『君を忘れている時間が長くなった』

糸花てと

留守番電話

「パパー、電話光ってるー」

「んー? 留守電だな」


 容赦ない日差し、アスファルトの照り返し。口を開けばプールに行きたいとねだる娘に、考え付いた策は、お隣さんも巻き込んでのビニールプールとなった。コの字に建てられたマンション、真ん中の空間は芝生があり、水遊びには持ってこいの場所となった。


 水遊びを終え、着替えてると、娘が見つけた。一件の留守番電話。再生させる。


 ガサガサ、雑音のあとに、『君を忘れている時間が長くなった』その一言だけが入っていて、切れた。娘が服の裾を引っ張る。


「誰からー?」

「イタズラかなー、よく分からなかった」




 セミの脱け殻を大事に持っている娘が言う。「今日もプールする!」確認してみると、お隣さんとも話が通っていた。何かお礼しなきゃなー、そう頭に浮かべながら、娘を預け仕事に向かった。


 少し高めのゼリーを袋片手に、帰路を急ぐ。鞄から着信の音。


 ガサガサ、雑音が続く、そして、『君を忘れている時間が長くなった』言い返す間もなく電話は切れた。少々身震いを感じながらも、迷惑な奴がいたもんだなと気持ちを切り替えた。


 お隣さんにゼリーを渡して、部屋に戻る。電話が……光っていた。


「パパー、これって留守電?」


 覚えたら、口に出したいお年頃。小さな成長にほっこりするのも、たった一言で消える。『君を忘れている時間が長くなった』


「ほんとしつこいな……」

「女の子? 男の子?」

「声は高いから、女の子かなー」

「なんて言ってたのー?」

「君を忘れている時間が長くなった、って」

「なにそれー、へんなのー」

「変?」

「いっつも掛けてきてたら、忘れてないよね」


 娘の一言に、腕から背中にかけて寒気が走る。


 再び電話のボタンは光り、スマートフォンから着信が。


 一向に、切れる気配はない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『君を忘れている時間が長くなった』 糸花てと @te4-3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