破邪の剣で勇者斬ったら真っ二つになった

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破邪の剣で勇者斬ったら真っ二つになった

 それは、勇者一行が魔王軍との最終決戦を控えた夜のことだった。


 いつも通り酒場の隅で俺と騎士のギルバートが他愛もない話をして飲んでいると、酔っ払った勇者がおぼつかない足取りで入ってきた。既に出来上がっているようだ、きつい香水の匂いから察するに、女に囲まれていたのだろう。


「よぉ、お前ら久しぶり」

 勇者は数年ぶりの再開を喜ぶ気配が微塵も感じられない、にへらにへらとこちらを小馬鹿にしたように笑って声をかけてきた。そりゃそうだ、片や数多の魔物打倒し行く先々の村や町を救った英雄サマ、片や活躍の場の一つもない酒場警備員二名。勇者の仲間ということで見逃してもらっているが、酒場のマスターには長い間迷惑をかけている。


「ああ、久しぶりだな」

「ええ、ご無沙汰しています」

 俺はぶっきらぼうに返したが、育ちの良いギルバートはわざわざ立って挨拶をする。どうしてこんな淡白な関係になってしまったのだろう。以前は心優しく誰に対しても敬意を持って接する好青年だったというのに。


「明日、俺は歴史に名を残すさいっっこうの英雄になるからさ~~~お前らにも? 最後くらいは? 顔見せておこうと思ったわけよ~~」

 勇者は下品にゲラゲラ笑う。魔物に憑依されていると言われても信じられるくらいだ。教会で神父に呪いを解いてもらったほうがいいと言いかけて、喧嘩の火種になりそうだと口をつぐむ。


 いつだったか、勇者はある日急に性格が変わった。誰に対しても偉そうな口を利き、利益にならない依頼を受けなくなり、自分よりも弱いと判断すれば見下し、俺たちに平気で嘘をつくようになり、バレても謝らない。人の揚げ足を取るのが残念なくらい上手くなって、難癖をつけて自分の要望を押し通すようになった。


 それだけじゃない、丸太に切り傷つけるのに手こずっているほど弱かったはずが、一夜にして森をほぼ丸ごと伐採して主のドラゴンを仕留め、収納魔法を使って新鮮なままギルドへ持ち帰ってきたり、遠い地図にない島に移動魔法で飛び希少鉱物のオリハルコンを両手に抱え切れないほど取ってきた。


 収納魔法や移動魔法は高位の魔法使いでも一生のうちに取得できるかも怪しいようなものだが、勇者はこれみよがしに見せつけ、そのくせ自分は特別なことは何もしていないとすっとぼけた。おかげで魔法使いのマーティスは面目を丸つぶしにされ、精神を病んで国へ帰っていった。


 恐ろしいのは、これらがわずか四日足らずで起きたということだ。マーティスの代わりに女の魔法使いが入ってきたと同時に、俺たちは酒場送りになった。その後のパーティ事情は知らないが、勇者の活躍を聞かない日はなかった。それが今になってやってきやがって、無神経にも程がある。


「最後……とは?」

「いや気づいてるっしょ? お前らは明日でお役御免、ここから出ていってもらう」

 そう、魔王が倒されれば晴れて世界は平和、勇者の仲間の身分から開放される。ということは、居場所を失う。先程まで俺たち二人は国へ帰るか、あてもなく旅をするか話し合っていたところだった。


「……何故ボクらを酒場に待機させたままだったのか聞いても?」

「ぶっ……くくく! そんなの男だからに決まってんじゃん! 何? 大真面目に己の努力不足とか考え込んじゃったか?? 見栄え悪いじゃ~ん、むさ苦しいおっさんとか俺よりイケメンの堅物騎士がパーティにいたんじゃさ。追放されなかっただけありがたいと思ってくれよな。おお、俺ってなんて慈悲深い勇者なんだろう!」


 嘘だ、仲間を二人以上酒場に預けていると「警備費」が勇者に支払われることをマスターから聞いた。ここに来たのも俺たちの処遇をどうするか尋ねる手紙が送られたのだろう。知らないと思って舐めてかかられていることに腹が立つ。


「てめぇ! 俺のことだけならまだしも、ギルのことまで馬鹿にしやがって!! 今までずっと黙ってきたけどな、その態度気に入らなかったんだよ!!」

「よせリック! ここで事を荒立てるな。お互い大分酔ってる」

 ギルが割って入る。深夜ではあるが俺たち以外の客もまばらにいて、喧嘩になるのかとこっちに視線を向けてくる。


「ギルは平気なのかよ! 男ってだけで、自分より外見が良いだなんてふざけた理由で外されて、悔しくないのかよ!」

「……悔しいさ、ボクだって。騎士の誇りを踏みにじられたまま泥水をすするような気持ちで今日まで生きてきたよ」

 ギルはと拳を握り唇をかみしめて震える。人の目さえなければ俺と同じく掴みかかっていただろう。


「あ~ばっからし! な~にが努力だ誇りだプライドだ。漫画じゃないんだからさ、この世は無理せず楽してチート最高。だぜ?」

「いい加減にしやがれ!!!」

「おいリック!」

 我慢の限界になった俺は、ギルを押しのけふにゃふにゃした勇者の首根っこを掴んでそのまま床に倒した。こんなやつに負けてたまるもんか、今まで溜まっていた鬱憤を晴らしてやる。


