煉獄に死す

電咲響子

煉獄に死す

△▼1△▼


「今夜の食事はか?」


 カチリ、カチリ。

 目の前の暗殺者が持つ拳銃に弾丸が増えてゆく。


「六発全弾をお前に撃ち込む」

「…………」


 確かに俺は組織を裏切った。麻薬の売買を警察に密告した。


「何人パクられたと思ってる? おかげさまで我々の組織はガタガタだ」

「……だろうな。が、クスリはご法度だろ?」

「お前は何もわかっちゃいねえ。表があれば裏がある」

「裏切って正解だったよ。いや、裏切ったとは思ってないさ。真っ当なことをしたまでだ」


 彼が俺に拳銃を向ける。


「減らず口もたいがいにしろ。ま、すぐに何も言えなくなるがな」

「なあ、若頭かしら。あんた、おやっさんの意志を無視すんのか?」

「……老害におもねる気はない」

「そうか。そうだよな。あんたの頭ン中は金、金、金だ」

「もういい。……死ね」


 俺の所属する組のナンバー2は、椅子に縛りつけられた俺の体に向かって銃を連射した。

 そして俺は死んだ。


△▼2△▼


 ――――。

 俺は無意識のうちに椅子を蹴り飛ばしていた。

 けたたましい音が無機質な部屋に響き渡る。


 その音を皮切りに俺は


「ほう。あの状況から生還するとは」

「なんとか、な。切り札は最後まで取っておくもんだ」


 眼前にたたずむ存在に向かって話しかける。

 明らかに人間ではないそれに向かって話しかける。


 をかざしながら。


「それを使った人間は初めて見たぞ」

「ふん。寿命の半分など安いもんさ」

「……で。これからどうするつもりだ? 組織に復讐するのか?」

「組織、というか、あのクソ野郎をぶち殺すだけの話だ。協力してくれるよな?」


 眼前に佇む存在は、眼光鋭く俺の目を見つめて言った。


「代償を払う覚悟は」

「もちろん」

「ならば授けよう。悪魔の力を」


△▼3△▼


 妖鬼病。


 いつ、どこで、どのように発生したかも知れぬ疫病。

 どこからともなく現れて、どうにもならない最悪の


 その正体は一部の狂った人間の悪魔との取り引き。

 自身だけではなく、周囲も巻き込む最悪の行為だ。


「それを行う者は、もはや人間ではない」


 かつて高名な神官が言った。


「我々は彼らを制御するすべはない。が、彼らの死後なら制御は容易たやすい。忌々しい病にも対処できるだろう」


△▼4△▼


 男は天寿を全うした後、煉獄に堕ちた。


「ああ、ここは最悪と最善の境界。徳を積めば天国へ行ける。は、はは、ははは……! 生前にたっぷり善行を積んでおいてよかった!」


 しかし。

 悪魔はそれを許さなかった。いや、許されなかったと言うべきか。

 の裁きが彼を有罪としたからだ。


 彼は地獄に堕ちる間もなく、その場で刑を執行された。


△▼5△▼


 男は無限の責め苦を受けながら、


「もうやめてくれ! こんな思いをするなら復讐なんか…… ひいっ! また、またが来る!」


 と、叫び続けた。


<了>

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煉獄に死す 電咲響子 @kyokodenzaki

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