第35話 妹が欲しい

 ガラル氏の報告は実に奇妙な内容で、マリナちゃんはダウン寸前だった。

 最後の詰のとこまでは調べきれず戻ったということだが、だいたいの話は分かった。

 マーカス法務官を呼んだのが正解なのかは分からないけど、彼は凄く楽しそうなので失敗だったんではないかな、という気がしている。



 サーリィ女史には、かつて二人の婚約者がいた。

 侯爵家の庶子ともなれば、サリヴァン侯爵一門の騎士や文官など様々な相手と婚約できる。それより上も狙えるのだが、最初の婚約者は一門の騎士だった。

 婚約が決まって三か月ほどが経過し、騎士は事故で命をおとしてしまう。事故となっているが、どうにも妙な死に方で事故ということにするしかなかったらしい。

 そこまではありふれた不幸だ。

「で、まだあと一人いるんですよね?」

 聞くとガラル氏は頷いた。

 いつもは皮肉気な言葉で報告をくれるガラル氏だが、今日に限ってはそういう態度は鳴りを潜めていた。マリナちゃんに怒られたから、という訳ではなさそうだ。

「次の婚約者は、騎士ではありません。カーナッキという政商の一族です」

 名前くらいは知っている。帝都から離れた地方の交易で絶大な富を築いている政商だ。食糧輸送の関係で、旧マドレ領で会談する相手でもある。

 そういう意味では、俺の関係者に入るだろう。

「へえ、カーナッキねえ」

「十年ほど前の話ですが、生前の嫡子が見初めてサーリィ女史を口説き落としたとか。恋愛結婚ですな」

 ガラル氏の口から恋愛結婚って出るのけっこう面白いな。

 亡くなったっていうオチを知らなければ、普通にいい話だ。それこそ、マリナちゃんの好きなタイプの恋愛小説になってもいい。

「正確には、死んだというものではないのですよ。失踪したそうです。あり得ない状況で」

 うわあ、嫌だなあ。

 他にも細々したことはあったが、どうやら死ぬ前に奇妙なことが起きていたり、失踪する前に異様なことがあったりで、サーリィ女史は呪われている、ということになったらしい。

 サリヴァン侯爵家としても、そのような評判になった庶子は持て余した。そして、修道院にも入れたくないということになり、本人の希望もあって薬剤ギルドで研究員をすることになったという経緯だ。

 元々、学はあるし才能もあったが、恋愛からは自ら遠のくために今の怨霊系美女スタイルになったとのことだ。もちろん、スタイル云々は推測だ。本人のイカス趣味かもしれない。

『外見変えるの人間はこだわるなあ』

 魚だって派手なヤツも地味なのもいるだろうに。たまには太刀魚だって地味になりたい時もあるんじゃないの。

『それは無い』

 無いのか。魚だしなあ。

 ある程度の情報が出たところで、手帳に高速で何か書き込んでいたマーカス法務官が顔を上げた。

「なるほど、関わると婚約者に障りがあるか。ガラル、人為的なものかは調べたか?」

 マーカス法務官はオカルトからかけ離れたことを尋ねる。

 こういうのって霊能者連れてきてお祓いが定番じゃないのか。

『迷信じゃん』

 ゴンさんがそれ言うのか。ちっくしょう、逆に混乱するぜ。

 ガラル氏も小さく仮面の奥で笑ったようだ。

「いいえ、マーカス法務官が来ると聞いて、調査は中断しました。確実ではありませんが、人間が裏で糸を引いているとうのは考えにくいですな」

 マーカス法務官も小さく笑う。

「いや、最初はそこからだ。サーリー女史を育てた乳母や教師、両親も調べろ。よく似た事件で、養父が男を壁に埋めていたことがあった。誰からも好かれるような老人だったが、娘を独占するためだ。権力よりそっちを調べてくれ」

