真正面から問いをぶつけてくる姿勢の力強さ

 いろいろどん詰まりの苦しい人生を送る少年が、白昼堂々通り魔事件を起こしてしまうお話。
 現代ドラマ、それも相当に直接的なお話です。ある種の社会問題というか、この世の中の抱える重たい何かのようなものを、かなりストレートに叩きつけてくる物語。物語世界そのものは私たちの生きる現実となんら変わりがなく、また事件そのものも普通に起こり得る範囲のものであるため、例えば共感にせよ反撥にせよ、感想が我がことのように身近な感覚になるのが特徴的でした。テーマ性の部分にこっちを引き摺り込んでくる強さ。『読者』という安全な観覧席から、無理矢理リングの上に引っ張り出してくれる物語。
 完全に主観のみで書かれているところが好きです。半ば主人公の言い分だけを聞いているような状態になるため、読んでいるとどうしても気持ちが反撥に傾いてしまう。もちろん起こした事件の凶悪さや、その動機の不明瞭さや身勝手さというのもあるのですけど。ですが、そもそもこの物語で描かれているのは、市井の人々の多くが抱くであろうその反感の、その中にどうしても含まれる〝切断操作〟——逸脱した人間を非人間化することで己を守る行為そのものなわけです。この辺りはもう本当にこれでもかってくらいに何度も書かれていて、例えばプロローグもそうですしまた終盤手前にもそんな一幕があって、なによりタイトルにすら含まれる『殺人者A』という、この呼び名そのものが切断操作の賜物なわけです。
 この辺なかなか容赦がないというか、なにしろどっちの側についても納得できないものが残る。反撥なら保身のために主人公を切り捨てた有象無象と同じになるし、といって主人公に肩入れするのも、それはそれで身勝手な八つ当たりを正当化することになってしまう。この主題の部分から絶対に逃してくれない感じ、なんとしてもこちらに考えさせにくる姿勢の強さと真っ直ぐさが鮮烈でした。
 また、主観のみを通じて書かれることでもう一点、それとは別の部分も好きというか、ある種の叙述トリック的な読み方ができるところも楽しいです。いわゆる〝信用できない語り手〟のようなものというか、実際この主人公は精神に不安定なところもあるようで、それゆえに生じる細かな感情の揺らぎ。例えばふと思いついて行動を翻す(もともとの予定を急にやめて凶行を決意する)ところや、自分でも全くわからないうちに凶器を所持しているところ。さらには別に取り繕う必要のない場面で、内心に「うるさい」と思いながらでも口では謝罪するなど、節々に見え隠れする支離滅裂さ。どうにも心許なく揺らぎつづける〝自己〟の、その最後に行き着く先。
 結局、彼の望んだものは何だったのか? 答えの出ない問いのようなものまで考えさせてくる、強くて真っ直ぐな主題を感じる作品でした。

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