第11話 あなただけの花束を
そして夕方。私が元の世界に帰る予定の時刻が近付いてきた。私の部屋は元通りに綺麗に片付けて、軽く掃除をした。
少しの間だったけど、部屋から見える空の景色やフカフカのベッドがとても気に入っていたから、片付けた後の殺風景な部屋を見て、いよいよ帰ってしまうんだ。っていう寂しさが芽生えてきた。階段を降りて、店の中を探すが夢雨はいなかった。
「あれ、今日は依頼は無いはずだし、私が帰るって言ったのにな・・・・・・?」
念の為、他の部屋も探してみたけれど何処にも夢雨はいなかった。そうは言っても、このままお別れの挨拶もせずに帰る訳には行かない。夢雨が居そうな場所、どこだろう?私は必死に考えを巡らす。――そうだ! あそこならきっと。私は夕空の下、髪を揺らしながら走ったのだった。
気づけば陽は落ち、辺りを照らすのは月だけになった。空を見上げれば、無数の星も輝いてる。息を切らしながら、私は大樹の元へと向かった。けれど、そこに人影はなかった。
「あれ、ここにいると思ったのにな・・・・・・」
キョロキョロと辺りを見渡したけれど、時折吹く風の音や虫の声以外に聞こえる物はない。ちゃんと、彼にお礼を言いたかったのにな。そんなことを思いながら、大樹の元で彼を待った。
しかし、何分待っても彼は来なかった。私は仕方なく小瓶を開け、彼がみせてくれたように宙へと飛ばす――はずだった。小瓶は突然現れた人に掴まれるようにして、地面に落ちた。星は、地面に零れ落ちて虹色に瞬いていた。
「舞花!遅くなってごめんね」
彼は酷く息を切らして、私を見据えてそう言った。月明かりが彼の髪をそっと照らす。彼の金色の髪は月に照らされてサラサラと透き通っていて、翠色の瞳が輝いていた。
「僕は舞花のことが好き。出会ったその瞬間に、僕は君に一目惚れした。その後も、毎日一緒に依頼をこなす度に見せてくれるその笑顔が、僕の何も無かった日常に暖かい光みたいなものを射してくれたんだ。明日が楽しみだなって、そう思わせてくれた。だから、これを受け取って」
そう言って彼はカンパニュラの花束を差し出した。私は衝撃を受けて、暫く言葉を発すことが出来なかった。
「どうして・・・・・・? もしかして、汐雫さんは夢雨だったの?」
やっと開いた口から出たのはこんな言葉だった。彼は、少し目を伏せるようにして小さく呟く。
「ほんとに、意気地が無くてごめん。ギリギリまで舞花に告白するか迷って、最終的に依頼しちゃった。僕の気持ちは邪魔になってしまうかもしれないけど、ちゃんと伝えたかったから」
彼は悲しく笑ってそう言った。その顔があの人と一致した。私はその花束を受け取ると、彼の手を握って涙を流しながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。私も夢雨に出会えてよかったよ。毎日、本当に楽しかった。きっと、また会いに来るから」
地面に落ちた星の光は徐々に私を包み込む。――私の頭に差し出された彼の手は、私の髪を撫でることなく空気を掠めただけだった。
◇◇◇
目を開くと、そこはあの夏祭りの会場だった。目の前にはあの狐のお面を被った彼が立っていた。
「お帰り」
彼はそう小さく呟いて、笑った――ような気がした。
「どう? 花は好きになれたかな?」
「ええ。私、花が大好きだわ。素敵な旅をさせてくれて本当にありがとう」
彼はとても嬉しそうだった。私はハッと思い出し、持ってきた鞄の中から日記とピンクのガーベラの押し花を取り出す。
「これ、あげるわ。貴方に感謝しているから」
彼は酷く驚いた様子でそれを受け取った。そして、小さな声でありがとう。なんて言って大切そうに持っていた。彼にお別れの挨拶を告げて、私は家に走って帰った。
彼女が帰った事を確認すると、青年はそのお面をゆっくりと外した。サラサラとした金髪が風に揺れる。
「ありがとうね、舞花」
そんな声は夜空に吸い込まれるようにして消えてしまったのだった。
◇◇◇
あれから、何年の時が過ぎただろうか。陽斗とはその後結婚し、毎日幸せな日々を送っている。毎年やってくる舞雨花期の季節が苦痛ではなくなって、花が大好きになってからは毎日がとっても楽しかった。花に囲まれて笑っている私がいるなんて、あの頃の私に想像出来ただろうか。
けれど、花が降るこの光景を一人で見てはふと思い出すのだ。彼は元気にしているかな、今日も、誰かを笑顔にするあの仕事を頑張っているのかなって。
「貴方はどんなことを想いながら、この景色を見ていますか?」
あなただけの花束を まろん @ayamaron
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