第2話 ジャンキー


ジャンキー







降り出した雨が頬を伝った。




つかの間の休暇が終わろうとしていた。



トラックの荷台に道具を全てしまえば上からシートを被せて、後はロープで固定するだけだ。





『あ、ダリ。マシュマロ焼くの忘れた。』



『マシュマロ?ビアンカに貰え。』




俺とダリはいつまでも笑いながら冗談を言い合っていた。




いつもと変わらない山。


いつもと変わらない相棒。


いつもと変わらない休暇。







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ジリリリリリ〜〜〜






セットした覚えのない時計のアラームが鳴り響いていた。





「っるさい……。ねぇ……ねぇってば!起きてよ!」




知らない女がブラをつけながら俺を睨みつけていた。



生憎、俺の聞こえる方の耳は枕に埋もれていて女が何を言ってるのかさっぱりわからない。




「ねぇ、アレある??」



女は人差し指で鼻腔を擦りながらソファへと腰かけた。


俺は起き上がって時計のアラームを止めればマットレスの下からアレを取り出し女に差し出して、



「ラッキー。」



で、誰だこいつ。

まぁ……いつものことか。




「……ァァ。生き返った〜。あんたもいる?」




筒状になったお札を女から取り上げれば隣に座って、短く並べられた白のラインを勢いよく鼻奥へと吸い込む。もちろん、上物。

女は俺の鼻先についたアレを舌で舐めてくれば膝上へと跨ってきた。




「…どけよ。」



「痛っ……!…へぇ、そんなにダリが好きなんだ?」



ソファへと押し戻された女はつまらなそうに呟き続けて、



「まさかアンタがゲイだなんてね?まぁいいわよ、昨夜は良かったから。でもさぁ……あんたの寝言。ダリ、ダリ叫ぶのどうにかならないの?」



俺は二本目の白いラインを剃刀で整えているところだった。

女が横から何かを投げてくれば綺麗に並べられたラインは四方八方に散らばってしまった。




「ダリって、この彼でしょ?赤毛で超キュート。ねぇねぇ、次は三人でどう?」





目の前に置かれたのは、入隊が決まって朝まで祝った日に撮った証明写真。

酷く酔っ払いながら撮った一枚。






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『ほら、ダリ』


『ん?』


『ほら、ほら早くしろよ。』


『オマ……はぁ??!!』





カップルお決まりのチュー。冗談だよ。

なのにダリの頬は赤髪より赤かった。

いや、全部酒のせいだ。








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「……てけ」


「え、何?なんて?」


女の腕を掴み強引に立ち上がらせれば扉を開けて


「帰れ。」



そう冷たく女にいい放てば、自分のトラックに乗りエンジンを掛けて急発進をした。


女が中指を立てて何か言ってるが、俺は怒ってるんじゃない。


ただ酒が必要なだけだ。




いつものバーへと逃げ込めば、少し脈が早く波打っているのが分かった。心臓が痛い。



「……おい、大丈夫か?」


「ウォッカ」



店主は心配そうに眉の間に皺を寄せていた。

ボトルを取り出してグラスに注ぎ、



「おい、なんかあったのか?」


「もう一杯…くれ」




あっという間に飲み干せば額にびっしりついた汗を拭った。

息をする度に鼓動は高鳴り全身から汗が吹き出してくるのが分かった。


そうだ、あの日もひどく暑かった。





