[横道]フィナーレの秋田犬

 こんにちは!ぼくは、むさしだよ!

 姉さんの話で、ほとんど顔をパシンってされてたむさしだよ。あははっ!自分でも笑ってしまうよ!


 あ!姉さんのとっておきの秘密を教えてあげるよ!

 実はね……姉さんのパシンって、痛くないんだよ!絶対に爪を立てないんだ。

 優しいでしょう?


 あ、一番最初に「はじめまして、こんにちは」って言ったときだけは、爪立てられちゃって。ぼくは、ぽかーんとしちゃって、たらりとちょっぴり血が出てたことに気が付かなくてね。


 お母さんが「こら、ネコちゃん!」って怒りながら、僕のお鼻を拭いてくれたな。姉さんが爪を立ててぼくをパシンとするのは、そのたった一回だけだったんだよ。

 優しいでしょう?


 姉さんがもう死んじゃうってとき、ぼくもあんまりゆるゆるとしか動けない老犬でね。少しの時間しか動けなくって、姉さんのお見送りに行けなかったんだ。

 それをずっとモヤモヤしてぼくに、姉さんがね、迎えに来てくれたときに言ったんだ。「むさし!優子とお父さんとお母さんに、『またね』って言うのよ!」ってパシンとしたんだよ。

 優しいでしょう?


 姉さんとぼくを亡くした、優子は毎日悲しそうで、『写真』ってのを見て、ポロポロ泣いてた。姉さん、「大丈夫、大丈夫よ」って小さな声で呟きながら、心配そうに眺めてた。

 優しいでしょう?


 優子が優しいのはね、やっぱり姉さんが、優しかったからだってぼくは思ってるんだ。

 ぼくたちの、一番の、姉さんだからね。


 もちろん、お父さんとお母さんも、優しかったけれどね。


 ぼくはね、体が大きかったからお父さんとお母さんと姉さんと優子が、いつもいる家には入れなくてね。その代わりに、ぼく専用の家をお庭にもらったんだ。暑い日も寒い日もあったけどね、ちゃんと家があるって、とっても幸せなことなんだよ。


『番犬』なんて言われてもいたけど、あんまり知らない人に話しかけるのは好きじゃないから。遊んでもらったりしたときだけ、「楽しい、楽しい!」「もっと走ろうよ!」って、おしゃべりしたんだよ。


 優子が歩けるようになった時、ぼく心配でしかたがなくて。なにかにつかまって、それをコロコロと押しながら一生懸命ポテポテと歩いていたけれど。

 転んで、泣いちゃったらどうしようって、ずっと見ていたんだよ。

 泣いてしまったら、姉さんに怒られてしまうしね。


 優子とお散歩にいけるようになっても、ぼくは優子が転んでしまわないように、勝手に走ったりはしなかったよ。ただ一緒に歩くんだよ。

 ただ一緒に歩く、それだけのことなんだけど、それはそれは幸せなことなんだ。

 上手に歩けなくなってから、気が付いたことなんだけどね。


 うまく伝えられないけどね、そのときは気が付かなくてもね、ぼくはたくさん幸せをもらったから。もらった幸せを、お返ししたくてしかたがなかったよ。

 でも、お返しできるかわからなかったから、この先、山口さんのお家の家族が幸せでありますようにって、願っていたよ。


 ☆


 姉さんとぼくはね、遠い空から、山口さんの家を見ていたよ。


 るぱんが来たことも、ミントが来たことも、シナモンが来たことも、知っているよ。そしてね、みんな幸せな時間を過ごしていることも、知っていたよ。ぼくが願っていたことが、叶ったみたいで、とても嬉しく思ったんだ。


 ただね、ぼくたち兄弟のなかで、ミントだけが病気で早くこっちに来ちゃってね……ミントは足を悪くしたときもあったし、治らない病気になってしまって、あの子だけは、もっともっと幸せな時間を過ごしてほしいと、思ったものだよ。


