第10話 星月夜

 店に戻った後、後片付けをしながら軽く談笑した。陽は既に落ちてしまっていて、店にあるランプだけが店内を朧げに照らしている。夢雨は突然、立ち上がったかと思うと店の奥にある棚から何かを取り出すと、ゆっくりとした足取りで私の元へ戻ってきた。


「今まで黙っていてごめん。こっちの世界に来る人にはある原因があるんだ。それは、過去に何かしらのトラウマがあって、それを今でも後悔している人達。その人達がこちらの世界に来て、もう一度その事を再び体験して乗り越えることが出来たなら、元の世界に帰ることが出来るんだ。――だから、これは君にあげる」


 そう言って私に小さな小瓶を渡してきた。それは、あの時に貰った物と良く似ていた。中には小さな星が瞬いている。


「ううん、私だけだったら乗り越えられなかったよ。夢雨が一緒に居てくれて、それで頑張れたんだ。本当にありがとうね」


 私はそう言って大切にその小瓶を抱えて、夢雨に微笑みかけた。キラキラと輝くこれを使えば、また元の世界に戻れる。


 けれど、私にはまだやるべき事が残っている。その後、部屋に戻ると綺麗な月の前に小瓶を透かしてみた。虹色に光るそれは、月の光を受けてより一層輝くように見えた。


 ――元の世界に戻れる。それは、嬉しいような、悲しいような。


 それから数日は普段みたいに穏やかな日が過ぎていった。しかし、私が元の世界に帰ると決めていた三日前に、ある依頼が入った。私を指名しての依頼らしい。だとすると、これがこの世界での最後の受付となるだろう。私は承諾し、彼が待っているというカフェに向かうことにした。


 店のチャイムが心地よい音を立てる。彼はカウンターの隅に座っていて、こちらに向かって手招きをしていた。


「わざわざ来てくれてありがとう、舞花さん」


「こんにちは、早速ですが依頼内容についてお伺いしても宜しいですか?」


 彼の名前は汐雫しずく。私より年齢は少し上の好青年だ。少し前に知り合った彼女に告白するか悩んでいるらしい。けれど、その子にも想い人がいることを知り葛藤しているみたいだ。


「彼女は僕に明るい明日をくれるんです。今までは、ただ一日が過ぎていくだけだったのに。彼女といると、明日はどんなことがあるのかな。どんな表情を見せてくれるんだろう。って毎日が楽しみになってきてしまって」


 そう言った彼の表情は笑っていたが、裏では悲しく泣いているような顔だった。彼女に告白しても、きっと断られてしまう可能性は高い。それでも、ずっと気持ちを隠したままこれから生き続けていくのはもっと辛い気がする。


 ――私だったらどうするだろうか。その人が振り向いてくれないから、私が付き合えるわけないから、自分に自信が無いから・・・・・・自分にとって都合の良い逃げ道を作って諦める。そんな風に考えていたのは前の私だ。今の私は違う。


 どんなに振り向いてくれなくったって、その人に例え想う人がいたって、好きになってしまったことは消せない。私が好きなのは貴方だ、って想いを打ち明けることだって凄く勇気がいることだし、素晴らしいと私は思う。だから、この人にもちゃんと想いを打ち明けて欲しいと思う。


 私は彼を真っ直ぐ見据えて、ゆっくりと話し出したのだった。


 そして、太陽が眩しいくらいに輝く快晴の日に彼は花束を受け取りに来た。カンパニュラの花束が気持ちよさげに、その花弁を揺らしている。淡い色合いの花は今日の空によく映えた。


「汐雫さん、頑張ってくださいね。私、応援してますから!」


「ありがとう。この想いが叶わなかったとしても、彼女にちゃんと伝えてくるよ」


 彼は大切そうに花束を抱えて、青空の下を駆けていったのだった。

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