第2話 マリーゴールド・ファーマシー

「準備をするからそこに座ってて。ナオはお茶の準備を」

「りょーかいっ!」

 軽快な足音が店の奥のキッチンへと遠ざかっていく。いつも通りの飄々とした調子で、クルス=ゴールディングは除霊儀式の用意を始めた。応接コーナーの中心を彩るガラステーブルの上に、毛筆で何かが書かれたお札、音叉に水晶の山、十字架、得体の知れない液体や粉末の入った小瓶など、古今東西の除霊用具が並べられていく。高級そうな臙脂色のソファに座ったヒョウカは、その様子をぼんやりと眺める。

「いっつも思うけどさ、その道具って全部必要なの?」

「必要に決まってるじゃあないですか。なぜなら霊によっても、有効な祓い方は色々でねえ」

「そんな、ウイルスのA型とかB型に対して別のワクチンがいるみたいな言い方されても……」

 道具を胡散臭げに見ながら、ヒョウカはこれまた胡散臭げに店主の顔を見た。店主のクルスは、柔らかな微笑みを返す。端正な顔立ちのため、普通は様になることだろう。しかし、滲み出る胡散臭さは隠しきれなかった。なぜなら彼は、どう見ても一般人には見えないのである。

 ここで読者諸君のためにクルス=ゴールディングの外見的特徴を解説しておこう。彼についてまず特徴的なのは頭部だ。頬骨の辺りで切りそろえられた髪は銀色、かつてヨーロッパと呼ばれていた地域にルーツがあるためか肌は色白で、薄青の目は紫外線に弱いらしく丸いサングラスを愛用している。これがまた胡散臭さに拍車を掛けている。

と、ここまで挙げただけでもずいぶんと特徴的なのだが、それだけではない。彼は優に一八〇センチはある長身に、鶯色の中国風の衣装を着こんでいるのだ。地球上の国々が再編されてからは以前にも増してレアになった民族衣装の類だ。よって、彼は明らかに浮世離れした外見をしているのである。むしろ、これが一般的なファッションだとしたら、すでに一度ならず二度か三度は文明が滅びたということだろう。

「ふむ、今日の幽霊君にはどうやらこれが有効そうだ」

そんなことは知ってか知らずか、胡散臭い店主ことクルスは並べた道具類からあるものを取り上げ、ヒョウカに見せた。コルクで栓をされた白い粉末状の何かが入った小瓶だ。

「……なにそれ?」

「初めて使う道具かな。これは清めの塩だよ」

「ただの塩にしか見えないんですけど」

「確かにそうかもしれないねえ。しかし、塩というのは複数の地域で古くから清めの呪いとして使われていたようで、そこにはヒョウカ君のご先祖が生まれた国も含まれている。それに、この店の入り口にも小さな塩の山があるだろう。覚えてないかい?」

「そういえば」

「あれは、今で言うエリアCにあった風習。さて、ヒョウカ君は目を瞑って」

「ん」

「さっ、然るべき場所にお行きなさい」

クルスはおもむろに立ち上がると、ヒョウカの頭の上から一つまみの塩をパラパラと散らした。学校からヒョウカの後を付きまとっていた黒い影が段々と薄れ、空気に溶けるように消えていった。なんとなく感じていた重苦しさから解放され、ヒョウカは自分の背後を確認して一息ついた。

「ふう、いなくなった。……てか、あっけなくない?」

「まあ低級霊だったからねえ。もしこれがより強いものだったら、今頃大量の塩を浴びせられていたところだよ」

「うっわ、それ地味に嫌だわ」

「地味に?」

「……これまで経験したものよりは比較的マシってこと!」

 ちなみに《これまで経験したもの》には、古代文明の悪霊を祓うために飲まされた「得体の知れない薬草の煎じ薬」や、「今は使われていない言語の呪文がビッシリ書かれたローラー状の道具を三時間ずっと手で回し続ける儀式」などが含まれている。悪ふざけばかりしている動画配信者でもあんなことは経験したがらないだろうというのが、ヒョウカの感想だ。

「はかせーっ! お茶が入りましたー! お菓子も持ってきたよ!」

 除霊が終わったところで、ちょうど赤い衣装(もちろん中国風)を着込んだ人物が、お茶やら茶菓子やらを持って戻ってきた。助手のナオである。それも、右手にティーポット、左手に茶菓子が山盛り載った皿、そして頭の上に茶器が伏せられた盆という運び方で。なんというバランス感覚! だがヒョウカもクルスも特に驚いた様子はない。むしろヒョウカの方は、若干呆れ気味の表情を見せた。

「相変わらずのバランス感覚だな……」

「えっへん!」

 盆をテーブルに置くと、ナオは誇らしげに腰に両手を当てて胸を張った。その様子はまるで、小さな子供のようだ。実のところ、その身長は一六〇センチ程度とヒョウカと変わらず、顔には幼げな態度とは不釣り合いな大きな縫い痕があるのだが。それでも、ナオが浮かべている笑顔は至って純粋無垢である。少々物騒な外見(及び身体能力)にも関わらず、ナオは非常に人懐っこいのだ。

「ありがとう、ナオ。さあ、僕たちもしばしの休憩にしよう。おっと、そのまえに僕は道具を片付けてくるよ」

「はーい、じゃあ先に食べてるね!」

「いただいときます」

 クルスと入れ違いにナオが応接コーナーに座り、並べた茶器に茶を注いでいく。薄緑色の茶からはフワリと湯気が立ち、その香りにヒョウカは少し気分を良くする。

「良い匂い。これって何てお茶?」

「えーとねー、分かんない……。けど、なんかお花が入ってるんだよ! ほら見て!」

 そう言って、ナオはガラス製のポットをヒョウカに見せた。籠のように編まれた茶葉の中央に、黄色い大きな花がふわふわと揺れている。

「すげー。ところでこれって、どうやって作ってあるの?」

「さぁ?」

「さぁって、アンタな……」

 子犬のように首を傾げるナオをジト目で見遣りつつ、ヒョウカは取っ手のない茶碗を手に取り、ふうふうと冷ましてから茶を啜った。

「それは工芸茶といって、茶葉と花を糸で組み立てて花かごのように造形する、ユニークなお茶だよ。使われる花にもいくつか種類があって、今日のは金盞花キンセンカ、すなわちマリーゴールド。気に入ってくれたかな?」

うお、いつの間に」

「どうも。ちなみに主な効能は目の健康、胃腸の不調の改善だよ」

 いつの間にか、向かいのソファにいるナオの横にクルスの姿があり、ヒョウカは軽く驚いた。ここに通い始めてから、もう一年以上も経つ。しかし、彼女はいまだ、店主に謎の底知れなさを感じていた。常ににこやかで紳士的、中華街の住人にも人気があるようで、店は(むしろそれがメインだが)漢方薬局としても繁盛している。その一方で、得体の知れない道具を大量に所持しており、どういう関係かもよく分からない子供(?)を助手にしている。

「ヒョウカー、このおまんじゅうおいしいよー」

(こうして見てると、何が私たちと違うのかわっかんないな……)

 茶菓子を美味しそうに頬張るナオを見ながら、ヒョウカは思う。ここで、これからの展開に対して重要なことを明かしておくと、ナオは人間ではない。クルス曰く、彼とも彼女ともつかないこの助手は、特別製のキョンシーなのだという。

(つづく)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DR&QC 和毛玉久 @2kogeta9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