見えてた人

蔵井部遥

友人の話

 僕自身はホラーは好きだけどそういうのは見えないし、「見た」って訳じゃないんですけど。



 大学時代に忘れられない友人がいました。あだ名は「坊ちゃん」。


 本名は「土方」なんですけど、余りにも字が汚く、大学一年の時の自己紹介で書いた苗字が「坊」に見えたためあだ名が坊ちゃんに。あと、どうも寺の跡継ぎらしいなんて話もまことしやかに流れていました。



 坊ちゃんのどこが忘れられないかっていうと、コイツ、いわゆる「見える人」だったんですね。


 僕と坊ちゃんも工学部の同級生でして、僕自身はいわゆる「怖い話」は読み物としては好きですけど、理屈で考えると、


「そんなもんおるわけないわな」


 と思ってしまうタイプの人間。坊ちゃん自身もそんなことを自分からアピールする人間ではなく、僕のそういう「胡散臭い物は好きだけど信じない」性格を見抜いており、自分からは言いませんでした。もちろん自分から僕以外の周りの人間にアピールする事も無かったので、殆どの同級生は彼が「見える」ことを知らないままだったと思います。


 なんで僕が坊ちゃんのちょっと変わった特技を知ることになったかって言うと、例の須磨の事件がきっかけ。



 当時、彼は僕の実家からすぐ近くの大学の寮に住んでおりまして(奈良のド田舎出身)、しょっちゅう同級生何人かで寮の彼の部屋で飲んでいました。そんな時、安い焼酎とビールで皆がへべれけになっている中で、つけっぱなしのテレビから例の神戸児童殺傷事件の続報が流れてきました。


 僕はお酒が飲めないので、はっきりした意識で自分の故郷で起こった事件の報道をぼーっと眺めていたんですが、酩酊して呂律の回らない口調で坊ちゃんが、


「これ、犯人は中学生やで。もうすぐ捕まると思うわー。」


 と寝言みたいに呟きました。僕は


「訳分からん寝言を言うなやー、酔っ払いww」


 なんて茶化してたんですが。


 5日後、彼の言うように中学生が逮捕されました。



 その時の友人達は潰れていたんで誰も坊ちゃんの発言を覚えてなかったようなんですが、唯一飲んでなかった僕だけが覚えておりまして、後日坊ちゃんに、


「坊ちゃん、こないだ飲んだ時な、犯人が中学生やいうのと、もうすぐ捕まるってのいきなり言い出だしたやん?何で分かったん?」


 と聞くと、すごくバツの悪そうな顔をして、


「お前、覚えてたんか…。俺も酔うて気が緩んでたからな、思わず言うてもた。まあ、忘れてくれ。」


「そうは言うても気になるやんか。何で分かったんよ?」


「あー…。誰にも言わんといてくれよ。俺なあ、変なモンが『見え』んねん。見たないけどな。」


 何だかそれ以上聞いたらいけないような気がしたんで、実際に何がどんな風に見えたのかは聞けずじまいでしたが。少なくとも坊ちゃん自身は自分が人には見えない何かが見えることを嫌がってるのがはっきり分かったんで。



 ひょんな事から坊ちゃんの風変わりな特技(?)を知ることにはなったんですが、基本的に学校行って、バイトして、合コン行って、一人暮らしもしくは寮暮らしの誰かの家でグダグダ飲んでるだけ、みたいな典型的な勉強しない大学生の集まりの僕らの日常の中では、僕も彼の特技を特段気にすることなく過ごしていました。


 たまに意識するとしたら、大学3年ぐらいになって車を買った同級生と夜中のドライブに出かける時に、いわゆる心霊スポットみたいなのが目的地に入ってた時ぐらい。こういう時は僕だけは密かに坊ちゃんの反応を見てました。


 神戸の近くの有名どころだと、西宮の『夫婦岩』と『ユネスコ病院の廃墟』ですかね。


『夫婦岩』ってのは道のど真ん中に超不自然な形で馬鹿でかい岩が残されているという、誰が見てもいわくがあるだろうと思われる場所です。


 ここに行こうかという話になった時の坊ちゃんの反応を見るといたって平静。なので僕も安心してて。後でこっそり聞いたところ、


「少なくとも俺にはなんも見えへんな。」


 とのこと。


 あと、ユネスコ病院に関しては、


「ただの廃墟。多分、病院だったってのもガセ。」


 だそうで。ネットを検索してもやっぱりガセが広まった経緯が書かれていて、これまた坊ちゃんが言ってたことが当たっているようで。



 そんな深夜のバカドライブの中で坊ちゃんが嫌がったのが川西の一庫ダム。昔はバスフィッシングに行ったりした場所だったんですが…。


「超高校級のバケモンがおるから絶対に止めとけ。」


 だそうです。どうやら目が合っただけで喧嘩をふっかけてくる『特攻の拓』の武丸みたいなのがいたらしく。



 そんなこんなで僕と坊ちゃんはちょっとした秘密を共有しながら大学生活を過ごしていました。そんな中で印象に残っているエピソードを二つほど。


 坊ちゃんは風俗がメチャメチャ嫌いで、そこらへんも僕とウマが合う理由のひとつでした。僕は消えるものに使うのはお金がもったいないってのと何だかお金で人を買ってる感じがするのが嫌ってのが理由でした。

 しかし、坊ちゃんの場合は風俗のみならずAVやエロ本の類も大嫌いで、バカが総出で部屋を荒らしてもその手のアダルトなメディアは一切見つからず。


 ある時、バカの家で見つけたAVを皆でワイワイ見る、なんて中学生みたいな事をしてたんですよ。で、ふと坊ちゃんが気になって見てみると、そっと気配を消して部屋を出て行くところでした。余りのエロ嫌いぷりに変な好奇心が湧いた僕もタバコを吸うふりをして部屋を出ました。部屋の外にはボーっとタバコを吸って所在なさげな坊ちゃん。