 指示が的確。俺だとこうは行かない。

「坊ちゃん、よろしいか」

「その線でいって下さい」

 こういうのは専門家に任せた方がいい。

 マーカス法務官はほんの少しだけ何か考える顔になった。じっと眼は前を向いているのに、何も見ていない。そういう顔になる。

「私も調べよう。サリヴァン家は難しいが、……侯爵、サーリィ女史に直接話を伺うのと、幾つか無理なお願いをしても?」

「内容によりますよ」

 断ろうという気は無い。

 どうせ、断っても止まらないだろう。

 マーカス法務官はろくなことをしないと、なんとなく分かる。

「私は呪いだとか宗教的な奇跡など信じていない。三人目の婚約者に私がなりましょう。ああ、もちろん芝居です」

 む、無茶苦茶だ。

 俺が言うのもなんだけど、怪談好きなだけでこんなことするか。おかしいだろ。

 バスタルさんがいたら凄く怒りそうだし、シオン教授も嫌がるだろ。

「あ、それはダメです。シオン教授が嫌がるでしょうし」

 だから、勝手に俺が却下する。

 お芝居でも、誰かに婚約者の役はさせられない。シオン教授への義理立てだし、こういうのは譲らない。

「……侯爵、あえて言いませんでしたが、これは呪いや障りの話に類型が見られる。特に、神のようなものと契約した、というね。ああ、もちろん魔法的なものではありません。土着の邪教のものです」

 民話的なヤツね。

 前世のマンガで読んだし、宗教に凝ったこともあったからだいたい分かる。

 山の神様に嫁入りしたりする生贄的なヤツだ。日本では異類婚姻譚とかっていうのでよくあったヤツな。

『んー、人間の発想ってコワッ。現地生物を使って探査機造っただけなのに、探査機に父上とか呼ばれたら鳥肌モンだぜ』

 とういうこと?

『オレの地元の友達に生物観察とか好きなヤツがいて、生体カメラ造ったらカメラに父上って呼ばれてあまりに気持ち悪くてトラウマになったっていう話』

 全く意味が分からないし、ゴンさんの地元とか嫌な予感しかしない。

『オレの地元、いいとこだぜ』

 ゴンさんみたいなのいっぱいいたらしんどいだろ。

『地元では好青年だよ』

 そういうのアテにならないって。

『アランはどうだったのよ?」

 えー、俺?。

 ドーレン領じゃ色々遊びとかファッションを流行らせたりしたから神童だぜ。お兄ちゃんが英雄で、俺はなんというかそれを支える頭脳派的な。

『に、似合わねー』

 まあなあ。自分でも思う。

 前世の地元では並の目立たないヤツだよ。ハードコア地区だったから、周りチンピラだらけで大変だったんだからさ。

『だいたい分かった』

 呆れた感じはやめろっての。

「侯爵?」

 回答がなかったためか、怪訝な顔でマーカス法務官が問う。

「ああ、邪教ね。神様のお嫁さん的なヤツ、分かりますよ」

 マーカス法務官は「おっ」という顔になった。

 これはオタクスイッチだな。

「よくご存じですね。ドーレン領は亜人も多いと聞きますので、邪教と呼ばれる土着宗教の痕跡も多く残っているのでしょう。聖女アメントリルの改革以降、弾圧されて数を減らしましたが、今も民間のお呪い的なもので痕跡は残っていますから。今回の障りは、類型としては神との婚約や、死後結婚にも似ています」

 早口が出た。

 あー、これ長いヤツだ。

「幾つか類型の話は私も調査したことがあるのですが、それぞれに固定されていない幽霊が出るというのが興味深い。シオン教授の場合には母親、それが侯爵には赤いものとしか見えていない。この差異が、本当の話である可能性を高めています。誰かが仕掛けていたり、錯覚であったら同じものが見えるのですよ。霊というのは多面体のようなものです。同じ時に見たという話でも、ある人には男に、ある人には勝手に動く乳母車に、黒い影でしかない場合もある。同時に見ていても、そういうことがあるのです」

