あなたは誰のために物語を書きますか?

麦茶神

 みなさん、こんにちは。

突然ですが、あなたは誰のために作品を書いていますか?



 最近、評価が貰えなくて辞めてしまった小説家の話を耳にしました。


そして、それに対する意見も、たくさん見聞きしました。


評価を貰うために書く、ということは決して間違いではないと思います。


むしろ大抵の人は、いろんな人に見てもらって、いろんな人に評価してもらって、自分の作品を充実させたいだとか、もてはやされる感覚を味わいたいだとか、そんなきっかけで書き始めたはずです。



 しかし、僕は思うのです。



 自分の作品の一番のファンは自分じゃないのか、と。


 僕は自分の作った作品が大好きです。


小学校のころ、自由帳に書き溜めた最高にカッコいい必殺技たちも、中学校の美術で描いた、色合いも拙く、線も全く平行でないような絵画も。


今カクヨムに投稿している作品もです。


ちょっと気取って書いたクサいセリフから、「、」や「。」の一つ一つの居住いずまいまで、全てが大好きです。



 僕は去年、放送部の大会のラジオドラマ部門で、全国大会に行きました。


もちろんその作品も大好きでした。


しかし、それよりもその一年前初めて作った作品、やりたいことを全部詰め込んで、顧問に渋い顔をされながら本部に送り、県大会の予選の予選で落とされてしまったその作品の方が何倍も好きでした。


自信満々で送り出した我が子が、無残な形で帰ってきたあのときは、死んでも構わないとさえ思いました。


 そこで気がつきました。

人からの評価をうけることと、自分が本当書きたいと思うものを書くことは、ほとんど違うものであるということに。


 もちろん、その2つを同時にこなす人たちもいます。

それが世に言う"プロフェッショナル"であり、

その人々は至難の技としか思えない、その2つを鮮やかにやってのけてしまいます。


ですが僕は所詮"アマチュア"。

どちらかをとれば、どちらかは沈んでしまうオルタナティブな状況に身を置くことになります。


だから僕は、僕が一番書きたいものを、自分が心から大好きなものを、書くことにしました。


 自分の思いを、できるだけ優しく重厚なベールに包んで、たんぽぽの綿毛にくくりつけて、そっと飛ばしてやる。


あるいは、思いを壁に叩きつけ、できた模様をべらべらとノートにスケッチして、ページを破って隣に貼っつけておく。


何よりも尊いそのプロセスを大事にして、僕はこれからも書き続けようと思ったのです。



 それが例え他人からの評価を得られない作品だとしても。


それが例え輝けず、呆気なく埋もれていくような作品だとしても。


でも一番のファンはこんなにも身近にいるのです。

そう思えば、そんな心強いこと、他にありません。


自分が好きな作品は誕生から結末まで見届けたいですから、いつか気力が尽き、筆を折るその日まで。


僕は、一番のファンである僕のために書き続けます。



作品の評価に悩んでいる皆さん。


あなたは、誰のために書きますか?



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あなたは誰のために物語を書きますか? 麦茶神 @Mugitya_oishi

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