第2話 緑色、テント、見えない関係

(外暑過ぎない?)

通知をよこしたスマートフォンを見ると、「るい」が何か言っているようだった。緑色のアイコンのメッセージアプリ。連絡先を交換したのは、1年半ほど前だった。

なんとなく始めたSNSで、なんとなく仲良くなって。好きなアイドルが同じだったからか、すぐに話が弾んで打ち解けた。去年の3月、高校の入学式のことを呟いていたのを見て、「るい」は私と同い年なのだと知った。それから少し経った4月半ば、なんとなくQRコードを送り合ったのだった。


(今日体育祭でさー)

(午前は我慢したけど午後は無理)

(りかは?今日なんかないの?)

「るい」からの通知は続く。メッセージアプリの表示名は、「しいな」。本名なのだろうな、と思う。それでもわたしたちは、ハンドルネームで呼び合っている。わたしたちのあいだでは、彼女は「るい」で、わたしは「りか」なのだ。

(うちの学校も体育祭)

(しかもさっき転んだ)

救護テントに向かう傍ら、片手で返事をする。

(テント遠いよ〜)

綱引きで擦りむいた膝。歩くたび、少しだけ痛む。

(うわ、かわいそ)

(私も今保健室のテントいる!)

何ともないけど日陰で涼しいんだもん、保健委員の友達にゴネたら入れてくれたんだ、なんて、画面の向こうで「るい」が笑っている。


テントに近づくと、そこは随分混み合っているようだった。群がっている色とりどりのハチマキを見て、当然か、と思う。中学校の倍くらいの生徒数だから、入学当時は驚いたものだった。きっと、一度も会わない人も大勢いるんだろうな、と思ったのを覚えている。

綱引きの次は、3年生の騎馬戦だったらしい。怪我人が続出しているのはそのせいか。もう少し早く歩いてくればよかった、と胸の中でつぶやきながら、テントの中に足を踏み入れた。


「ちょっとしーちゃんさあ!」

バタバタと走り回る保健委員の声を、ふと拾った。視線の先を見やると女の子がいて、ゆるく巻いた髪の毛を気怠そうに束ねていた。

「こっち手伝ってくんない?」

「えー?だるい」

スマホばっか見て暇なんじゃん、入れてやったんだから働け!保健委員は、しーちゃんと呼ばれたその子を容赦なくどついている。


咄嗟に、私はテントから出た。

「るい」だ、と直感的に思った。透明なスマホケースに挟まっていた、あのアイドルの写真。わたしも大好きな人だから、遠目からでもすぐわかった。

しーちゃん。保健委員はそう呼んでいた。話しかける気にはなれなかった。「るい」と「りか」が壊れてしまう気がしたから。保健委員の入って来られない「るい」と「りか」だけの世界を、わたしはまだ楽しんでいたかったから。だから、姿の見えない関係のままでいたかった。


(呼ばれちゃった)

(あとでね!)

届いていたメッセージは3分前のものだった。すぐに既読をつける気には、なれなかった。「りか」は今、テントで手当てを受けているから。スマホの画面を伏せて、水道のふちに置く。蛇口をひねると、傷口で固まりかけていた血がじんわり薄まって、マーブル模様を描きながら排水口に流れていった。

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作文練習 りぜ @carameliser

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