最終話 幸せへの回帰

「カンパーイ!!」


 勇太の音頭で乾杯をする。

 世界は元通りになり、約束通り皆と焼き肉の食べ放題へとやって来ていた。

 俺たちはお茶を飲み、円だけはコーラを飲んでいる。


 煙がもうもうと立ち上がり、網で焼けていく美味そうな肉と野菜。

 円はピーマンを中心に野菜を次々と食べて行き、勇太と磯さんはとにかく肉を喰う。

 俺はまんべんなく肉と野菜を口にして、由乃は一人焼き肉奉行。

 とにかく世話を焼くのが好きなのか、楽しそうに皆の食べる分を焼いていく。


「お前も食べろよ。俺が代わりに焼くからさ」

「いいえ。楽しいからいいんです」

「ほうらほうら。ほはへもはいへはいへ」

「勇太……食ってから喋れよ。何言ってるか分からないから」


 モグモグ口を動かしながら、勇太は親指を立てる。


 店の中は満員で、人々が楽しく食事している声が響いている。

 なんてことない、当たり前の光景。

 ただ平和で平穏なだけなのに。

 こんなものが、幸せに感じるなんて……

 

 普通に生活していたら忘れてしまうけれど、幸せと言うのは、本当に身近なところにあるものなんだな。

 なのに幸せを探すようなことをしたり、不幸だと嘆いたり……いつもすぐ傍にあるはずなのに。


 それでも俺は堪えきれない寂しさに自虐的な笑みを浮かべる。

 幸せだけど、一番自分が幸せだと感じるものがここにはない。

 矛盾しているのは分かっている。

 幸せだけど、足りないものがあるのだ。


 そしてそれはどうしようもなくて、手に入らないもの。

 だけど俺はここで生きていくしかない。

 当たり前の幸せはいつもある。

 それだけで……十分なんだ。


 俺は食事中も、心の中でずっと矛盾を繰り返していた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


「あー食った食った! マジ美味いよな、あの店」

「おう! 時間制限無けりゃ、まだまだイケるぜ!」

「二人は食いすぎだ。店員さん、結構引いてたぞ」

「引くぐらい食わなきゃ、損じゃねえか!」

「おう! 損するのは嫌だからな!」


 勇太と磯さんは俺に向かって親指を立てて、笑顔を向けてきた。

 俺は呆れるが、とりあえず親指を立て返しておいた。 

 特に意味はないけれど。


「じゃあ帰る」

「ああ。気をつけてな」

「さようなら」


 外はもう真っ暗だ。

 俺たちはそれぞれ帰路へ着く。

 円は逆方向の電車に乗り、俺と勇太と由乃は同じ電車に乗る。

 磯さんはアメリカンタイプのバイクで帰って行った。


 電車の中ではたわいもない話をし、由乃が最寄り駅で降り、勇太も最寄り駅に到着すると笑顔で降りて行く。

 

 俺も降りる駅に到着し、一人寂しい帰り道を歩いた。

 ふと、ステータス画面を開いてみる。


 皆はあの世界の力を使うことができなくなったのだが、俺だけこうして力が残っていた。

 それもオン・オフ機能まで搭載されており、私生活に支障をきたすことはない。

 これはもう一人の俺の配慮であろうか?

 もうあいつに確かめる術もないので確認しようもないが……ま、間違いないだろう。


「ただいま」


 俺の家。

 当たり前の幸せが詰まっている場所に帰宅。

 俺のもう一つの当たり前の幸せを想いながら、靴を脱ぐ。


 いつまでもこんな風に悩んでても仕方がない。

 もう忘れよう。

 俺は俺でこの世界で幸せに生きていかなければならないんだ。


 無いのなら、また探せばいいじゃないか。

 俺なりのもう一つの幸せを。


 そんなのあるわけないのに、そう自分に言い聞かせてリビングへと向かう。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 焼肉屋へ行った翌日、何故か俺は由乃に呼び出しをされていた。

