コンビニにて:第21話
毎朝スマホのアラームと一緒に届くニュースや天気予報に紛れて広告めいたお知らせが時折届いている
私は見出しだけ見て詳細までは読んでいなかったけど、その見出しのオカゲで世の中が今バレンタインに浮き足立っている事は把握していた
バレンタイン
私の理解だとそれは1年に1度だけ女子が男子に逆告白を意味するチョコレートを渡す日だった
義理チョコや友チョコと云うそこまで意味深ではないチョコレートも交換する風習がある事までは知っている
人当たりの良い和希さんの事だから配達の納入先で働いている女子店員からチョコレートをたくさん貰うんだろう
ただでさえ女性の友達は多い方だと自分でも云っていたくらいだし
そのチョコレートが1つくらい増えても迷惑にはならないだろう
けど、私はまだ和希さんにバレンタインのチョコレートを渡す程は親密にはなっていないと思っている
私の事を「ずっと気になってた」とは云ってくれてたけど、それがどの程度の「気になってた」なのかは分からない
少なくとも変なヤツだとか目に付くと云うような悪い意味ではないのは確かだ
中学の卒業間際に私を体育館の裏に呼び出して藪から棒に「好きです」と告白をしてきた見ず知らずのあの男子みたいには成りたくはない
少なからず私も和希さんの事が気にはなっているけど、和希さんの「気になってた」に対してもし私が「私も気になってました」と返したなら、場合によっては初雪の下で小一時間立ち話をしただけの相手に「好きです」を意味する告白をしてしまう事にもなりかねない
彼女が出来ても長続きはしないと云ってたけど、今現在彼女が居るのかどうかも確認していないし、そもそも私は別に和希さんと彼氏彼女の仲になりたい訳でもない
物欲もなく対人関係に於ても独占欲や束縛願望の全くない私には当然恋愛感情など抱く事もなく、バレンタインとは全く無縁だと思っていた
今朝スマホに届いたバレンタインの広告のキャッチコピーを見るまでは
「大切な人に感謝を伝える日」
私にとって大切な人と云えばお父さんとお母さんだ
私にも大切な人はいる
そして言葉にこそしないけど、お父さんもお母さんも自分の命に代えてでも守りたいと云うくらい私の事を大切に想ってくれているのは理屈抜きで分かっている
仮にお母さんが私と同じ様に物欲もなく恋愛もしない人間だったとしても、私とお父さんの為ならいつでも死ねると云う想いと覚悟があるのも知っている
逆にもしもお母さんが「愛してる」などと口に出して言葉にしたなら、それは物凄く嘘臭く全てを否定してしまい兼ねない程の事態になると思った
逆も然りだなと分かってはいたけど、私のお父さんとお母さんとへの想いをチョコレートに籠めて贈りたくなった
無口なお父さんはきっと御礼の言葉のひとつも返してこないだろう
お母さんに至っては「無駄遣いだ」と怒るかもしれない
けど、御礼や見返りが欲しい訳ではなく、単純に私の想いを表したくなっただけだ
仕事帰りにコンビニでチョコレートの詰め合わせを2つ買ってきて、今私の目の前に並べて置かれている
どちらにもメッセージを書き込むカードが付いていて、お母さんに贈るツモリのメッセージ・カードに「ありがとう」と一言書いて筆が止まってしまった
お父さんとお母さんに同じ物を1つづつ贈るセンスの無さと、両方のメッセージ・カードに「ありがとう」と同じ一言を書くのは躊躇われた
実態の掴めない「愛情」などと云う物が実在するのであれば、お父さんもお母さんも間違いなくそれを私に注いでくれている
そしてあの2人もお互いに愛し合っている
恋愛をしないお母さんが何故お父さんの事は愛せたのか?と云う疑問が沸いた
お母さんはお父さんと結婚してから他の男性に目移りすらした事がないと云い切ったのを思い出した
私自身と照らし合わせたら、すんなりと理解出来た
お母さんは誰とも恋はしない
だから能動的に自分から誰かを好きになる事は絶対にない
お父さんとお母さんはお見合い結婚だったと云っていた
つまり、受け入れたんだと思う
私が自分自身の生と死を当たり前に受け入れているのと同じように、お母さんは人間の雌として生まれたからには種を遺すこと、それと同時にその種である私とその種を遺す相手であるお父さんの事をお母さん自身の命よりも大切に想っている
そう考えたら愛だの恋だのまどろっこしい話は一切なく、私に向けられたお母さんの想いは当然の事のように思えてきた
そして当然もし私が種を遺す事になったならお母さんと同じ「想い」が沸いてくるのだと思えた
それを本能とでも云うのだろうか
私は幼い頃から結婚をしないと公言していたから放任主義のお父さんもお母さんも私にお見合い話を持ち掛けることは無いだろうけど私にも種を遺してそれを大事にする悦びみたいな物は味わって欲しいと望んでいる気すらしてきた
思春期に種を遺しても良いかなと云う思いが沸いたのも適齢期を迎えて「誰かと会話をしてみたい」と疼き出したのも全て人間の雌として生まれた本能なのだとしたなら、何も考えずに受け入れたら良いだけの話なのかもしれない
目の前に並んだ2つのチョコレートの詰め合わせの、まだ白紙の方のメッセージ・カードを引き寄せて私は再びペンを取った
「LINEの使い方が分かりません!」
コンビニにて 弥生 @yayoi0319
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