かんだ迷いを振り切るかのようにカグヤは強い語気で言った。


『…カグヤは凄いな。個を持ちながらも全体のことを考えられる。理性と感情を両立させている。思いやりが出来る上に頭が回る。そんな種族だからこそ宇宙に進出できたんだろうな…』


話しているうちに卑屈な考えが隼人の中に浮かぶ。


「俺たち人間は自分のことばかり優先して全体のことを考えない…いがみあって、疑って。喧嘩してばかりだ。環境問題をほったらかしにして、宇宙開発も停滞している…本当に滅ぶのかもな…伝染病の件もあるし…」


『…滅んだとしてもだ。私は地球のことを、人間のことを忘れない。何億年でも何十億年でも記憶しよう。約束する』


『ありがとう。カグヤがそう言ってくれて嬉しいよ』


結局カグヤが宇宙を旅する目的は謎のままだが、それでも隼人は疑問が解けたような気になった。


『……………』


再び二人の間に沈黙が訪れる。別れが近い場面なのでどちらも何を話すべきなのか、と逡巡してしまう。


『成功したら…もう会えないんだよな。カグヤは遥かな宇宙に向かって飛び立つんだから』


分かりきったことだが隼人は言わずには居られなかった。


『そうだな。だが絶対に会えないというわけではない。私は地球から離れていくが…お前たち人間がそれに追いついてくればいいのだ。お前がロケットで私に近づいてきて…窓から手を振ったのなら私も手を振り返してやる』


カグヤの子供じみた提案に隼人は苦笑した。


『俺の世代では絶対に無理だろうな。俺の孫でも怪しい。まだ人類にとって宇宙は遠すぎる。さっき言ったとおり滅ぶ確率の方が高い』


『そうか…ならば拡大解釈して…これから先、人間に会えたのならそれで再会と言っていいか?』


『それはちょっと寂しいな。俺が俺じゃない感じがする』


『むう…わがままな奴め…会いたいのか会いたくないのか…』


そんな他愛のない会話と沈黙を繰り返しているうちに、二人とも寝てしまった。


そして朝が来た。打ち上げの日の朝が。

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