 呼ばれたのは彼女の家。

 そこは古民家で、ブーッと鳴る古いタイプのチャイムを押す。


「いらっしゃい、司くん」

「ああ」


 いつもの彼女の笑顔。

 家も一度ここに来たことがある。

 でも、ここではない。

 あの時出迎えてくれたのも彼女ではない。


 同じでも、違うもの。

 少し悲しい気持ちを感じるが、俺は首を振って中へと入って行く。


 中へ入るとキッチンで揚げ物をしていたのだろう、調理を再開させる由乃。

 俺はテーブル席につき、そんな彼女の背中を見つめていた。


 この風景も知っている。

 だけどやはり同じではない。

 彼女では無いのだ。

 あの子はもういないのだ。

 その事実が胸に突き刺さり、今すぐにここを飛び出したい衝動に駆られる。


「由乃……俺」

「――おまたせしました」

「…………」


 立ち上がる俺に笑顔を向ける由乃。

 俺は彼女の顔を見て、テーブル席に着き直した。


 コトッと小さな音を立てて置かれたそれは、トンカツであった。


「……次に来てくれた時、作るっていいましたよね」

「……え?」


 思考が停止する。


 何で、由乃が、あの由乃とのことを知っているんだ……

 俺は呆然としたまま、彼女の顔を見上げていた。


「二つも世界を救った人がいることを知っている人……司くんが何をやって来たのか……仮面の戦士の正体を知っている人が一人ぐらいいてもいいですよね」

「…………」


 由乃は瞳に涙を溜めながら話を続ける。


「一年ほど前、違う世界の自分の意識が私の中に入って来て、一つになったんです。あちらの世界で天野由乃は死んで、そして天野由乃と一つになった。その時知らない男の人の声が聞こえてきて言われたんです。私がこの事実を司くんに話すと、計画が感づかれてしまう。だから全て終わるまで黙っておきなさい、と」

「……由乃」

「あの世界とこの世界では時間の軸をずらしていたみたいで、死んで間もなく融合したみたいなんですが、それが一年前だったようで……私……私、ずっと司くんに話たいのを我慢していたんですよ」


 由乃は堪えきれなくなり、涙を零す。

 俺も涙が溢れ、グチャグチャの顔で彼女を抱きしめる。


「司くん……また逢えましたね」

「由乃、由乃」


 奇跡が起こった。

 もう逢えないと思っていた由乃と、もう一度巡り合うことができたのだ。

 いや、最初から彼女は傍にいてくれた。

 一緒の学校に通い、一緒に冒険をし、一緒に生きてきたのだ。


 今思えば、何故彼女からの評価が高かったのか。 

 何故俺の好みを知っていたのか。

 何故無条件で俺と一緒にいてくれたのか。

 それがようやく分かったよな気がする。


 手に入らないと思っていた幸せは、いつも傍にあった。

 こんなにも傍にあったんだ。

 

 彼女の甘い匂い。

 サラサラの髪。

 その身体の柔らかさと温もり。


 俺は現実を確かめるように、彼女を抱きしめる腕に力を込める。


 俺たちの全身を幸せが包み込み、それが世界中に広がっているような感覚があった。


 今は言葉が何も出てこない。

 ただ幸せを噛みしめることしかできなかった。

 俺たちは一番の幸せを確かめ合うように、ずっと涙を流しながら抱き合っていた。


 そしてこの幸せが永遠に続いていきますようにと、そう想いながら、そう願いながら、そう信じながら、俺は彼女の柔らかい体を抱きしめ続けた。


 おわり


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 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

 司と由乃たちの物語、楽しんでいただけましたでしょうか?

 もし少しでも皆さんに楽しい時間を提供できていたらな、と思います。


 これからも作品をどんどん投稿していきますので、フォローをしてお待ちいただければ幸いでございます。

 それでは、本当にありがとうございました!


 新作投稿しました。


 外れスキル【帰宅】は役立たずだとばかり思っていた。絶望していたのだがこのスキルはどうやら異世界を行き来できる能力だったようで、俺はその世界で最強になり現実世界で無双する


 https://kakuyomu.jp/works/16816452219258498287


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全て『カード』で決まる世界で最低ランク『ノーマル』しか入手できない俺だったが特殊職業【合成師】のおかげで、最高レア『SSR』までしか存在しないのに俺だけ『LR』相当の力を手に入れることができて楽々無双 大田 明 @224224ta

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