第70話

「本当に青いゴブリンだ。お兄ちゃん、あれがターゲットなの?」


 マリアが言っているのは、例の異界から来たメスのゴブリンのことだが、ボクとアネットさんがカール先生から指示された最優先討伐目標はまた別だ。

 青いメスゴブリン達も、もちろん無視して良い相手では無い。

 ここのゴブリン達が異常なまでに上位種揃いなのは、明らかにヤツらが関係している。

 何がどうなってそんな事態が起きているかまでは分からないけど、恐らく近縁種とは言えこちらの世界のゴブリンと、異界のゴブリンとが交わることで起きている現象なのは疑いようが無いのも事実。

 どっちみちヤツらも討伐するべき対象なのは間違いない。

 ヤツらが逃げ延びたら、どこかでまたカール先生達が束になっても中々倒せないほどの異常個体が、今度は成体として現れないとも限らないワケだし。

 しかし……


「青いのも残らず倒さなきゃだけどね。本命はあっち。でっかいのがいるだろ?」

「あっちかぁ……。あれ、何て言うモンスター?」

「さぁ? アンノウンが扉として使っているモンスターだけど、名前までは分からないなぁ。仮にゲートモンスターとでも呼ぶことにしよっか」


 一切の光を寄せ付けていないかのようにも見える深い黒。

 そんな色の扉を背にひどくゆっくりと進む、亀と豚の特徴を足したような姿の巨大なモンスター。

 ちょっと前回ボク達が倒したゲートモンスターとは見た目が違うけど、役割としては同じだろう。

 ヤツを倒さない限り、いくらゴブリンやアンノウンを倒しても、同じことが繰り返す可能性は無くならない。


「坊主、嬢ちゃん。兄妹の仲が良いのは結構なんだが、まずはお仕事だ」

「すいません。もう逃げられる心配も無さそうなんで、ちょっと気が抜けてしまいました」

「まぁ、分からなくも無いけどね。みんな、手筈通りいくよ? 戦闘開始!」


 アネットさんから号令が掛かった瞬間、弾かれたように駆け出していくアレックさんとセルジオさん。

 それより早く、ミオさんは最初の魔法を既に完成させていた。

 アネットさんとサラ師範は、左右に分かれて走っていく。


「ジャン。私達は最初、マリアとミオさんの護衛ってことだったけど……出番有ると思う?」

「いや、たぶん無いと思う。ブリジットもマリアと一緒に、自分に使える魔法を撃ってて良いと思うよ」

「そうね。アタシとジャン君なら、キミ達がどんな魔法を撃っても即興で合わせられるだろうしさ」


 ボクもようやく、こうして話しながら魔法を撃てるようにまでなった。

 ミオさんがコツを教えてくれたからだが、いざというときのために、こうした技術は必要になるハズだ。

 魔法の発動待機中だからといって、味方とコミュニケーションが取れなくなるのでは、この先どこかでピンチを招くと思うし。


 戦闘は順調そのもの。

 アレックさんには火属性。

 セルジオさんには風属性。

 アネットさんには水属性。

 サラ師範には土属性。

 それぞれの武器に異なる属性を付与して戦う作戦は、アネットさんの発案だ。

 敵の弱点が分からない以上、ちょっと間違うとかなりの悪手になりかねない作戦だが、あの四人ならそうした心配はいらない。

 目まぐるしく互いにポジションを入れ換えながら、アンノウンの弱点属性を割り出していく。

 青いゴブリンは幸い普通に魔法が効いたので、最初のミオさんの範囲攻撃魔法で既に全滅している。


 ボクの仕事は一応ミオさんやマリアの護衛だが、前衛が倒し損ねたアンノウンにトドメを刺すことも積極的に行っている。

 ミオさんはゲートモンスターへの魔法攻撃。

 マリアは光撃の魔法で四大属性の効かないアンノウンへの攻撃。

 ブリジットは討ち洩らしが接近した時の足止めが主な役割だけど、本人が危惧した通り出番は全くと言って良いほど無かった。

 あまり得意では無い魔法攻撃でも、何もしていないよりはよほどマシだったと思う。


 闇属性が弱点だったアンノウンは結局一体もおらず、ゲートモンスターを守っていたアンノウンも短時間で全滅。


「ミオ、ジャン君、手応えはどう?」

「正直あんまり良くない。効いてるんだか、効いてないんだかさえ分からないわね」

「ですね。まだ試してないのは闇属性だけですが……」

「あんな真っ黒い扉と一体化してるようなモンスターが、闇属性が苦手とも思えないよね。分かった。一応は試してみる。サラ、手伝って」

「あぁ、もちろんだ」


 唯一の誤算は、ゲートモンスターの魔法耐性が異常なまでに高かったことだった。

 前回はカール先生から預かった万物溶解の魔法が籠められたマジックアイテムを使って、ボクがゲートモンスターを倒したワケなんだけど、あの魔法はとことん規格外の魔法だし、今回はさすがにカール先生も同じアイテムを用意している時間が無かったらしい。