 早口ィ。

『早口ィ』

 ちょっとカワイイ感じだすしもう。

「私が婚約者の役をやれれば、上手くやる自信があったんですが……」

 マーカス法務官、そこは諦めてよ。

『このしつこさが出世の秘訣だろ』

 そうなの? 俺、営業とか向いてねえなあ。金のためならなんでもできるはずなんだけど、不思議とできねえ時がある。

 こういうとこが子供のまま大人になったヤツなんだ。あーあ。まともな大人になりたかったぜ。

『まだ子供だろ、お前』

 頭の中はオッサンだよ。まあなんとかいう精神科の開祖みたいな人も、精神は肉体のオモチャだって言ってたし、子供なのか。

『それは合ってるぞ』

 これも前世のマンガで知った知識だなあ。同級生の竹本が貸してくれたSF漫画だ。悪役がそういうこと言うんだよ。竹本、どうしてっかな。それなりに幸せになってたらいいな。

 懐かしい友人とも疎遠になって、今は異世界にいる。

「だからフリでも婚約者役とかダメですってば」

 異世界で祟りとか呪いの話をしてるんだから、もう訳が分からん。

「で、除霊とかそういうの無いんですか」

「紹介できないことはないですが、だいたい詐欺師です。それっぽいことができる者も知っていますが、私は信用していません」

 それっぽいってなんだ。頼りにならねえ。

『コイツすげえ珍しいな』

 ゴンさんがここまで初対面を覚えるとかそうない。

 黙って聞いていたガラル氏がここで口を開く。仮面の奥なので本当に開いているかは分からない。

「坊ちゃん、もう少し調べは必要ですが、方法はありますよ。例え、それが死者の霊魂だとしても」

 ガラル氏の言葉に誰よりも反応しているのは、マーカス法務官だった。鋭い目をしている。

「ガラルさん、とりあえず調べてみてもらって、ガラルさんの案がよければそれでいきましょう。こういう無茶苦茶な話には、常識とかそういうのはやめときましょう。任せます」

「任されました」

 ガラル氏は満足げだ。

 ファンタジー世界でも、死後の世界なんていうのはあまり信じられてない。ゾンビやら死霊っていう魔物は実体があるし駆除できるから、なんというか現実の延長にある。怪談話は迷信や嘘として扱われてるのは、前世と変わらない。

