第69話
幸いサラ師範が水中呼吸の魔法を使えたので、ボク達は苦手な水泳をすること無く逃げた連中の追跡が出来た。
水の中に居た時間は極めて短いものだったとは言え、魔法無しでも呼吸が続いたかと言われれば、恐らくは厳しかったと思う。
「すっかりビショビショだね」
「そりゃ水ん中を歩いて来たんだし、しゃあねぇだろ」
「送風の魔法で水気を吹き飛ばすぐらいなら出来なくはないけど、着替えてる時間までは無さそうよ」
「そうですね。どうやら、お出迎えのようです」
地底湖の水は非常に冷たかったから、可能なら着替えたり魔法で乾かしたりしたかったんだけど、そんなボク達の事情などお構い無しに敵が現れた。
ホブゴブリンが三体にアンノウンが六体。
普通のゴブリンは、ざっと二十体以上は居るだろう。
アンノウンの内の一体は奇妙な姿の生き物に騎乗している。
例の騎士風のアンノウンだ。
戦力的には大したことは無い。
コイツらも、ターゲットを逃がすための足止めに過ぎないのだろう。
「ミオ、ジャン君。まずは任せるよ」
「了解。アタシは水にするね」
「じゃあボクは風にしときます」
最初に狙うのはゴブリンとホブゴブリンの排除と、アンノウンの弱点を割り出すこと。
ミオさんの範囲攻撃魔法でほとんどのゴブリンとホブゴブリンは倒れ、アンノウンも二体が深刻なダメージを受けて戦闘能力を喪失。
ボクの範囲攻撃魔法で生き残りのゴブリンも居なくなり、虫の息だったホブゴブリンにもトドメを刺せた。
残念ながら風属性が弱点のアンノウンは居なかったようだが、それが判明した時には既にミオさんは次に火属性の範囲攻撃魔法を発動させている。
騎獣を操り突撃して来たアンノウンはアレックさんが引き受けてくれているから、とりあえずは任せて良いだろう。
ボクは水属性が弱点だったアンノウン達にトドメを刺すことを優先する。
アネットさんとマリアは光撃の魔法を放ち、ブリジットはマリアを、セルジオさんはミオさんを守りながら戦っている。
手の空いた格好になったサラ師範は土の精霊に呼び掛けて、今までのどの魔法を受けても堪えていないように見えたアンノウンを、見事に仕留めていた。
幸い今回は、闇属性以外が通じないアンノウンは含まれていなかったようだ。
結果的に、ごく短時間の戦闘で敵を全滅させることが出来た。
「しかし呆気ねぇもんだな。ミオはともかく坊主まで、すっかりいっぱしの魔法使いになりやがってよ」
「やっぱりジャン君の成長速度って、ちょっと異常よね。アタシも負けてらんないわよねぇ」
「そんな……ミオさんと比べれば、ボクなんて全然ですよ。ちょくちょく皆さんのおこぼれを頂戴してるから、成長が早いように見えるだけですし」
「ジャン、あんまり謙遜し過ぎるのも考えものだぞ。それはそうとアネット、なんなんだここ?」
「何かの施設だったのかなぁ。位置的には地底湖の中に居るハズなのにね」
ひどくカビ臭い空気は、長くここが無人だったことの証明かもしれない。
しかし、明らかにここは人工的に造られた空間であることは間違いないだろう。
ただの洞窟にしては、さっき降りて来た階段も今ボク達が居る部屋も、あまりにも形が整い過ぎている。
もともと有った岩盤を削って造られた場所には違い無さそうだから、もしかしたら地底湖もここを隠すために後から水脈と繋げたものである可能性は、かなり高いと思う。
「ジャン、あそこを見て」
「何?」
「私が村で見付けた紋章とそっくりだ」
ブリジットが指し示しているのは天井部分。
わざわざ見ないと見つからない場所に掘られているあたり、この空間を造った人物の拘りが感じられる。
しかし……ここ、どうやって掘ったんだろう?
「本当だ。ブリジット、よく気付いたね」
「たまたまだよ。それにしても、昔の人って凄い魔法を使えたんだな。こんな硬い岩を自在に掘れたんだからさ」
「でも、そんな魔法が有るなんて聞いたこと無いよ?」
「ジャン君、もしかしたらブリジットちゃんの言う通りかもしれないわよ。独自に編み出された魔法なら、そういうことも充分に有り得るもの。後世に伝わっていないだけで、魔法以外では不可能だったハズの偉業を、昔の人は歴史上いくらでも成し遂げているわ」
「おいおい、坊主もそれは知ってるハズじゃねぇか。何なら誰よりもよ」
そうか……万物溶解の魔法。
サンダース先生が生み出した規格外の攻撃魔法ながら、あの不世出の天才と言っても過言ではないカール先生でさえ会得出来ず、埋もれていくハズだった魔法だ。
たまたまボクに適性が有ったから喪われないで済んだだけの話で、そうでなければ失伝していた可能性は非常に高い。
あんな強力な魔法、サンダース先生だって教える相手は選ぶだろうし……。
「そうでしたね。ボクの視野が狭かったみたいです。ゴメンね、ブリジット」
「いや、私もあんまり深く考えて言ったワケじゃないから気にしないで」
「ブリジットちゃん、次はブリジットちゃんの番だよ。ジャン君も早く着替えちゃって」
ミオさんが気を利かせて、さっきから女性陣の衣服に送風の魔法を当てている。
それを見たアレックさんとセルジオさんは、さっさと鎧下だけ着替えてしまったし、ボクもブリジットに話し掛けられなければそうするつもりでいた。
手早く着替えて、ブリジットの衣服の乾燥を待つ。
「よし、完璧に乾いたワケじゃないにしても、これで肝心な時に集中が切れることだけは無いでしょ。結局あれから新手も来なかったし、追跡を続行しましょ」
◆
その後も何度か敵は現れたが、回を重ねるごとに敵の数は減少していき、特に手こずる場面も無かった。
奥に行けば行くほど、ここが人工的に造られた場所であることは疑いようも無くなっていく。
もしかしたら、何か極秘の研究に使われていたところなのかもしれない。
寝台のような形状に残された平らな出っ張りや、本棚のような形状にくりぬかれた岩肌がその可能性を示唆していた。
「どうやら間に合ったみてぇだな」
セルジオさんが低く呟く。
今まさに奥に進もうとしている一団。
その中に明らかに他とは異質なヤツが混ざっていた。
……ターゲットだ。
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