その救済は誰が為のもの
- ★★★ Excellent!!!
とあるアパートに暮らす幼い姉妹そとその母親、そしてその生活をただ見守るように漂う、曖昧な霊体である『私』のお話。
現代ファンタジー、より詳細には『超常要素を含む現代ドラマ』といった趣の作品です。とある一家を襲った抗いようのない不幸と、そこに起こった小さな奇跡を描いた物語。いろいろと素敵なところ、引きつけられたところはあるのですけれど、どうしても印象が強いのはやはり序盤から中盤にかけての展開、描かれる不幸の生々しい手触りです。煽り方の巧みさというか、グイグイ身に迫る感じ。
アパートにひとり、まだ幼い娘ふたりを抱えて生活する母親。収入を得るための仕事も家事育児もすべてひとりでこなさねばならず、娘の前では元気に振る舞うものの、しかし無理をしているのはもう言うまでもない——というのがこのお話の導入で、こうしてあらすじ的に要約しちゃうと全然わからないんですけど、この辺どん詰まり感が伝わりすぎてもう凄まじいことになっていました。
不幸や不運の書き方・積み重ね方はもとより、読者へと投げつけられるタイミングの適切さも。特に効いたのが第一話の最後の方、いよいよ明らかにされる(=ここまであからさまに伏せられていた)父親の事情で、ここでサラリと出される「すでに六ヶ月経過してる」ことの絶望感が本当に凶悪でした。これはしんどい……母親の心の折れる音がはっきり聞こえるかのようで、というか導入だけでこんなに効いていたらその先が大変というか、実際ズタボロにされました。こちら(読者)の感情の追い込み方がえげつない。
特に好きなのはその手触りというか、不幸のありようがリアルなこと。確かに悲劇的な状況ではあるのですけれど、でもこういう『つらい現実』はきっと、この世のあちこちに存在しているはずなんです。現実に、普通にありうる範囲の地獄。であればこそ我が身に置き換えやすいというか、転げ落ちていく様にどうしても『もし』を考えてしまうんです。
例えば「周囲に頼れる人がいれば」とか、「この子たちがもう少し大きければ」とか。あと一歩で踏みとどまれたかもしれない、その可能性が十分に想像できてしまうところ。絶妙でした。状況の組み上げ方のうまさもあるのでしょうけれど、おそらく『私』の存在も効いている、というか、この物語の内容を考えたらむしろそちらが主軸なのですけれど。
ただそこにあって状況を見つめているだけで、何も介入する力を持たない主人公。あと少しで守れたはずの何かが、めちゃくちゃに壊されていくのをただ黙って見ているしかないという、この構造というか何というか。もう本当に効きました。そしてこの溜めがあればこそ、後半の展開にのめり込める。いわゆる感情移入なのですけれど、でもよくよく考えてもみればこの『私』、わりと読者そのまんまでもあるんですよね。その場に存在しないし一切介入もできない、ただ見ているだけの曖昧な何か。それがその立場のままに物語に介入するというのは(ましてこちらからそれを望まされるというのは)、なかなかに面白い読書体験でした。
最後がハッピーエンドなのがよかったです。もっというなら終盤手前の時点で結構ハッピーで、そこからさらに積み重ねてくれる感じであることも。可能性としていろいろな結末を想定してみたとして、でもこの話ほどこの終わり方をしてくれて良かったと思えるものはない、とても心温まる物語でした。凄かったです!