 俺はわりと信じている。

 前世があったのもそうだし、あの世が無いとは思わない。ただ、俺たちの想像してるものと違うだけだろう。それは死んでから分かる。何も無いなら無いでそれでいい。

『アランには前世あったのに、何言ってんの』

 なんとなくの話だよ。そう思うってだけさ。死んだ後のことなんか知らんけど、もう転生はいいや。

『そっか。アランはそうなんだな』

 そうなんだよ。上手く言えないけどね。

「侯爵、私も少し動いてみましょう。今抱えている案件は数日で片付けますので、トリアナン伯爵によしなにお伝え頂けますか?」

「あ、はい。力を借りるってことで頼みます」

 反射的にそう答えたけど、他領の法務官を借りるとかやっちゃっていいんだろうか。バスタルさんが怒りそうだなあ。

 ベイル・マーカス法務官は何やら考えがあるらしく、シオン教授とサーリィ女史に話を聞きにいくと先に退室した。

 残ったのは、俺とマリナちゃんとガラル氏だ。

『オレを忘れるな』

 どうやって忘れろというのか。無理を言うな。

『へへへ』

 ゴンさんの世界観はちょっと疲れる時がある。

 マリナちゃんが大きくため息をついた。

「アラン、おトイレ行きたい」

 え、それはなんかエロマンガ的なアピールなのか。

 涙目のマリナちゃんからはエロの気配が無い。恨みがましい感じだけは伝わってくる。

 そうか、怖くて一人じゃ行けないんだな。

「じゃあ俺も行くか」

 傍から見たらエロマンガ。

 手をつけなかった茶菓子のクッキーをポケットに入れておく。お菓子食いたかった。頭使うと甘いもの欲しくなる。

「どうぞごゆっくり」

 ガラル氏はいらない気を利かせる。善意なんだよなあ、この人のこれ。なんだろう、この致命的な感じは。

 マリナちゃんと手をつないで、トイレまで歩く。

 相当怖かったんだろう。なんだか悪いことをした気になってきた。

「アランは、怖いの平気なの?」

「ん、ホラーは別に平気かな。教授とのは驚いたけど、俺には被害なさそうだし別に」

「でも、サリヴァン侯爵家の騎士が変死だなんて」

「ガラルさんもいるし、なんとかなるよ。毛生え薬のこともあるし、ギルドの連中だって動くさ」

 それが霊などというものにどこまで力を発揮できるかは分からない。

 無敵の悪霊なんてのはいない。いたら、俺が真っ先にとり殺されてるだろうよ。死者は何も言わないし、言ったとしても伝わらないんじゃないかな。

『……』

「アラン、危険なことはやめてね」

「ああ、怖いのは俺もイヤだよ」

「じゃあ、その、待っててね。いなくなったらいやよ」

「まかしとき」

 マリナちゃんがトイレに入っていくのを見送る。エロマンガじゃないので一緒に入らない。

 昼日中からそういうのも悪くないけど、今はそういう気分じゃない。

 さてと、シオン教授と話したり色々しないとな。

 屈伸をして、手足を開いて大きく伸びをする運動。

 ああ、気持ちいい。

 ラジオ体操は身体をほぐしてくれて、こういう密談の後にはちょうどいい。

 目を閉じて深呼吸。


 大きく息を吐いて目を開けたら、知らないお花畑みたいなとこにいた。


「またかよ」

 追放された。

 また知らない場所にいる。

 蝶が舞う庭園みたいなとこで、季節は春くらいだろうか。かなり遠いとこなんだろうなあ。見たことない草花は、どこかアジアンテイスト。

 追放は、せめて週一にしろ。

 なんなんだこれは。悪意の塊か、マリナちゃん俺がいなくなったら怒るだろ。いや、泣かれるかもしれない。そうなったらめちゃくちゃ面倒だ。

『絶妙なタイミングだな。そういうの好きだぜ』

「普通に困るよ」

 ゴンさんに戻してもらおうと思ったら、見知った顔を見つけた。

 少し歩いた先に、アクちゃんがいる。

 豪華な衣装ものそのままで、後ろ姿からしてもアクちゃんだろう。何やら大きな石碑みたいなものの前にいる。

 挨拶くらいはしとくか。