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『よし、四号車行っていいぞ。』




子供達を乗せた最後のトラックが発車した。


俺達の今回の任務は、弾圧に成功し無法地帯となった場所から子供達を救出する事だ。


民兵組織によって犠牲となった子供たちは『使い捨ての道具』として働かされていたのだ。




『しっかし……ひでぇな。』



子供たちはほぼ半裸で肋骨は浮き出ていた。救出した全員が酷い栄養失調だとすぐに分かった。

同時に多くの子供たちの遺体も発見した。



俺は辺りを見渡す、暑さで蜃気楼が見えると建物の奥から一人の子供が歩いてくるのが見えた。



その子供はこの暑さだというのにダウンを着ていて……



いや、

あれはダウンじゃない。




『全員配置につけ!!』




ダリの声が安心しきっていた隊の全員の神経を尖らせた。



子供たちと一緒に部隊の半分は撤退してしまった。

ダリは数人しかいない隊員に合図を送り、俺はいつものように建物の裏へと回る。




子供との距離は二十メートル。

スコープから様子を伺う。



『……たす、たすけて……!』



細い足からは不釣り合いに大きく膨らんだ上半身、それがなんなのか俺を含め全員が状況を把握していた。




いつ自爆してもおかしくない。




俺の指は微かに震えていたが、泣き叫ぶ子供の頭部に照準をしっかりと合わせていた。




頼む……撃たせるな……。



俺がこんなことを願ったのは初めてだった。






『もう、大丈夫だ。』





耳を疑った。

無線から聞こえたのはダリの声だ。

ダリは子供のすぐ目の前にいた。





『こ、こわい……こわい……ママ……パパ……!!』



子供はダリに駆け寄った。





『撃つな!』





それと同時に声を荒らげたダリ。






俺の射撃は百発百中だ。


爆弾を抱えた子供がダリに抱きつくと俺はスコープから目を逸らした。





『クソっ……!!』




『おい、聞け……いいか、子供を救うことだ。忘れたのか。』




『状況が違うだろ!クソっ!ダリ離れろ!』




『配線コードが建物へと延びてるのを確認した。捜索開始、突入しろ。』




ダリは隊員に指示を出すと子供を優しく抱きしめているのがスコープ越しから見えた。

俺は苛立っていた。




『もう大丈夫だ。おじさんが両親の所へ連れてってあげるからな。君の名前は?』



『……な…ななみ』




俺はこのクソみてぇな状況に汗と震えが止まらなくなっていた。


建物は全て確認したはずだ、一体何処に……とにかく、この状況は最悪だ。


何者かが子供に爆弾を携行させてリモートしてやがる。




『……そうか、君は女の子か。ビアンカと一緒だ。ビアンカは君よりまだ少し小さいが、きっといい友達になる。』





解決方法は二つ。




ダリを避難させるか。

建物の中にいる何者かを始末するかだ。





俺の緊張はピークに達していた。





どうして安易にその子に近づいたんだよ…。




聞かなくても分かった。


ダリは少女に寄り添って彼女の魂を救いたかった。


違う……


あいつは……



ふざけんな!!


やっぱりお前にこの仕事は向いてない、ダリ。

黙ってピアノの先生でもやってたら良かったんだ。





ダリがこっちを向いた。


目が合えば、俺はゴクリと喉奥を鳴らした。

こんな状況でダリは俺に微笑んでいた。



ああ、だよな。

分かったよ、ダリ。


お前は俺に少女を撃たせたくないんだよな。



狂ってる。こんなのクソ喰らえだ。






その時だ。






ドガーーーーーーン!!!!!!






