類友はカルマに従う 番外編1-④

 友莉たちが帰った後、エクトルも寝ているので自室に戻ろうかと思った羽琉だったが、やはり辛そうだったエクトルのことが気になり、自室の前を通り過ぎてエクトルの部屋に向かった。

 囁くように「失礼します」と言ってからエクトルの部屋のドアを開ける。エクトルは先程と同じように静かな寝息をたててぐっすり眠っていた。

 元々ショートスリーパーだと言っていたが、それでもすぐに眠りに就いたということは相当睡眠時間が少なかったのだろう。何をしても起きそうにないほど気持ちよく眠っているようだった。

 起きたら水分補給と、食べられそうだったら友莉さんの作ってくれた料理を持ってこよう。

 そんなことを考えつつ、エクトルの眠るベッド横の床に両膝をつく。

 こんなに弱ったエクトルは初めて見た。

 確かに帰国してからというもの、エクトルは残業続きで帰りが遅かった。深夜だったり、明け方だったり……。それでも朝はちゃんと起きて羽琉と一緒に食事を摂っていた。

 休息がとれているのか心配だったが、エクトルの仕事のことも分からない上に、これまでのエクトルの生活がどんなものだったのかも知らないので、自分が口を出したらいけないのだと羽琉は思っていた。

 だがこうなってしまった今、やはり一言でも声を掛ければ良かったと、エクトルの寝顔を見つめながら羽琉は後悔していた。それにそんな多忙の中、日本語の勉強までしていたのだ。睡眠時間どころか、食事時間もそんなに取っていなかったのではないかと、かなり心配になった。

「……」

 エクトルの寝顔をまじまじと見つめていると、まつ毛が長いことに羽琉は気付いた。右耳の後ろに小さなほくろがあることにも気付く。

 だが何よりも――。

「綺麗……」

 エクトルは端正な顔立ちをしているが、眠っている時もここまで見惚れてしまうとは思っていなかった羽琉は目が離せなくなってしまう。

 白雪姫にキスをした王子様はこんな気持ちだったのだろうかとぼんやり考えていると、いつの間にかエクトルの目が薄く開いていた。

「は? エ、エクトルさんっ」

「……ハ、ル」

 あまりにじっくり見つめていたので居心地の悪さを感じて起きてしまったのだろうかと焦っていると、「寂しいです」と小さな声が聴こえた。

「……え?」

 どういうことかと眉根を寄せて聞き返すと、「ハルに会えない」と零すように呟く。

「朝しかハルに会えない。日本で会っていた時より、寂しいです」

「……」

 羽琉は息を呑み瞠目した。

 エクトルの言う通り、残業が始まってからというもの朝食の時間しか羽琉と会話をする時間が取れていなかった。

 それは先程フランクが言っていた通り、エクトルが無理に仕事を詰め込んでしまったことによる代償なのだが、手掛けている案件を早々に済ませ、羽琉との時間を多く作ろうとしたが故のことなので羽琉は何も言えなくなってしまう。

 まだ眠そうな、それでいて切なげな目でエクトルは羽琉をジッと見つめている。

 羽琉も何か言おうとしたのだがなかなか言葉が出ない。

 するとエクトルがベッドの端に置いていた羽琉の手を握った。

「愛してます、ハル。そばにいて、くださ……い……。ず……っと……」

 途切れ途切れの言葉の後、パタリと手を離すとエクトルはまた眠りに落ちた。

「……」

 羽琉は眉根を寄せつつ、再び寝息をたてるエクトルを見つめた。

 エクトルの愛情はいつでも直球だ。それを同じように返したいのに、羽琉は硬くなってしまう。最近ではエクトルに嫌われてないか、羽琉の方が不安になってしまうことが多かった。

「僕も好きなんです。でも……ごめんなさい」

 エクトルの愛情の半分も返せてないことに申し訳なさを感じた羽琉はそっと立ち上がると、すやすやと寝息をたてるエクトルの寝顔を確認してから静かに部屋を出た。


 エクトルの隣にある自室に戻り、部屋にあるソファーに腰を下ろした羽琉は膝を抱えるようにして蹲るとその膝に顔を埋める。そして寂しいと言っていたエクトルの言葉を思い出していた。

 エクトルと同棲するようになってから、最初は羽琉もエクトルが帰ってくるまでずっと起きて待っていた。しかし「これから残業が増えると思うので、待たなくても良いですよ」とエクトルから言われ、深夜から明け方に帰ってくるようになってからは、さすがに羽琉も起きて待っていることが出来ず、先に部屋で寝るようになった。

疲れて帰ってきても誰も待っていないというのは確かに寂しい気がする。しかも恋人の羽琉がいるにも関わらずだ。エクトルはどんな気持ちで羽琉の部屋を通り過ぎ、自分の部屋に向かっていたのかと考えると、羽琉は胸が締め付けられる思いがした。

 僕に出来ること――。

 仕事を頑張っているエクトルのために、今の羽琉が出来ること。

 それを羽琉は必死で考えていた。

 

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