類友はカルマに従う 番外編1-⑥終

 友莉が作ったピュレを少しとリンゴのコンポートを半分ほど摂った後、エクトルは羽琉と共に自室へと戻った。それからベッドに入ったが横にはならず、枕をクッション代わりにして座る。

 後から入ってきた羽琉にベッドに座れと言わんばかりに、ポンポンとベッド端を叩いて羽琉にアピールした。

「ところでハルは部屋で何かしていたんですか?」

 素直にベッド端に腰掛けた羽琉は、言いづらそうに眉根を寄せた。

「……実は、料理を調べてました」

「料理?」

 不思議そうに聞き返すエクトルに羽琉はコクリと肯く。

 羽琉の部屋にはパソコンも完備してある。羽琉が少しでも不自由のない生活が送れるようにとエクトルがスマホと一緒に購入したものだ。

「今回みたいな病人食だけじゃなく、日頃の食事で僕も何か作れるようになりたかったんです」

 毎日の食事はサラやナタリーが作ってくれる。故に羽琉が覚える必要はないのだが、それでも自分が出来ることを考えた時、それぐらいしか思いつかなかった。

「僕はフランスの家庭料理を知らないので、少しでも作れるようになって栄養面からエクトルさんのサポートが出来ないかと思って……」

 もちろんサラやナタリーも栄養が偏らないよう考えて作ってくれているだろうが、エクトルが望む時にバランスのいい食事が提供できるようになりたいと思ったと羽琉は付言する。

「あぁ、ハル。君はどうしてそんな可愛いことを考えるんですか」

 そう言ってエクトルはまた羽琉を抱き締める。愛おしくてしょうがないといった感じだ。

「……」

 エクトルのハグにはだいぶ慣れてきたが、いつも急にくるので羽琉は驚きとドキドキを鎮めるのに苦労する。

「その思いだけで十分ですよ。ハルもいろいろと慣れることに必死な時に、そこまで私のことを想ってくれていたなんてすごく嬉しいです」

 感慨深げに言うエクトルの吐息が羽琉の前髪にかかり微かに揺れる。

「でもスケジュール調整のために、しばらくは残業が続くと思います。日付が変わってからの帰宅はなくなると思いますが、ハルとのディネ(夕食)は無理かもしれません。また朝しか会えなくなります」

 至極残念そうに言うエクトルに、少し考え込んだ羽琉は「じゃあ……」と言ってエクトルから体を離した。

「ちょっと待ってて下さい」

「?」

 そう言うと羽琉はエクトルの部屋から出ていった。

 怪訝そうに見送ったエクトルだったが、さほど時間をおかず羽琉が戻ってきた。

「これ、渡しておきますね」

 先程と同じようにベッドに腰掛け羽琉が手渡したものは、羽琉の部屋のスペアキーだった。

 この家に羽琉が来た時、エクトルが羽琉に渡していたものだ。

 本来ならばスペアキーは家主であるエクトルが所有するのが当然なのだが、エクトルは普段使う鍵とスペアキーの両方を羽琉に渡していた。

 プライバシー保護のためと……エクトルなりの心遣いだ。

「……ハル」

 手渡されたスペアキーに見入るエクトルに、羽琉は「元々……」と話し出す。

「僕は部屋に鍵を掛けたことはありません。エクトルさんだから必要ないと思ってます」

「…………」

 長い沈黙の後、長嘆と共にエクトルは俯いた。

 参ったな……。

 そう心中で呟き、苦笑する。

 こんな風に羽琉が信用を示すとは思っていなかったエクトルは、してやられたと降参した。

 エクトルが羽琉の信用を裏切ることをするはずがない。

 実際にドアを施錠するよりも最も効果的な方法だったことに気付くはずもなく、羽琉は話を続ける。

「深夜の帰宅となると、僕は多分起きて待っていることができないと思うのでよければ僕を起こしに来て下さい」

「……え?」

「僕もエクトルさんとの時間が少しでも欲しいので、起こしてもらえると助かります」

 エクトルは瞠目した。

 羽琉も自分と同じように思っていると気付かなかったからだ。

「ハルも、私との時間が欲しかったのですか?」

 聞き返された羽琉は言いづらそうに視線を泳がせた後、一つ肯く。

「ずっと一人で家と公園の往復をしていたので、その……」

 エクトルが羽琉の左頬に手を伸ばし「寂しかった?」と問うと、少し間を空けてから羽琉は「……はい」と素直に答えた。

「すみません、ハル。会えなくて寂しく思っているのは私だけだと思っていました。ハルにも同じ思いをさせていたなんて……」

 眉根を寄せ「すみません」と再度謝るエクトルに、羽琉は首を横に振る。

「エクトルさんの仕事が忙しいことは理解してます。ただ……今回のような無理はしないで欲しいです」

「……はい。ハルの言う通りにします」

 出過ぎた物言いかもしれないが正直な気持ちを伝えると、エクトルは素直に肯いてくれた。

 そのことにホッとしていた羽琉だったが、何故かゆっくりと近づいてくるエクトルの顔に驚いて硬直していると右頬に軽くキスをされた。

「!」

「ハルに心配は掛けたくないのですが、恋人に心配してもらえることがこんなに嬉しいことだとは思っていませんでした」

 にっこりと微笑むエクトルに、羽琉は驚きの瞬きを繰り返した。

 柔らかいエクトルの唇の感触を頬に感じ、ドキドキが止まらない羽琉の頬が徐々に赤く染まる。

 そんな羽琉の様子を楽しそうに見つめながら、「少し休みますね」とエクトルは布団の中に入った。

「ここにいてくれますか?」

 横になって羽琉に訊ねると、赤く染まった頬のまま羽琉がコクコクと肯いてくれる。

 倒れてしまったことは思わぬ失態だったが、自分に対する羽琉の想いを垣間見ることができたことで、これまで会えていなかったことが帳消しになるほどの幸福感をエクトルは感じていた。

「もう一つ、良いですか? ……手を、繋いでいて欲しいのですが」

 そう言って差し出してきたエクトルの手に、羽琉はすぐ応える。

 エクトルの要望に対する戸惑う時間が減ったことに、エクトルは頬を緩めた。

「おやすみなさい」

「はい。ゆっくり休んで下さい」

 安堵したような笑みを浮かべ、エクトルは再び眠りに就いた。

「……」

 その寝顔を、羽琉は頬を赤らめたまま見つめる。

 相変わらずエクトルの愛情表現に、相応の熱で応えることができずにいる羽琉だが、窺いつつも素直な気持ちを言えるようにはなってきた。

 スキンシップに慣れるにはまだまだ時間が掛かると思うが、慌てたり恥ずかしがったりする羽琉の様子すらも愛おしく見つめてくれるエクトルに、今しばらくは甘えようと、幸せそうなエクトルの寝顔を眺めつつ羽琉は思った。



                             ―END―

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