Sogno di Volare

@rainyckyday

第1話 ペトロ

ペトロ








みんな知ってる。



レオナルド・ダ・ヴィンチは絵画、彫刻、演出、建築、解剖、軍事、土木などあらゆる分野で活躍し「ルネサンス型万能人」で天才。

ほら、モナ・リザと最後の晩餐の絵画とか。


うん、みんな知ってる。



だけど、そんな彼でも果たせなかった夢がある。


それは、空を飛ぶこと。


人間は誰しもが何かを成し遂げて死ねるわけじゃない。


僕には友達も恋人も夢もない。


別にいつ死んだってそんなこと大したことじゃない。


だけど、今日は死ぬ日じゃないっていうのは確かだ。



恋の歌のように甘く香る花。

妖精達の住処のように色鮮やかな庭園。


その先に金色の長い髪を一つに束ねて、男か女かも分からない長く白い腕を大きく振りかざし、水やりをしているその表情はさっきまで死んでもいいと嘆いていた人物とは思えないほど輝いていた。



「おー、坊主!もう行くのか?」


「あ、おじさん!」



人懐っこい笑みに上下白のタンクトップとモモヒキはお馴染みのスタイル。

隣人のハモンドおじさんだ。




「そろそろ行くよ。後はよろしくお願いします。」


「おお、まかしとけぇ、気をつけて行ってこいよう!」




親指を突き上げて、首に掛かったロザリオと同じぐらい光を放ったハモンドおじさんの金歯は僕をちょっと不安にさせた。


だけど、おじさんが可愛がっている猫四匹と犬二匹を見たら大丈夫だってわかる。


だから僕はこの花たちの面倒もおじさんに頼んだんだ。


ハモンドおじさんは優しくて面倒見がいい。




僕がヴァイオリンを投げて壊したあの日。


祖母から聞き付けたのか、僕の自転車のカゴに業務用接着剤10本を入れて立ち去って行ったハモンドおじさん。

丁度、二階から見えたんだ。


もちろん、接着剤なんかじゃヴァイオリンは治らないし使い道だってまだ見つかっていない。


おじさんは今日までそのことについて何も話さなかった。

僕もまだありがとうを言えてない。




「フランチェシカー!!!!」



突然、青空に鳴り響く声、祖母だ。






フランチェシカは僕の双子の妹の名前。



「フランチェシカ…こっちにおいで。」



小さな子をあやすような口調で手招きをする祖母。

まだフラチェシカがここに居た頃みたいに。

僕は跪いて、優しく両手を握った。




「いいかい。この鍵を必ずハニーに渡すのよ。あの子には必要な鍵なの。必ずよ?それで聖堂に古くからいる人間に尋ねればいいと伝えて。必ず、必ずお願いよ。」



「うん。わかった、必ずだね。」



何回目だろう。

この話を聞くのは。


それから、ハニーっていうのは僕のこと。

祖母の中では僕とフランチェシカが逆なのかな。

認知症が深刻になってきた祖母。

この鍵だって家のどこかの使ってない鍵かもしれない。

だけど僕は渡された鍵を黙って首にかけた。




«チリリリリン»



インターフォンが鳴って施設の人が祖母を迎えに来た。

僕が大聖堂から帰ってくるまでの間、祖母を預かってもらう介護施設はこの辺じゃ一番大きくて評判もいい。



「フランチェシカ、お願いね。」



最後まで祖母はそう言って、僕は愛してるよ、と手を振って見送った。



僕が目指す場所は大都市フォルティア。

ここから約4000km離れた場所にあるフォルティア大聖堂だ。


交通機関を使って行くんだけど……。

僕はこの小さな町から出たことがない。

本当は1ミリも動きたくない。


だけど、どうしても行く必要があるんだ。




視線を落とし、壊れたヴァイオリンと束になった便箋を見つめる。


幼い頃にフランチェシカとヴァイオリンを弾きながら何本もTVに出演した。


双子の天才ヴァイオリニストとして一世を風靡していたらしいけど、大手レーベルからのオファーは両親が嫌がって全て蹴った。


それと同時に体調が悪くなったフランチェシカ。


病名は白血病。


僕達は表舞台から消えて両親はフランチェシカの治療のためにフォルティアに引っ越した。



僕が大好きなヴァイオリンを壊した理由?

あまり話したくない。

本当に馬鹿げてるし、ヴァイオリンを教えてくれた祖母も酷く悲しんでたし、しばらく口も聞いてくれなかった。



あれからずっと弾いていない。


弾くのが怖いんだ。


僕が弾くたびにフランチェシカの容態を悪くしているような気がする。



僕達はずっと手紙のやりとりをしていた、ある日から写真だけになってしまったけど。

きっと文字も書けないくらいに闘病生活は辛かったんだと思う。



そんな毎日のある日だった。




「もしもし?お母さん??」



「ハニー元気にしてる?あのね、フランチェシカの容態が良くなって外出の許可が降りたの。ミサの日よ!会いに来てくれるわよね?」


「本当に???うん!必ず行くよ!」


「良かった。それじゃ詳しいことはまた後でね。」




神様は僕達を見捨てなかった。

僕はそう確信した。




「さて、と。」




ありったけの現金をリュックに詰め込んで玄関の扉を開けた。



太陽光と水をいっぱいに浴びた花たちは今日一番に咲き誇っていた。



「いってきます。」













To be continued...

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