DR&QC
和毛玉久
第1話 その少女、デンジャラスにして霊感体質
まだ日が落ち始める前の夕暮れ時、ある都市のオリエンタルな商店街を、一人の少女が歩いている。少女は学校制服の上に、両袖にANARCHY(無法)と赤くプリントされた黒いパーカを着て、両手をポケットに突っ込んで歩いていた。頭にはDJが使うような大きなヘッドホン、シャープな黒髪のボブカットは一部が編まれており、その部分だけが淡いバイオレットに染められている。大きな目が可愛いらしいなかなかの美少女だが、その瞳には勝気な光が灯っており、一筋縄ではいかなそうな雰囲気を出していた。まるで不良少女といった風体である。
目ざとくその姿を捉えた同年齢と思われる男子学生が、彼女に「ねえキミ可愛いね! オレとカフェでも行かない?」と話しかける。ナンパだ。少女は鬱陶しそうに目を細め、ポケットの中のプレーヤーを操作して音楽のボリュームを上げた。ヘヴィなギターのリフととんでもない速さのバスドラムの連打が漏れ出る。アンタなんかとは話したくないの合図だ。それでも懲りることなく、男子学生は一方的に話しかけ続ける。周囲の人々はただの日常だと思い、目を向けはするものの、少女を助けようとはしない。
「もちろんおごるよ~? あ、カフェが嫌ならゲーセンとかは? 一緒にプリクラ撮ろうよ! カラオケは? ってか、なに聴いてんの~? そのヘッドホン良いね、ちょっと触らせてよ」
そして男子学生は悪気なく少女のヘッドホンに手を伸ばす。しかしながらその瞬間、彼の体は吹っ飛んで路上に仰向けに倒れることとなった。少女の左手は固く握られており、それはたった今、男子学生の顎にアッパーカットを食らわせたばかりである。少女はプレーヤーを取り出して音楽を止める。楽曲名はEyeless(目無し)。そしてとうとう口を開く。
「アンタ、キモイよ。見境なくしつこく話しかけんのはもちろんだけどさ、明らかに嫌そうにしてる初対面の相手に触ろうとするとか、その両目は飾りなの?」
ここまで読んでいただいた読者諸君にはまあお分かりのことだろう。多くの少女はナンパされて苛立ったからとは言って、すぐに殴りつけたりはしない。しかしこの少女はする。
――そう、この少女は見かけ倒しではない、正真正銘の不良なのだ。名前はヒョウカ=ハリガイ。百年前までは国家として存在していた極東の島国「ニッポン」にルーツがあり、名前はその国の言語規則に従えば「針貝豹火」と書いた。ファミリーネームは針の生えた貝、名前は猫科の肉食動物の名に火だ。見た目だけでなく中身もとんがった少女だが、名前までもとんがっている。両親は「強い子になってほしい」という想いでつけたようだが、その両親のセンスにもなかなかにとんがったところがあった。
「誠に申し訳ないけど、あたしは今、サイテーの気分だ。失せな」
そして上記の台詞を言い放ったのち、左目を眇めて男子学生を冷たく見下ろす。そのただならぬ威圧感は絶対零度のツンドラのごとく。背筋が凍るような恐怖を覚えた男子学生は、「お、覚えてろや! この暴力女!」と捨て台詞を吐いて逃げ出した。
サイテーの気分が少しだけスカッとしたヒョウカは再び音楽を再生する。鼓膜を打つ重低音が心地よい。しかし、苛立った気分はまだ収まらなかった。その理由は、男子学生だけではない。音楽で耳を塞いでなお、得体の知れない声でこう呼びかける者がいた。
「アソボウ、アソボウ……」
「嫌だよ」
ヒョウカの後ろを先ほどから追っていたのは、男子学生だけではなかったのだ。彼女とほぼ同じ背の高さをした、黒いモヤモヤとした影だ。それは人型をとっておらず、有名なアニメ映画に出てくる怪物のような形をして滑るように移動している。それは男子学生にも、中華街にいる他の人々にも見えていなかった。
「……はあ。これだから学校は行きたくないんだよなあ」
これはヒョウカが通う学校で、他の生徒に憑いていたところを乗り移ってきたものだった。このように、幼い頃からヒョウカは何かと奇妙なものを寄せ付ける体質なのだ。それもあって数々のいわれのない陰口やいじめを経験した結果、今のような人となりになってしまっている。
しかし、この鬱陶しい霊はもうすぐあの世に送られることとなる。ようやく見えた目的地に、ヒョウカは少し気分が和らいだ。そして金の装飾が付いた臙脂色のドアを開ける。ガラス窓には「薬」という文字。これはヒョウカのルーツである国があった場所の付近にまだ辛うじて存在している国や、彼女が歩いている「中華街」と呼ばれる商店街などで使われているものだ。
「ちわー。ちょっとコイツ送ってやって……」
げんなりとした様子のヒョウカの声に、店内にいた二人の人間が振り返る。赤い方はヒョウカとほぼ同じぐらいの身長、緑の方はずっと背が高い。
「あっ、ヒョウカだ! なになに、またついてきちゃったの?」
「おやおや、ヒョウカ君は人気者ですねえ」
「なにそれ皮肉? いいから早く除霊」
「はーい、じゃあそこに座ってね」
ここは、ヒョウカが行きつけにしている漢方薬局「マリーゴールド・ファーマシー」である。ただ、そこの店主と助手は漢方薬以外も取り扱っていた。店主のクルス=ゴールディングは、実は怪奇現象や霊的なアレコレの専門家なのである。
(つづく)
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