第102話 戦いの終わりに

魔王エールキング……普通では勝てないぐらいの設定になってるみたいだな」

「そうか……やっぱりそうなのか」

「ああ。HPが無限だとさ。何だよこの設定は」


 アノニマスを倒し、俺はそのままもう一人の自分と会話をしていた。

 それも【通信】を通しての会話ではない。

 直接話をしているのだ。

 なんともう一人の俺は、あっさりと時空を超えてこの場へとやって来ていた。


 まぁ、もう普通の人間じゃないからな、こいつは。

 彼の隣では円が目をまんまるにして周囲を見渡している。


「異世界……面白い」

「異世界って言っても、ただ世界を書き換えただけみたいだけどな」


 もう一人の俺は、ステータス画面によく似た物を操作しながらそう言った。

 どうやらこいつには世界の状態、情報、あらゆるものを確認できるようだ。


 この世界のことは聞いたけど、未だに信じきれていない。

 ここが俺たちが住んでいた世界だなんて。


「それで、魔王エールキングを倒したら元の世界に戻せるんだよな?」

「いや。元々倒せない設定になっているから、そんな元に戻せるようなカードは用意していないみたいだ」

「だったら、どうやって世界を戻せば」


 もう一人の俺は微笑を浮かべて続ける。


「その点は問題ないみたいだぞ。あの男……この後のことまで準備してくれていたみたいだ」

「準備?」

「ああ。世界を元に戻すプログラムを既に用意してくれている。これを発動すれば、お前たちが知ってる現実世界に戻るはずだ」


 画面の操作を続けるもう一人の俺。

 俺はそんなこいつの顔をまじまじと見つめていた。

 髪を短くした俺。

 見た目はそりゃ同一人物なのだから、一緒に決まっているんだけど……もう人間を超えた存在なんだよな。


 そんな風に考えながら見ていた俺に気づき、こちらに視線を向けるもう一人の俺。


「本当、面倒なこと押し付けてくれたよな。ニートの次は神様だぜ? ステップアップにも程があるよな」

「本当だな」


 ケラケラと笑い合う俺たち。

 もう一人の俺は一度ため息をついて、話を続けた。


「でも、俺は神様として生きていくつもりはない。全部手放して、人間として生きていくよ。世界を俺の都合でいじくっちゃダメだと思うし、それに俺には俺の幸せがある」

「幸せ?」

「ああ」


 もう一人の俺と手を繋ぐ円。

 二人は笑みを浮かべ、見つめ合っている。


「俺の幸せは円といること。好きな人と一緒に暮らしていく。そんな当たり前があるだけで十分なんだ。それ以上は望まないよ」

「私も司がいるだけでいい。それだけで幸せ」

「…………」


 俺は幸せそうな二人を見て、由乃が死んでしまったという話を思い出す。

 そして止めどなく涙が溢れる。


「……悪かったな。俺がもっと強かったら彼女のことを助けられたんだけど」

「お前は悪くない。俺も助けにいけるような力が無かったんだ。誰も悪くないんだよ……誰の所為でもない」

「今の司の力で、天野を助けてあげられないの?」

「神様のような力を持っていても、生き物を生き返らせることは不可能なんだ。超越者といっても、許されないこともある。世界にはバランスというものがあるみたいだから。誰かが死ぬから誰かが生まれてくる。だから不自然に人を生き返らせることは不可能なんだ」

「そうか……そうなんだな」


 俺はもう一人の自分に向かって手を差し出す。

 もう一人の俺は俺の手を握り返した。


魔王エールキング。お前の知っている円や由乃でも勝てるように設定し直しておいた。ついでに、世界を戻せるプログラムを内包したカードをドロップするようにしたから、後は魔王エールキングを倒してゲームクリアだ」

「ありがとう。お前のおかげで全部上手くいきそうだ」

「お前がいなかったらここまで来れなかった。上手くいったのはお前のおかげだよ」


 握手をしながら照れる俺たち。


「もう会うことはないと思うけど、元気でな」

「ああ。俺は円と幸せに生きていく。お前もお前の幸せを見つけろよ」

「…………」


 俺の幸せ。

 それはきっと由乃と一緒にいることだったんだと思う。

 だけど彼女はもういない。

 この世にもういないんだ。

 こいつの力を持ってしてもそれはどうすることもできない。

 

 涙がまた込み上げてくるが、笑顔でもう一人の俺を送り出す。


「じゃあな。島田司」

「じゃあな……島田司」

「元気で」


 手を離すと、もう一人の俺と円は歪んだ空間の中へと消えて行く。

 俺は出来る限りの笑顔を浮かべ、二人を見送った。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 【帰還】で城の前へ移動し、勇太たちが出て来るのをひっそりと待った。

 1時間ほどで彼らは城から脱出してきて、大きく手を振りこちらに駆けてくる。


「やったぜ司! 魔王エールキング、倒したぞ!」

「やったな、勇太。皆もお疲れ様」


 激闘を繰り広げてきたのであろう。

 皆ボロボロの恰好をしていた。

 だがそれ以上に勝利の喜びに満ちた輝く笑みが印象的である。


「おう! これで全部解決だな!」

「早く帰りたい」


 依然として元気な様子の磯さんとクタクタの円。

 由乃は俺の服の袖を引っ張り、笑みを浮かべてこちらを見上げてきた。


「【異世界帰還】というカードが手に入りました。これで元の世界に帰れるみたいです」

「そっか……。うん。良かった。これで元の世界に戻れるんだな」

「はい……帰りましょう。あの世界に。元の平穏な世界に」


 眩しい由乃の笑顔。

 俺は淋しさを覚えながらも、彼女に笑顔を返した。

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