「おーい、アクちゃん、こないだぶりだな」

 俺が能天気に声をかけると、緩慢な動作でアクちゃんが振り向く。

 随分と顔色が悪い。

「貴様は、ドウ、いやドーレンじゃったか」

 声にも元気がなくて、驚いた顔も一瞬だった。

「お、今度は名前忘れてなかったな」

「恩人ではあるからの。よくもまあここまで来たものじゃ」

 こんな何回も追放ってされるもんなのか。どうでもいい。世界に嫌われるなんて慣れっこさ。

「いつも思うけど、このチャイナ風のとこってどこなんだ」

 異世界と外国、どっちがマシなのか判断がつかない。

「日いずるコウンロンの地をしらぬのか。変な男じゃ」

「帝国育ちだからね。あれか、極東のタイクーンが治める大地ってやつか? なんか千年以上前は国交があったって話だけど」

『お前らは海とか次元障壁とかで移動できねえからなあ。不便な生き物だ』

 そんなん無視できるのゴンさんくらいだろ。

「ふふ、目の前におるのがそのタイクーンじゃ。ひれ伏せよ、異国人」

 本気じゃないのは笑みで分かる。

「ガキが生意気言うなってーの。それより顔色悪いな、大丈夫かよ。メシ食ってんのか」

「ここ三日は何も」

 断食ダイエットはリバウンドする。

「ダイエットか?」

「なんじゃそれは」

 アクちゃんはふらふらな様子だ。

 メシ抜きにしても限度がある。虐待だろこれ。

「腹減ってるだろ。クッキーあるぞ、クッキー。食え食え」

 ポケットに入れていたクッキーを差し出すと、アクちゃんはそれを見つめた後に奪い取って口に入れる。

 あ、これアカンやつだな。

 恥も外聞もないという有様で、タイクーンはクッキーを口に入れる。

「ゴンさん、連れて帰ろう」

『こいつの意見聞かなくていいの?』

「いいよ。メシ抜くとか絶対ダメだ」

 自発的に断食をしたことがある。前世の話だ。

 その時期は色々あって宗教に救いを求めて変な感じになって、死ぬ寸前みたいな断食をソロでやった。普通に死にかけて、こんな苦しいことに意味なんてねえと知ってる。

 人生は楽してなんぼだ。苦しいことなんて必要無い。どうせ、何しても苦しいんだから、自分から苦しんでも仕方ないってことだ。

「何を言うておる」

「アクちゃん、俺んとこ来いよ。メシくらい奢るって言っただろ。トリアナンは蕎麦が美味いんだ、屋台もあるし高級なヤツだって御馳走できる」

 クッキーを食べたくらいじゃ足りるはずない。

「お前は来るたびにそんなことを言う。腐ってもタイクーンの位におるのじゃ。見知らぬ場所になど行ける訳がなかろう。それとも、ドーレンは誘惑の魔神かや。そうであれば、断らねばならん」

 また魔神かよ。

『ここにはそういう気配はちょっとだけだぜ。出てきたら消すけど』

 ゴンさん、なんでそんなに魔神とか嫌いなのよ。

『可能性が一つもないゴミだからだよ。可能性の無いものはなんも面白くないし邪魔なのよね』

 全く理解できないけど、白蛇の魔神とかなんか色々言うてたじゃないの。

『あー、あれも可能性は無いよ。ただ同じことするだけで惑星に寄生してるゴミだから』

 ゴンさんにしか分からんっぽい価値観だ。

 俺もああいう人を操るヤツは嫌いだし別にいいか。

「俺は魔神とかじゃないよ。というか、多分、そいつらの敵なんだろうなあ。白蛇の魔神とかも結果的に殺しちゃったし」

 正確にはゴンさんがやったから俺じゃないんだけど、やっぱり俺のせいなのか。マリナちゃんのためにも必要だったし、一回は助けたから関係ないだろう。

『薄味だったよ』

 あ、食ったのか。

 あれぇ、なんかもやもやするな。

『やめとけやめとけ。今はこの、アクちゃん? だろ』

 そうだった。またゴンさんとのお喋りに夢中になってた。いけないいけない。

「アラン・ドーレンや、先日も目の前で消えてみせたの。そなたは、神仙の類いかや」

「普通の人間だよ。たまたま変なことが起きてるだけ」

 転生してるし、これはなんか選ばれし者的なサムシング?

