邪宗門秘曲

秋田 朗

第1話 邪宗門秘曲

われは思ふ、末世(まつせ)の邪宗(じゃしゅう)、切支丹(きりしたん)でうすの魔法。

黒船(くろふね)の加比(かひ)丹(たん)を、

紅毛(こうもう)の不可思議(ふかしぎ)国(こく)を、

色赤きびいどろを、匂(にほひ)鋭(と)きあんじやべいいる、

南蛮(なんばん)の桟留(さんとめ)縞(じま)を、はた、阿(あ)刺(ら)吉(き)・珍(ちん)酡(た)の酒を。


目見(まみ)青きドミニカびとは陀羅尼(だらに)誦(ず)し夢にも語る、

禁制の宗門(しゅうもん)神(しん)を、あるはまた、血に染む聖磔(くるす)、

芥子粒(けしつぶ)を林檎(りんご)のごとく見すといふ欺罔(けれん)の器(うつは)、

波(は)羅(ら)葦(い)僧(そ)の空をも覗(のぞ)く伸び縮む奇(き)なる眼(め)鏡(がね)を。


屋(いへ)はまた石もて造り、大理石(なめいし)の白き血潮(ちしほ)は、

ぎやまんの壷(つぼ)に盛られて夜(よ)となれば火(ひ)点(とも)るといふ。

かの美(は)しき越歴機(えれき)の夢は天鵝絨(びろうど)の薫(くゆり)にまじり、

珍(めづ)らなる月の世界の鳥獣(とりけもの)映像(うつ)すと聞けり。


あるは聞く、化粧(けはひ)の料(しろ)は毒草(どくそう)の花よりしぼり、

腐れたる石の油に画(ゑが)くてふ麻利(まり)耶(や)の像よ、

はた、羅甸(らてん)、波(ぼ)爾(る)杜(と)瓦(が)爾(る)らの横つづり青なる仮名(かな)は

美くしき、さいへ悲しき歓楽の音(ね)にかも満つる。


いざさらばわれらに賜(たま)へ、幻惑の伴天連(ばてれん)尊者(そんじゃ)、

百年(ももとせ)を刹那(せつな)に縮め、血の磔脊(はりきせ)にし死すとも

惜(を)しからじ、願ふは極秘、かの奇(く)しき紅(くれなゐ)の夢、

善(ぜん)主(す)麿(まろ)、今日を祈(いのり)に身も霊(たま)も薫(くゆ)りこがるる。


                    北原白秋 第一詩集「邪宗門」より

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