凄まじい音と同時に俺の体は吹き飛び、一瞬にして視界は黒く染った。





『……っ。』





左顔半分に凄まじい痛みを感じた。

いや身体中に何かが刺さっている……


やっとの思いで立ち上がれば壁に寄りかかり必死で前へと足を動かした。



視界はボヤけ耳の奥では高音が鳴り続けている。

左の耳からドロっと何かが溢れて出れば耐えられず俺は膝から崩れ落ちた。




『クソ……』




腹這いになりながら右腕と両足を使ってなんとか必死になって前へと進んだ。


爆風による砂埃が喉の奥に張り付いて咳が止まらない。






やっとの思いで、ダリと少女がいたらしき場所まで辿り着いた。






少女はいなかった。




しかし隣でダリが横たわっている。





俺はダリの足に手を伸ばして、体の上へとに這い登った。







俺はダリの赤毛が好きだ。



ダリの右目の下にある小さなホクロも好きだ。



ダリの丸まった髭先も大好きなんだ。






『‥‥‥ダリ…』






だけど無かった。






『……ヤだ…、イヤだ……そんな……』






探してもどこにも無かったんだ。






ダリの頭は無かった。








俺はダリと少女の血の海で溺れた。







ダリのボロボロの体を抱きしめて血まみれの海の中で俺も一緒に死んだ。







俺も一緒にあの時、死んだんだ。











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「あの‥あの‥だいじょうぶ‥ですか?」







僕は目の前で大の字で倒れて道を塞ぐ人物に恐る恐る話しかけた。


死んでるのかもしれない。




「おい、お嬢ちゃん。こいつはただのジャンキーだ。ほっとけ」


「‥へ?‥あ、いやでもあの‥救急車呼んでください?」





あ、お嬢ちゃんを否定するのを忘れた。

それより救急車だ。


バーの店主はビール瓶を運びながら可笑しそうに僕を笑っていた。




「そりゃ困る。まだ金をもらってねぇからな。」



「‥いくらですか?」




この人を見過ごすわけにはいかなかった。


だって涙をながしてたから。


僕は酔っ払いを知らないし、ジャンキーを知らない。


でもこんなに苦しそうにしてるのをほっとけなかった。





僕は店主に彼の会計を済ませると店主は店に鍵を掛け足早に車へと乗り込んでしまった。




「あの、救急車呼んでください!」


「ははは。そのうち起きるだろ」


「え、いや、あの……!」




車は道路に出れば角を曲がって消えていった。



ウソだろ……。

この町の人間はこんなに冷たいだなんて……

僕は急に帰りたくなっていた。





「ヘーーイ」



「ぎゃあっ!!!!」



声に驚き振り返ればさっきまで倒れていた男は仁王立ちしながら不敵に笑みを浮かべていた。



「……あれ?あの……」



「くそ……昨日のあの女……財布抜きやがったな。」



「いや、僕じゃないです!」



「知ってる。」




男は胸ポケットから煙草を取り出しながからウィンクをして、火を付ければ煙が宙を舞った。


このジャンキー……

まさか、お金払えなくて……

死んだフリしてたんじゃ……。



「あ……ああ!……バス……!バスが!」



目線の先に乗るはずだったバスが通り過ぎて行くのが分かれば僕は頭を抱えた。




「はは。送ってやるよ。貸しがあるしな。」



「‥え、いや。」



「その前に、ちょっと腹が減っちまったわ。」




ジャンキーは僕の首に腕をまわしてきて、あとで金は返すからと付け足した。



でも、さっき財布を盗まれたとかなんとか言ってたよね……。



僕はこの酒臭いジャンキーにまんまと騙されてしまった。


それで僕は唯一のバスを逃してしまったわけで、彼に送ってもらうしかなかった。


だってタクシー代と同じくらいの金額をさっき店主に渡してしまったしね……。




ちなみにジャンキーの返すと言う言葉は信用していない。

とにかく送ってもらうしかないみたいだ。


僕は深くため息をついた。



「ああ?なんだよ?元気出せ!出会いに乾杯しようぜ!なっ?」



「いや、僕はお酒は飲んだことないです。あの、飲酒運転は違法ですし。」



「お前……童貞だろ?ま、いいや。ビール、ビール。」



「え??それ関係ないですし、聞いてます?!」



ケラケラ笑うジャンキーの声は子供の時に会った業界の大人のように大きくて僕はげんなりと肩を落とした。




でも……


あの涙は本当だったと思うんだけどなぁ。







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雨が強くなってきた。

ロープを結び終われば急いで車内へと乗り込んだ。




『……なぁ。』


『ん?』



俺はハットをダッシュボードに投げてダリの言葉を待った。


ダリは暫く黙ってハンドルに両手を置くと何か言いたそうに俺を見た。



『なんだよ?』


『次……』


『?』


『次の休暇の日に、ビアンカに俺のピアノをプレゼントしたいんだ。』


『え?お前の?』


『そう。』



ダリは軍人だけど、軍の任務と同じぐらいにピアノを愛していた。

それと俺の娘のビアンカのことも。




『いや、いいよ。形見だろ。』


『俺はもう弾く暇がないし、ビアンカにも教えてあげたいんだよ。』



ハンドルを握ったダリの手に力が入っているのに気がついて俺はようやくわかったと頷いた。



『それと……あ、いや、なんでもない。』


『なんなんだよ。お前、変だぞ。』



ダリの髪を横からクシャっと掻き上げるとその頬はほんのり赤みを帯びていた。


俺は一緒に証明写真を撮った日を思い出した。


慌ててエンジンを掛けるダリ。

ワイパーは勢いよく動き出した。



『ありがとうな。』


『どういたしまして。』



この日の雨は心地よかった。


気まずさも雨の音でかき消されたから。




俺たちは長く一緒に居すぎたんだ。


あの日、お互いそう感じていた。




あの言葉を言ったら全て終わるのも知っていた。



だからダリも言わなかった。


そして俺も言わなかった。





でも、それは間違ってた。





なぁ、ビアンカ。



俺は自分勝手で最低な父親だ。


それでもビアンカ、お前に伝えたい。



お前の晴れ舞台の日に……


まだ俺が息をしているうちに。






























to be continued...

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Sogno di Volare @rainyckyday

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