『何に選ばれるのさ』

 それが謎だな。あの神様も俺には大して興味なさそう、というか世の中の低俗な善悪とかには興味なさそうだったし。

「人ならば、どうにもできん。タイクーンの血は呪われた血じゃ。祖先から続くこの責務を果さねばならぬ」

「メシも食えなかったら、どうにもできねえよ」

「ふふ、退位の時期が来たというだけじゃ。母上も、父上も、ここに眠っておる」

 石碑は墓所だったようだ。

 漢字っぽいけど解読不可能な字が石碑には刻まれている。たぶん、代々のタイクーンの名前かなんかなのだろう。

「ゴンさん、なんとかできねえの。食ってなかったら死ぬ」

『えー、オレぇ? なんでぇ?』

 うわあ、腹立つ世界観で返しが来たなあ。

「アクちゃん、可哀想だし」

『海なら当たり前。人間だけ特別扱いしない』

 そういうのも正しいんだろうけどさあ。

 仕方ねえ。

 とりあえず、ゴンさんを喜ばすか。

「そういうことなら、俺がアクちゃんに食いものを見つけてやる。アクちゃん、ここって警備の人とかいないの?」

「さっきからおかしいぞ。ゴゥン・サウンとはなんじゃ、何かの神の名前かや。交信でもしておるのか」

 そういう神秘的な感じとはちょっと違う。

「あ、ゴンさんはこれ」

 ポケットに入れていたゴンさんを取り出して見せると、明らかにビビった顔になるアクちゃん。逆の立場なら俺もドン引きなので分かる。

 半魚人風の邪神像をポケットに入れるこっちの身にもなってくれ。わざと忘れていったら、出先でいつのまにか入ってるし。

『失礼だなキミも』

「俺とゴンさんの仲じゃないの。アクちゃん、信じなくてもいいけど、彼がゴンさんだ。よく分からないけど、なんか喋るし捨てても戻ってくる」

『ふふふ、どうよ?』

 キャデラック自慢してるような雰囲気で言うゴンさん。アメ車欲しかったなあ。

「ひっ、な、なんという」

 ビビるのは分かる。

 前世で仲良しになったシャブ中が、同じようにボル×スファ×ブの超合金出してきた時、俺も同じような反応をした。あれはキツかったなあ。

『ぶははははは、それ面白いけどドン引きのヤツだな』

 このエピソードは、前世で中途入社した十五回目の転職先で面白いと思って披露したら、みんなドン引きだった。あの痛ましい空気、トラウマだぜ。

『はははは、アラン、お前っ、ははははははは、そんなもんドヤ顔でっ』

 笑ってくれるだけマシだ。

 あれ本当に辛い。滑ったとかじゃないのよね、あっち側の人みたいな感じに見られるのって。他にもヤクザのやってるゴミ屋でバイトした時の話とかも、普通の場所で披露してえらい目にあった。

『はははは、ははははははははは、腹いてぇ』

 これが一番いい反応。ドン引かれは辛いんだよ。

 俺の痛ましい顔と思い出が面白かったのか、ゴンさんが光った。

 ぶわっ眩しっ。

 マジで光るのやめろや。車のライトくらいルーメンあるだろ。

 目を開けると、足元にタイやヒラメがびちびち跳ねている。結構出しよったな。

『ちっくしょう。アランにのせられちゃったよ』

「おのれ、ボルテス××イブ」

 プリ×スハイネルの真似をしてみたが、いや、これは通じないだろ。

『ぶはははは』

 通じた。プリンスハイ×ルはBLの西山が好きだったなあ。聖なる闘士はもっと好きだったが。

 お、今度はポケットからワカメがもりもりと。

 また服が台無しだ。これ久しぶりだけど、相変わらずの大惨事。どうして俺のポケットなんだ。

 もっとあるだろ。魔方陣的なヤツでこうカッコイイ感じで光るヤツとか。

「アクちゃん、とりあえず今日の食糧はなんとかなった」

 ビビってるアクちゃんにはとりあえずそこにいてもらって、使えるものを探してみた。

 お供え物用のカップやら皿やらを確保。近くには木もあって薪も見つけることができた。好都合なことに、お線香みたいなもののために火をつけるものもあって、魚を焼く準備は整ったが水が無い。

「水場、水場、と」

 ゴンさんと一緒に探すと、井戸みたいなものがあった。

 ここ整備されてんなあ。

 井戸から水を汲んだところ、飲めそうだ。少し飲んでみたけど、変な味はしない。

 これでなんとかなる。

 アクちゃんに火の点けかたを教えたり、石で竈を組んだり。久しぶりのアウトドア。あー、スノボーしたいなあ。マドレ領は雪山あるらしいし、今年は滑るぞ。

『スベるの?』

「そっちじゃないって」

 ゴンさんもきっと気に入る。セブンツーは俺の得意技さ。遊びだけは90点の男だぜ。

『自分で言うなよ』

 いいや、言うね。俺は社会人とか勉強とか全然ダメだったけど、遊びだけはいつも本気だった。

『うわぁ』

 それ気に入ってるだろ。

 そんなこんなで、焼き魚とワカメ入れただけのスープもできた。

 小さい果物ナイフはたまたま持ってたので、それで魚から内臓をとったけど大変だった。これは護身用じゃなくて、メシ食う時とかにも使う日用品だ。戦いに使えるようなもんじゃない。

