雁首揃えた命の輝きよ、御機嫌よう
コトリノことり(旧こやま ことり)
がんくびそろえていのちをかがやかせましょう
私は、サクラのために、クラスの人間の命を頂戴することに決めました。
何故かって、彼らが愚かにもサクラ専用の特別性水槽ごとサクラを壊そうとしていたからです。
そんな救いがたい愚かな人たちはサクラの糧になったほうが世界のためになる、そうに決まってますよね?
サクラは、国が「学生たちに命の大切さを知ってもらおう」と義務教育機関に一つずつ、サクラは配置された液体の中で咲く花なの。
「サクラの名前の、さくらってなに」
「ワタシのもとになったデザインは、かつてこの国で一般的かつ好意的に受け止められていた花だということです」
両手ほどの大きさの水槽の中、薄紅色のような、血を薄めたような色をした、縦長の風船をぎゅうぎゅうっと無理やり繋いでいびつな円にした形をしたサクラ。そんなサクラの右目がぱちぱち瞬きしています。
サクラは目玉みたいなのが5つあります。便利そうですよね。ちょっとうらやましいです。右上をまたたかせるってことは、きっと楽しいということでしょう。左下のを閉じるときは悲しいというとき。白い目の中の水色はチョコレートのラッピングに使われるようなファンシーさを感じます。
「その花も、サクラみたく丸くて目が水色だったの」
「いいえ、私はすべてがつながっていますが、5枚の花弁でできていたそうです。そっして水の中ではなく、大地の上で育っていたとのことです」
「土で育つなんて汚いね」
「昔は土から栄養をとるのが一般的だったのです」
「サクラは栄養いっぱいの液体にいるから、栄養不足の心配はないね」
ぷかぷかぷかぷか、液体の中でサクラは舞う。薄紅色がきゅうっと収縮したりぷくりと大きくなったりしながらくるくる回って、たまに私にウインクする。なんてかわいらしいんだろう。
「はい、この水槽の中の液体は私のための養分が含まれています。ですが」
「なあに?」
くるくるくるサクラは回ってる。目玉は右も左も上も下も閉じたり開けたりして、何を言うべきことか考えているようだ。サクラにしては珍しい。
「私もデザインになった元の花の話のことしか知りません。しかし、その中で、誰も真実なのか知らないのに、誰もが知っているという話があります」
「ほんとかどうかわかんないのに、みんなが知ってるってこと? そんなことある?」
「こんなお話です。――『桜の木の下には、死体が埋まってる』」
その日はサクラ専門の政府認定研究者がサクラのメンテナンスにきていた。
そして、思春期の男子はバカが多い。
『絶対にやっちゃいけない』と言われるとやりたくなるものらしいようです。
研究員がメンテナンスのために、水槽の上蓋をあけ、目を離したすきに水槽の中に手を入れたのです。
『サクラに直接触ってはいけない』
これは、全生徒が周知しているし、飲酒運転をしてはいけないというルールと同じくらい当たり前なのに、その男子はやってしまった。
サクラに、直接、触るということを。
耳を汚すような絶叫。
それはとてもとても長く、全生命力をかけた絶叫で、命の輝きに満ちた叫びでした。
男子は干からびたような姿となり果てました。血も水分もない、皮と肌だけの骸骨みたいに、まるで美しさもない姿に。
私はサクラのところに行きたくて部屋の外にいたからその様子をずっと見ていました。
緊急事態だと、研究員はすぐさま部屋を隔離を開始しました。
追い払われる時に見たサクラは、水槽の中でぷるぷる震えてて。
いつもより大きく、いつもより赤く見えました。
「あんなものあるのがおかしい」
「わたしたちもああなっちゃうかもしれない」
「でも勝手になんかしたらおこられるんじゃないのか」
「だけどあいつをあんな目にあわせたのと、同じ学校で過ごせるかよ!」
クラスメイトが自分勝手な言葉を連ねていました。
私はサクラを壊そうとする存在は消そうと思っていたから、何を言おうがどうでもよかったけど、一応、確認のためにサクラのところへとうかがいました。
「ねえサクラ。サクラは水槽からでられるの?」
「周りが水であれば、私の意志で出られます。ですが、養分がないとすぐに枯れてしまいます」
「ううん、それはきっと大丈夫。今日の夜、一緒にデートしよう」
8月という季節でよかったです。
夕方を過ぎても夏の暑さはねっとりとしていて、髪が汗で張り付きます。作業の邪魔になるので何度も髪をかき上げるのですが、そうすると髪と襟が赤くなるので、結局断念しました。
「な、なんでこんなことするんだ、あ、」
頸動脈を包丁で切るとひゅーひゅーという呼吸と一緒に血が噴き出します。作業を終えたソレをプールに投げ入れます。
もう30人くらいプールに投げ込んだでしょうか。透明だったプールの水面は赤いのと、動かなくなった制服姿のままぷかぷかと浮かんだクラスメイトの躯でいっぱいです。ぷかぷかしてるソレらはサクラのかわいらしさには到底かないませんが、夏だからプールを使えてよかったと心の底から思います。
「なんでこんなことするんだ、おかしい、くるってる、おまえなにやってるのかわかってるのか、おかしいだろ、ふざけるな、やめろ」
さあ次を、と包丁を構えると震えるクラスメイトが縄で縛られたまま日本語のような単語をしゃべっています。
私はソレのいうことが理解できなくて、首をかしげました。私の理解力が足りないのでしょうか。そもそもソレが話してるのは本当に私が使っているのは同じ日本語なのでしょうか。まあ、多少の意思疎通を試みるのはよいでしょう。
「だってあなたたち、サクラを壊そうとしたでしょう」
「は? それが、なんで」