 だからね、シナモンはミントの分まで、幸せを感じてほしいよ。

 ワガママそうな振る舞いをしてるけどね、シナモンは本当はとてもとてもいい子だから。


 そう思ってたから、シナモンの願いが聞こえたとき、姉さんとぼくとで、ミントのお迎えに行ったんだよ。


 姉さん「そんな大事なこと、早く言いなさいよ!」ってちょっと怒ったみたいに言ったけどね、全然怒ってるみたいに見えなくて、ぼくより先に駆け出していてさ。

「むさし!早く行くわよ!」って、ぼくを急かしたんだよ。


 ☆


 そういえば、山口さんの家にいた家族のなかで、ぼくだけが犬だったな。

 ちょっとだけ、自慢しちゃえることだね。

 あと、真っ白な毛かな!ちょっと固いかもしれないけれどね、モコモコしているんだよ!


 一番体が大きくて、ぼくだけの家があってね。


 あ、『一番』って言葉を使うと、姉さんがふてくされちゃうな……でも、体が大きいのは本当のことだから、それくらいは許してほしいな。


 お詫びといってはなんだけど、ぼくの背中に乗っかってもいいよ!姉さん、軽いからね。るぱんも、大丈夫。いつか、シナモンだって。

 え?ミントのことは乗せないのかって?


 ミントもね、大丈夫だと思うんだけどね。小さな体の犬さんより、ちょっぴり大きいから……ミントを乗せるときは、ミントだけを乗せてあげることにするよ!特別だよ!


 ミント、君はちょっとおっとりしているから、ぼくの背中から落ちてしまわないように、ちゃんとつかまるんだよ?


 ☆


 いまね、姉さんとるぱんとミントと一緒に、優子とシナモンのことを見ているよ。


「優子……大丈夫かしら……泣いてるわ」

「姉さん、きっと大丈夫だよ」

「うーん、僕もなんとかなると思うんだけどな」

「ぼく、なにもできないよ……泣いてるのに……」


『お人形さん』のような表情で、動かないまま涙だけをポロポロこぼしてしまっている優子。

 シナモンが、小さな体で一生懸命、涙をなめてみたり、小さな手でペチペチと励ましたり、しっぽをブンブン動かしてみたりしてる。


「シナモン、おねがいね」

「シナモン、いい子だね」

「シナモン、がんばって」

「シナモン、やさしいね」


 ぼくたちは、シナモンに優子のことを任せて、シナモンを応援したんだよ。


 そしたらね、シナモンは大きな声で言ったんだ。


「体が小さくても、あたしの体のなかには、優子のお姉さんにお兄さんに、兄貴とじいちゃんがいるからね」

「あたし、兄貴たちの分も、傍にいる!兄貴たちの分も、優子を守ってあげるから!」


 シナモン、ぼくたちのかわいい末っ子。

 あんなに素直じゃなかったのにね。

 あんなにいたずらっ子だったのにね。


 ぼくたちのこと、忘れないでいてくれて、嬉しいよ。


 シナモン、優子を頼んだよ。

 どうしていいかわからなくなっても、ぼくたちを思い出して、諦めないでいてほしいよ。


 優子、早く君の素敵な笑顔をシナモンに、ぼくたちに見せてほしいな。

 君にはまだ、ぼくたちの大切な末っ子のシナモンが傍にいるんだから。


 諦めないでほしいよ。

 大丈夫って信じているよ。


 もしも優子のことが見えなくなったら、ぼくたちは、かならず君を探して、また出会うよ。


 いまは、シナモンが優子のためにがんばってることに気づいてあげてくれないかな。

 だから、シナモンを思いっきり抱き締めてあげてくれないかな。

 そして、シナモンにまた幸せな時間をあげてくれないかな。


 優子……ぼくたちのかわいい妹……


 そのとき、優子がシナモンを優しく抱き締めて、小さなころみたいにエーンエーンって泣き出した。


 優子……やっぱり君は優しいね……

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ネコの家族 まゆし @mayu75

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