「こんなところで何してるん?」


「おう、吉田(仮名)か。終わるまで時間潰そう思って。」


「坊ちゃんて、ホンマにエロが嫌いよな。」


「まーな。」


 僕としては友達が何かが「見える」なんて事よりも、ガチホモ疑惑の方が気になるとこ。可愛い系が好きな奴もいるし綺麗系が好きな奴もおるんだから、男が好きってのも趣味の違いだろ、ぐらいにしか考えてない僕は純粋な好奇心で聞いてみました。


「坊ちゃんて女に興味ないん?」

「突然何を言うねん。最近まで彼女おったっちゅうねん!」

「でも彼女おらんくてもエロに興味ないやん?」

「あー、それな。AVとか風俗って、やっぱなんか傷を負ってる人とか辛い思いをしてやってる人が多い訳よ。」

「うんうん。」

「ま、悩みぐらいやったらえーねんけど、実際は騙されたり、追い込みかけられてやらされたりで精神が壊れるてる人とか、下手すりゃ自殺してる人も結構おるんやろな。関係者もどっかで人を傷つけてる人が多いし。で、やっぱりそういう闇を抱えてる人が集まるとロクなもんが寄ってこんのよ。」


「へー。やっぱ見えるの?」

「全部が全部やないけど、たいがい何かしらおるわ。明らかにAVギャルやったんやろなって女が、ヤッてるとこを天井から見てるとかな。男を恨んでるとか関係者恨んでる奴の生霊とかもたまに。」


「そらきっついなー。」

「裸がいっぱい出てくる『リング』見てるみたいなもんやからなw」

「やっぱり、風俗も?」

「あっちの方がよりキツいわ。AVはまだスカウトされてとかやから闇が薄い部分もあるけど、風俗はヤーサン絡みとかもあるから瘴気が濃いな。」

「やっぱ見たことあるん?」

「見たら目ぇ潰れるんちゃうかいうようなんもたまにおるで。店の前でずーっと入ってくる客見てる奴とかな。見た目はカツアイ。」

「坊っちゃんは風俗は行ったことはないん?」

「高校の先輩に連れてかれて難波に行ったことあるけど、入った瞬間に部屋の隅っこで体操座りしてる奴と目がおうたわw 嬢に悪いから言われへんし、ひたすら見ないようにしてたけどさすがに無理やったな。あの店で働いてた奴なんかなー。」

「その辺はわからへんの?」

「関わると面倒やから心を閉ざして聞かないようにしてんねん。俺も商売でやってるんちゃうから、いらんこと頼まれたないし。」


 坊ちゃんから聞いた限り「見える」ってのも結構厄介なようでした。いわく、


「絶対音感がある人は微妙な音のズレを聞いてイライラしてまうらしいけど、多分そんな感じちゃうかな。気づかんでもええもんに気づいて意識しないようにするのはダルい。」


 とのこと。



 もう一つ印象に残ってるエピソード。


 僕が大学4年の夏に就職活動も一段落して、未だに進路が決まらない坊ちゃんの部屋に遊びに行った時のこと。


 「お、ひさしぶりやなー。銀行に決まったんやって?」

「なんとかな。坊ちゃんはどうすんの?やっぱ院?」

「どうなんかなあ。多分、院に行くけどその先は分からんなー。社会で上手くやってかれへんやろからな、俺。」

「なんやねん、急にw」


 口数は少ないけど友人も多くて結構楽しそうにしてる坊ちゃんが、ふと寂しそうな顔をしたのが印象的でした。


「まあ、院に行ったらどっか推薦で決まるやろ。」

「出てからが問題やな、俺は。そうそう、あのな、吉田。お前、多分一年ぐらいで銀行辞めると思うで。」

「アホなこと言うなよ」

余りにも突拍子が無くて僕は思わず笑ってしまった。

「俺はレールに乗って生きてくのが好きなんやからそんな冒険できんて。なんや、予言か?」

坊っちゃんは寂しそうな皮肉っぽいような複雑な顔をして。

「ただ、なんとなくな。ただのイヤゴトや」



 その後は僕は夏休みを利用してアメリカ横断旅行に行き、坊ちゃんは院試で忙しく、後期になってもお互い卒業研究で忙しいまま何となく疎遠になっていきました。

 その後、僕は一年で銀行を退職し会計士受験を始めるわけです。会計士受験勉強を始めた最初の夏、ふと坊ちゃんの『予言』を思い出して報告をするべく電話をかけてみました。でも繋がらない。


 坊ちゃんと研究室が同じだった奴に連絡を取ると、院に入って半年ぐらいで研究室に寄り付かなくなり、そのまま退学したとのこと。他の同級生に連絡しても誰も行方を知らず、多分実家に帰ったのではというのが友人の見解。そのまま現在まで同級生の誰とも音信不通です。

 寄り付かなくなる少し前からちょっと追い詰められてたような表情をすることが多くなって、院に進学した友達は結構気になってたそうです。誰も彼の抱えてる「ズレ」を知りませんでしたし。僕がもう少しこまめに連絡を取っていたら、なんてことも考えてしまいます。坊ちゃんと過ごした時間は4年ほどでしたが、僕には一生忘れられないであろう友人でした。



 それ以来夏が来ると思うんですよね、あの大学4年の夏、寮の部屋で僕を見た時に坊ちゃんには何が見えていたのかなって。


(了)

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見えてた人 蔵井部遥 @argent_ange1121

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