類友はカルマに従う 番外編1-⑤

「……」

 エクトルが目を覚ましたのは夕方近くになってからだった。

 職場で倒れてフランクと共に病院に行き、そのまま家に帰ってきたことは覚えている。帰ってきたエクトルを羽琉が心配そうに見つめていたことも。

「心配掛けさせてしまったな……」

 そう思ったが、今この場に羽琉がいないことに首を傾げる。

 部屋に入ることは許可しているし、倒れたエクトルのことを心配していたことは確かなはずなので、羽琉がこの部屋にいない状況が不可解でならない。

「ハルはどこ……?」

 まだボーッとする頭を振り、エクトルはベッドから起き上がった。

 仕事で無理をして倒れてしまったことに呆れてしまったのだろうか?

 羽琉に情けない姿を晒してしまったことを激しく後悔する。

 寝過ぎたからか足元をフラつかせながらエクトルはリビングへ向かった。

「……いない」

 そのままキッチンに向かうと、テーブルの上にコキエットのパスタとピュレが置いてあった。羽琉が作ったのだろうかとも思ったが、さすがに羽琉はフランスでの一般的な病人食は知らないだろう。フランクが友莉も呼んでいたため、きっと友莉が作ったのだろうと結論づけた。

 しかしここにいないということは、羽琉は自室にいるということになる。

「……」

 エクトルはひどく落ち込んでしまった。

 心配させたくはないが、心配してもらえてないのかもしれないと思うと、かなり辛い。

 重い足取りで歩き、羽琉の部屋の前でエクトルは足を止める。それからノックをしようとドアに手を伸ばしたが、一瞬躊躇した後、溜息と共に手を下ろした。

 まだ本調子ではないからか、マイナス思考から頭を切り替えることが出来ず、結局エクトルは重い足を引き摺るようにして自室へ戻ろうとした。

 その時。

 カチャ。

 突然羽琉の部屋のドアが開いた。

「!」

 驚いたエクトルは当たりそうになる寸ででドアを避ける。

「あ、え? エクトルさん?」

「……ハル」

 羽琉の顔を見た瞬間、エクトルの理性は飛んでしまった。本能に従って羽琉を強く抱き締める。

 その勢いと強さに「……んっ」と小さく呻いた羽琉だったが、エクトルの腕は緩みそうにない。

 エクトルの重みを全身に受け少しよろめいてしまったが、体勢を整えると羽琉もそろそろとエクトルの背中に腕を回した。

「……ハル……ハル」

 縋るように名前を呼ぶエクトルの背中を、羽琉は黙って撫でる。

 しばらく無言で抱き合っていると、エクトルが一つ大きな息を吐いた。それから落ち着いたのか、羽琉を抱き締める腕の力が緩まった。

「……ハルの姿がなかったから……怖かったです」

 弱っている時に恋人の姿がなかったから不安になったのだと悟った羽琉は「ごめんなさい……」と謝る。

「……もう少しだけ、このままでいても良いですか?」

 エクトルの熱い吐息混じりの声を頭上で受けながら、羽琉はコクリと肯いた。

 羽琉の許しを得たエクトルはまた羽琉を強く抱き締める。だが先程のような強さはなく、羽琉も心地良さを感じるほどの適度な強さだ。

「……体調は大丈夫ですか?」

「今、充電してます」

 そう言ってエクトルは腕にキュッと力を入れる。

「フランクさんも友莉さんも心配してました。その……お仕事を少しセーブすることは難しいんですか?」

 あまり口を出してはいけないと思っていたが、羽琉は窺うように聞いてみた。

「……今回ばかりは無謀だったと私も反省しました。明日から少しペースを落とすことにします」

 意見を素直に聞き入れてくれたようで羽琉はホッとした。

「ハルは?」

「え?」

「ハルは……心配してくれましたか?」

 その言葉に少し上半身を離した羽琉は、エクトルを見上げる。

「……心配してないように見えますか?」

 エクトルは切なげに目を細め、「部屋にいなかった……」とぽつりと零すように呟く。

「あ、えっと……眠っているとはいえ、ずっといると気が散るだろうし邪魔になるかもしれないと思って……」

「私がハルを邪魔だと思うことなど絶対にありません。だからこそハルにスペアキーも渡しました」

 少し怒っているような口調のエクトルに、羽琉は瞬きを繰り返した後、再度「ごめんなさい」と謝った。

「……いえ……いえ、すみません。責めているわけでは……」

 謝らせたかったわけではないエクトルは、申し訳なさそうに顔を歪める。

「ただあまりハルと会えていなかったので……」

 精神的なストレスが溜まっていたのだと言外に含む。

「でもペースを落とすなら、一緒の時間は増えますよね?」

「はい。増やします」

 決定事項で言い切るエクトルに羽琉は頬を緩めた。

「じゃあ部屋に戻ってもう少し休みましょうか。今度はちゃんと看病させて下さい」

「そばにいてくれるんですか?」

 「はい」と肯く羽琉に、安堵の息を吐いた後、にっこり微笑んだエクトルはようやく羽琉を解放した。

「あ、その前に何か少しでも食べられますか? 友莉さんが作ってくれた料理があるのですが……。それか飲み物……」

 う~んと唸ったエクトルだったが、羽琉の勧めを無碍には出来ず「……少しなら」と自室に戻る前にキッチンへと向かった。

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