第45話〜伽藍堂な暗殺者
トモは街で一番高い塔の上にいた。
全てを見渡すことができる場所。
これは暗殺者としてではなく、トモ個人としての好みかもしれない。
トモは人波に紛れている時、時折自分自身すらも見失ってしまいそうになることがあった。
だから1人、空に一番高い場所にいる時、その時だけは自分という存在を認識することができる気がするのだ。
同時に木の洞のように空虚な己の内側を自覚してしまう瞬間でもある。
帝国への復讐心。
実の所そんなものはない。
激しい怒りの感情。
それが自身の中にあるのかすら疑わしい。
いや、感情そのものはある。
自覚している。
けれどそれが本当に自分のものなのか実感できない。
この感情は、衝動は、本当にトモのものなのだろうか。
身体も頭の中すらも滅茶苦茶に改造された自分は本当に¨トモ¨なのか。
「…………。」
結局は状況に流されているだけなのかもしれない。
両親の元から奪われ、人として存在ごと作り変えられた、空っぽの暗殺人形。
最近はあの小さかったユキが人の姿になり、昔のように体温を感じられるほど身近にいることが少なくなった。
そのせいか昔のように冷たく空っぽな自分に戻りつつある気がするのだ。
衝動、いや、それは意志だ。
強い意志に突き動かされ、各国を旅し、理不尽に絶望した者や運命に翻弄される者たちを助けて行った。
伽藍堂の身体に宿った一つの意志に惹かれた者たちがトモの下に集まって来た時はどうすればいいのか分からなかった。
だからトモの役に立ちたいと願ったユキに彼らを任せた。
トモは逃げたのだ。
すでに夜の帳は降り、街は一部の裕福な者たちを除けば静まり返っている。
人の多くは日の出と共に活動を始め、日の入りと共に眠りにつく。
最近は便利な魔道具の開発などによって夜でも活動を続ける街、国が増えてきた。
しかし依然として夜になれば大概の人は眠る。
中には二度と目覚めることのない者もいる。
今夜もまた暗躍する者たちが目を覚ました。
トモは今夜も眠らない。
伽藍堂で空っぽな心に僅かに残る人の心。
自分では何をしたらいいのか分からない、子供のままの心。
ふと前髪が風に吹かれて視界を散らついた。
無色の糸のような、色のない髪。
艶めき輝くようなユキの白銀の髪とは似ても似つかない。
けれど、いつか『おそろい、です』とはにかんで言った彼女の笑顔がトモの脳裏に浮かんだ。
そしてなぜか知らないが、トモと共に歩みたいと望んで集まった人々の顔も。
どこか放っておけなかった彼らの存在。
トモの中で、何故か心臓が高鳴った。
自身のために何も出来ないのなら、彼らのためならば…
トモは無意識に心臓の位置に置いていた手を握った。
そして一歩踏み出し…
夜の闇の中に溶け込んでいった。
第二部 完
無言の殺し屋と無口な少女 第二部 砂上楼閣 @sagamirokaku
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