「あんな美しくて綺麗で可愛らしくてただ存在するだけで輝いているサクラを壊そうとしたんですよあなたちなんて二酸化炭素を吐き出して糞尿で汚水をさらに汚すことしかできないような存在だというのにあのサクラの存在を消そうなんておこがましい考えがそもそもなんで浮かんだのかすら不思議なのですが更に壊すということは直接サクラに触るということですよね私ですらサクラに直接触ったということなどないというのに自分たちがサクラに比べてどれほど存在価値がないか何故気づかないのですかああ申し訳ありません愚かだからですよね人間としてあの輝きに気づくことが当然なのにそれもできない人間以下なのですから仕方ありませんねですが私は優しいので過ちに気づいて震えるくらいまでは許してさしあげますですがサクラを害そうとしたこと触ろうとしたことそれらについては許す気はありませんええそうです許しません許しません許せません許さない許すわけない許しませんよ許さないから許すことなんか絶対にしませんなので少しでも役に立ってください、それでは御機嫌よう」
「ぐは」
気づいたら残りのクラスメイト10人とも血を噴き出したまま倒れてました。
引っ張ったり蹴ったりしながら、残りも全部プールに投げ入れます。
プールに浮かぶクラスメイト達。
きっと彼らも、今頃自分の罪深さに気づいて、そして本来なら与えられるはずのない名誉に歓喜しているでしょう。そこまで回る頭を持ち合わせているかは疑問ですが。
さあ、なにはともあれ準備は整いました。
「お待たせ、サクラ」
サクラの水槽の中でぷかぷかくるくる回ってます。いいえ、これは踊ってるんでしょうか。とてもうれしそうです。目玉を右からぐるりと順番にひとつずつ閉じて開いてをしています。
私はサクラの水槽を抱えて、プールに入りました。こつんこつんとクラスメイトの塊に触れます。制服が赤くしみこみます。
プールの中央の底に、屈みながらサクラを置きました。屈むときに顔がプールの水の中に入って、水中越しに見るサクラはキラキラして見えました、
私は顔を水の中にいれたまま、サクラの様子を見てました。
サクラのぎゅうっとしぼられてたり、こぶのような体が、縮んで、大きくなって、縮んで、大きくなって、と繰り返して膨張していきます。
収縮と膨張を繰り返すサクラ。
そして膨張しきったサクラは自分のからだで水槽をぎゅうぎゅうにしてます。それでも膨張を繰り返すサクラに耐えきれなかった水槽が、ぱき、ぱき、ぱききっと割れました。
ついにサクラは水槽から外へ、プールの水中へと飛び出しました。
サクラの目がプールの水面をきょろきょろと探ります。
その間もサクラは膨張していきます。
どんどん大きくなって、一番近かった、クラスメイトの誰かの身体に、サクラの薄紅色の肉が触れました。
そこからは、クラスメイトのすべてが終わるまで、同じ行動でしたが、何度見ても飽きることはないほど美しかったです。
サクラが触った身体は骸骨のようにやせ細り、いいえ、正しく骨だけになって赤いプールの底に沈んでいくのです。そうすると、サクラの薄紅色はどんどん濃くなっていって、そしていびつな肉の円が大きく大きくなっていきます。
それはまさに花が成長していくのを早送りで見ているようでした。
そしてサクラは円系の身体だけではなく、根のようなピンクの肉を生み出して、次々とクラスメイトの身体を餌にして大きくなっていきました。
骨になっていくクラスメイト。
大きくきれいに育つサクラ。
嗚呼、なんということでしょう。
愚かなクラスメイトたち。あなたたちの存在も、たまには輝くこともあるのですね。
夜のプールで、ひときわ大きくなった姿で、新しくできた根はプールの水にしっかりとつかりながら、私がいつも見ている5つの目だといびつな円系のサクラ自身が、プールの上で咲き誇っていました。
私の両手を広げても足りないほど大きくて、目玉は白かったところが赤くなって、でもファンシーな水色の瞳孔の部分はしっかりと私を見ています。
そして、私は直感的にわかりました。
養分を根で吸い取り、その上に堂々と、紅色の花びらを咲かせるその姿が、きっと『桜』なのだと。
「ああ……サクラ、とってもきれい」
私は水にぬれたまま、サクラの姿を見上げました。
たぶんきっと下着の中も濡れていることでしょう。だって、それほど、サクラの姿は美しく、その目で見られているというのを感じるだけで、甘い痺れが体を走るんですもの。
サクラは紅色の身体を揺らしました。
「ありがとう。おかげでこんなに大きくなったよ。ねえ、君はどうする?」
「私も、サクラの糧になりたい。あなたのために、このいのちをささげたい。でも、私が今そうしてしまったら、この後のサクラは困っちゃうでしょう。新しい養分を連れてこなきゃ、だから、その時まで待っていて」
いつかくるその日が待ち遠しい。
でもきっと、もっともっともっと養分を与えたら、私のサクラは、もっともっともっときれいにうつくしくいのちを糧にかがやくのでしょう。
だから、私は、その日を待ちます。
桜の木の下には死体が埋まってる、と昔の人たちは言っていたそうですが、気持ちはわかります。
だってこんな美しい存在のためなら、自分の命なんて、捧げたくなりますよね。
「ねえ、いつか、私を食べてね。サクラ。約束よ。その日を待ってるからね」
サクラは紅色の身体を震わせた後、右上の目でウインクを返しました。
こんなにきれいで、うつくしいのに、チャーミングでかわいいのがサクラのいいところです。
雁首揃えた命の輝きよ、御機嫌よう コトリノことり(旧こやま ことり) @cottori
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