part.F『エピローグ』



#あれ以来、ナグモちゃんとは会えていない。

 しばらくしてから、たまたま小耳に挟んだ風の噂によると、


 あの〈市〉と高台を繋ぐロープウェイには、ときどき、〈尾城雲ライナーズ〉のユニフォームを着たパンクちっくな少女が現れるらしく、

 で、その少女がなにをするかというと、偶然を装って乗り合わせた相手に、

「あなたって『坂の下の住人』かしら?」

 と、不躾な質問を繰り返しては、自慢めいた、おしつけがましい〈尾城雲インダストリーズ〉の布教活動をしている。

 という都市伝説があるらしく、

 何を隠そう、その少女の正体は、〈市長の娘〉尾城雲なぐも、であるそうな(ほとんど公然の事実)。重症なファザコンがこうじての草の根活動であるのではないか、とまことしやかに囁かれている。おおかた学校で馬鹿にされたのが要因であろう、との見解もある。本人は隠せているつもりらしいけど、バレバレである。まさに愛すべきおばかさんである。

 が、それも最近はめっきり姿を現さなくなったという。



        ◇ ◇ ◇



#夏休みになって、

 わたしは、クラスメイトの谷崎さんに付き添って、市民会館へ向かっていた。なんでも小学生を対象としたサマースクールをやっているらしく、そのボランティアにかりだされたわけだ。

「ごめんね、無理に誘っちゃって」

「いいのいいの、ほかに予定があったわけでもないんだし」

 恩に着るっ、と谷崎さんは、両手をあわせて、さっきから頭をさげっぱなしである。

「よしてよ、そんなたいしたことだなんて思ってないよ」

「そうだ、帰りにさ、私になんかおごらせてよ。そうだな、なにがいいかな、ねえ、――」

 と、ちょうど市民会館に到着したところで、


「おばかさん! おばかさん! おばかさん!」


(およっ?)

 市民会館のなかから、やたら傲慢な聞き憶えのある重低音ボイスがしてきた。

「あんったねえ、小学生が、そんな恩知ラズなナマいってんじゃないわよっ。冷房が故障したぐらいで、ぐだぐだぬかさないの、男の子でしょう? だいたいねー、あんた、この市民会館を寄贈したのが、だれだか知ってるの?」

 わたしは声のする方へ向かう。

 そして、そこにいた〈不良少女パンクガール〉のすみれ色の瞳と目が合う。

「あ……」「あ……」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

緑の坂 塚本かとつ @katotsukamoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