「こんのやろぉ~」

 勇者はヘラヘラした表情のまま俺を退けようと手をペシペシ叩く。全く力がこもっていないこともさることながら、自分だけは絶対に害されないと確信している目つきが、更に俺の怒りを燃え上がらせる。

「うるせぇクソ勇者!」

 腕っぷしなら俺は負けない。頬を二、三発殴って馬乗りになり、勇者の腰から剣を抜き取ると店内に悲鳴が上がったが、もう知ったことじゃない。こんなやつは殺されて当然だ。


「こいつは……」

「破邪の剣!」

 ギルが驚いた。破邪の剣、俺でも知っている。オリハルコンの刀身に精霊の聖なる加護を受けた、邪なもののみを断ち切り平和をもたらすと伝わる伝説の代物。上等だ、ここで試してやる。


「てめぇが本当に勇者だってんなら、これで斬れるはずねぇよなぁ!!」

 俺は勇者めがけて力と怒りいっぱいに振り下ろした。



 奇跡なんてものは起こらず、勇者は見事真っ二つになった。切り口から血が吹き出し、まな板の上の生肉が落ちるように、べしゃっと気持ち悪い音を立てる。店から人が逃げ出し、マスターは恐怖のあまりその場にへたり込んでしまった。


「お、おい、嘘だろ……?」

 我に返った俺は声をかけたが、肉塊は肉塊のままだった。やっちまった、俺は人殺しになっちまった。

「リック、お前なんてことを……!」

 ギルは目の前の出来事が受け入れられず、立ち尽くしている。


「ど、どうにかしないと……!」

「どうにかって、どうするつもりなんだ」

「わかんねぇよ! でも、ここには置いておけねぇ」

 どうしていいかはわからないが、そのままにはできない。俺は酒場の裏手から荷車を引いてきて、真っ二つになった勇者の片方を持ち上げて載せた。


「……捨ててくる」

「ボ……ボクも一緒に行く」

 二人して震える手で残り半分を載せて、店を後にした。ギルは何度もすまない、すまない、こんなはずじゃなかったとマスターに頭を下げていた。


 生臭い荷車を押して、明かりのない夜の道をただただ進む。幸いにもカンテラが積んであったから、火をつけて足元に気をつけながら足を前に出す。俺もギルも無言で、なんて言葉をかけたら良いかわからないまま。


「……ここいらでいいだろ」

「……手伝うよ」

 山の麓に広がる森へたどり着いた俺たちは、深めに穴を掘って勇者を埋めた。泥だらけで浴びる朝の日差しが妙に痛い。町へ戻るわけにもいかず、勇者が魔王軍と戦う予定の場所へ向かった。


 数時間後、俺たちは魔王軍に降伏した。勇者が組んでいたはずのパーティメンバーは、誰一人現れなかった。相手も何かがおかしいと気づいたのか、俺たちを捕らえる以上のことはせず引き上げた。

 魔王の前に連れてこられた俺は、経緯を包み隠さず伝えた。もうおしまいだ、世界は俺のせいで魔王に征服されてしまう。


「そうか……ハッハッハ! よくぞやってくれた!」

 そうだよな、俺は魔王から見れば勇者を討ち取った功労者だよな。こんな状況で褒められたところで、嬉しさの欠片もない。どうしてこうなった、俺は戦士として魔物と戦って、功績を上げて魔王を倒し世界を平和にしたかったのに。


「いや実はな、おかげで我々魔物は勇者にかけられた呪いから開放されたのだ」

「へっ?」

 間抜けな声が出た。勇者が魔物に呪いをかけていたって?

「無理に凶暴化させられていたのだ我々は。町を壊し人を殺め、数え切れぬほど取り返しのつかないことをした……」

 魔王はため息をつき、悲しげな表情をした。どうなってんだ??


「犯した罪は消えぬ、だが償うことは出来る。戦士リック、騎士ギルバート、我と共に再建を手伝ってはくれぬか」

 その言葉は嘘かもしれない、差し出した手を握り返せば引きちぎられるかもしれない。だが俺もギルも、戻れない。お互い顔を見合わせて、確かに勇者の言う通り誇りやプライドは馬鹿らしいものだったのかもしれないと笑い合って、魔王の手を取った。


 魔王の配下になって数年後、俺たちは人間も魔物も成し得なかった本当の意味での世界平和を掴み取ることになる。和平条約が締結され、街に人間と魔物、その間の子が差別されることも攻撃されることもなく、幸せに暮らせる世の中がやってくる。


 あの森に埋めた勇者は、長い時の中で忘れられていけばいいと思った。

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