「海の魚か、凄まじいものじゃ」

 アクちゃんはぽつりと言った。

 腹が減ってるだろうに、まだ食おうとしない。こいつは凄いガキだ。

「食べてくれよ。まあ魚出すのはよくあることだし、気にしなくていい」

「馳走になる。この大恩に、いつか報うことを誓おう」

 俺の許可が出てから食べ始めるアクちゃん。

 すげえな。立派だ。

「大げさだな。別にいいって、ほらワカメスープから。味付けるもんなかったから、大して美味いもんでもないだろうけど」

『ほんのり塩味だぜ』

 それのみだからなあ。美味いもんじゃないって。

 魚の血抜きも完全にできなかったし、ここで焼いたりしてるもんはそこまで美味いもんじゃない。だけど、腹は膨れる。

 木の枝を箸代わりにして食うなんて、アクちゃんにも初めてだろう。

 助けてたやりたい。

 ガキを一人にしてメシも食わさないとか、やりやがったヤツは殴ろう。

『おー、暴力』

 ゴンさんは暴力が好きだなあ。俺も好きさ。結局、弱いとなんもできやしねえ。いつも誰かに踏まれて奪われる。

『それだけじゃないだろ』

 そうさ、それだけじゃない。世の中には優しさとか、大切ないいことだってある。

 だから、もっとしんどい時もあるんだ。

「アクちゃん、ここから出られるか?」

 食べる手を止めて、アクちゃんは俺を見る。綺麗だった黒髪は汚れていた。こんなところに放り出されているからだ。

「うむ、祖先の霊を慰める回向も明後日で終わりじゃ。ふふ、ヤツらめ、わらわがこれで死ぬと思っているじゃろうからの。驚くはずじゃ」

 帰っちまったら、一人にしてしまう。

 やっばり連れて帰るか。タイクーンだかなんだか知らないけど、帝国まで追っては来れないはずだ。

「なあ、俺んとこ来ないか。みんないい人だよ」

「アラン・ドーレン、お前はいつもわらわを救ってくれるの。気持ちだけで充分じゃ。タイクーンであることからは、逃れられぬ」

 くっそ、本当にしんどいな。

 お兄ちゃんだったら、そんなことしたヤツら全員をぶっ殺すだろう。だけど、俺には無理だ。

「アクちゃん、ここに放りだしたヤツらが来たら、自信満々で笑ってやれよ。シンセン? が現れたって言ってやって、ビビらせてやったらいい。死ぬはずが生きてるって、ビビらせられるぜ」

 こんなことしか言えないんだよなあ。

「ふふ、そんなことは思いつかんかったな。伝説に謡われる妖女のように振舞ってみようかの。大海の神より、馳走を賜ったのじゃ。あながち嘘でもない」

『うーん、神っていうのはなあ。まあいいか』

「な、なんじゃ、今の声は」

 お、聞こえるようになったのか。

 この判断基準はなんなんだ。未だに分からん。

「これがゴンさんだよ。最初は俺もビビったなあ、ははは」

『ああ、聞こえるようになったのか。それなら、まあいいか』

 ゴンさんも分かってない時があるっていうのも、さらによく分からない。

「あ、なんかこの感覚、引っ張られてんな」

 なんというか、分かってきた。

 ケツがむずむずする。そうそうこの感じ。

 またなんか追放されそう。

『お、ダエモンが限界きたな。そろそろ戻るぞ』

「また突然だな。アクちゃん、そろそろ戻る時間みたいだ。多分また追放されるから、またな」

『行くぜ』

 突然景色が変わった。

 今回は元の場所だ。

 マリナちゃん怒ってんだろうなあ。

 どうしようかな、と考えてたら女子トイレのドアが開く。

「アラン、よかった待っててくれたのね。……なんでまた服が」

 アウトドアしてきたから、俺は薄汚れている。

 今回は時間が経過してないのか。なんなんだもう。

『ダエモンが慣れてきたんだろ』

 だえもん? 全く分からん。

『あら、人間には分からない内容だったか。じゃあ気にするな』

 いやいや気になるよ。

「マリナちゃん、また追放されて色々あったんだけど、それは別にいいや。あのさあ、突然だけど妹とか欲しくない?」

 マリナちゃんの顔が分かりやすく変わった。

 しまった、これは誤解される言い方だ。いや、どう言えばいいんだこれ。

『自業自得。人間の好きなカルマだよ』

 ゴンさんが上手いことまとめたっ。 







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転生した俺がカッコイイ団をつくるようになるまでの話 海老 @lobster

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