 かなり高価なうえ、入手するのも順番待ちなのだと聞いたけど、実際いくらぐらいするアイテムなのかは教えてもらえなかった。

 聞いてみたのは聞いてみたんだけれど『知らない方が良いと思うよ~?』と、カール先生に言われては怖くてそれ以上は粘る気にもなれないというものだ。


「やっぱり闇属性は全然ダメそうだね」

「だな。剣は通じるが、あの巨体相手では大したダメージにもならないし、恐ろしく硬い」


 アネットさんとサラ師範のアタックにも構わず、相変わらずゲートモンスターはのんびりと逃走を続けている。

 アレックさんとセルジオさんが果敢に足止めを試みているが、一切それを気にしていない。

 しかしアイツ、あんなに硬かったんだなぁ。

 前回はアンノウンの親玉が必死にアレを守っていたから、そんなに防御力や魔法耐性が高いモンスターだとは夢にも思わなかった。

 ……待てよ?


「アネットさん、メイスは試しました?」

「え? そう言えばアイツにはまだだね」

「サラ師範、突きは?」

「あんなデカブツ相手に突きだと? そんな非効率的なこと……ジャン、さては何か考えが有るんだな?」

「まぁ、そうですね。ミオさん、二人の武器に付与した魔法って解除出来ます?」

「それなら、魔力遮断の魔法ですぐ出来るわよ」

「お願いします。ボク、まだ習ってなくて……って、ブリジット?」

「突きを試すだけなら、私にも出来るからね。それに曲刀なら殴打も試せるから!」


 よほど暇だったんだろう。

 さっきまでボク達の話を黙って聞いていたブリジットが、我先に駆け出していってしまった。

 そしてそのまま、ゲートモンスターの背後から突き掛かる。

 あの技はアリシア流だ。

 ブリジットも最近すっかり、アイン流とアリシア流、両流派を状況に応じて使いこなしている。

 ああして移動しながらの技はアイン流には無いから、その判断は極めて妥当なものだ。

 ブリジットの突きが尻にヒットした途端、それまで全くと言って良いほどボク達の攻撃に反応を示さなかったゲートモンスターが、初めて苦痛を表にあらわした。

 野太い咆哮。

 爆音が決して狭くはない空間に鳴り響く。

 ……当たりだ。

 ヤツもアンノウンと同じく、特定の攻撃以外は全く通じないタイプのモンスターだった。


「うるっせえな! だが、ナイスだぜ!」


 セルジオさんが、ありったけのスローイングナイフを放つ。

 アレックさんも一瞬だけそれに遅れて突き掛かる。

 しかし、武器に付与された属性が良くなかったのか剣が思ったように突き刺さらないようだ。

 すかさずミオさんから解除の魔法が飛んでいく。

 ブリジットは妙に嬉しそうに滅多刺しを始めていた。

 サラ師範はミオさんに解除してもらってすぐ、それに加わる。

 セルジオさんの短剣にも、ミオさんから解除の魔法が飛んだ。


「ジャン君も行っておいでよ。マリアちゃんとミオは、私が守るからさ。そんな心配も要らなそうだけどね」


 ボクも剣を抜いてゲートモンスターのもとに向かう。

 既にグッタリし始めているけど、手を抜く必要性は感じない。

 こうなると的はデカいし、動きはトロいし、さしたる攻撃手段も持たないゲートモンスターは脆かった。

 支障と言えたのは、その巨体ゆえのタフさぐらい。

 それなりに時間は掛かったけれど、全く危なげ無く勝利を得られたボク達は、これでようやく追撃戦を終えた。


 あとは……カール先生達がどうなったかを確認したうえで、最後に残された謎を解き明かし、必要なら手をうつまでの話だ。

 そろそろあちらも決着がついている頃だろう。

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きっと全ては自分次第 高遠まもる @mamosayu2018

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