第396話 月下に咲く宇宙の華2

 三条社長がVIPたちを展望フロアに連れ出した。俺と薫も一緒に行く。展望フロアの下に二階テラスがあり、テレビクルーや記者たちも黒翼衛星タワーを見詰めている。


「一番、ここからの眺めがいいのよ」

 空には満月が輝いており、淡い光が黒翼衛星基地全体を照らしていた。肉眼の眼で見た黒翼衛星タワーは、単なる塔である。だが、魔力を感じ取れる眼で見ると、眩しいほどの輝きを放っていた。


「おっ!」「何だ!」

 二階テラスで取材している者たちから驚きの声を上げる。黒翼衛星タワーの先端から、銀色に輝く光の柱が天へと向かって伸び始めている。


「前回の時は、装置の不具合で見えたが、本来は見えないはずではなかったのかね?」

 トルコの外務大臣が尋ねた。

「ええ、本来なら見えません。ですが、試験において見えないと確認出来ませんので、わざと見えるようにしています」

 薫が代表して答えた。そのために政府から許可をもらっている。


 天へと登っていく黒翼導管は神秘的で、神の奇蹟を見ているような迫力が感じられる。キリスト教徒らしいアンダーソン補佐官が十字を切り祈りを呟く。


「この装置は地球環境に、悪影響を及ぼす危険はないのかね?」

 薫が天使のように微笑み。

「大丈夫。この装置が影響を及ぼすのは魔粒子だけです。実験結果が証明しています」


 カン外相が光を見上げながら、

「オゾン層とか、電離層にも影響を及ぼさないと?」

「はい。あの光に電気的な作用は全くありません」


 カン外相は三田総理に法律について質問した。宇宙を漂う魔粒子が誰の物かという話である。

 国際的な条約で、宇宙の天然資源については誰も所有権を持っておらず、皆のものだというアバウトな条約が決められている。


 日本政府では地球を掠めて通り過ぎるはずだった魔粒子を収集する場合、それは収集した個人または法人に所有権があると主張していた。


 各国もその主張を受け入れている。そうでなければ、自分たちが魔粒子の収集を行えなくなるからだ。


 オゾン層や電離層を通り抜けた黒翼導管が衛星軌道にまで到達。そこで花が開くように魔粒子収集スクリーンを展開した。そのスクリーンは巨大だった。


 地上からも銀色に輝く巨大な存在がはっきりと見えた。それは宇宙空間に仕掛けられた網のように魔粒子を受け止め黒翼導管へと流し込む。


「凄い!」

「でかいぞ」

 記者たちの声が聞こえて来る。


 魔粒子の収集を始めた魔粒子収集スクリーンは輝きを増し、魔粒子が流れ始めた黒翼導管は明滅する。俺や薫は、こんな派手な演出は必要ないと主張したのだが、日本政府から安全の為に光るようにしてくれと言われたのだ。


 その効果は感動的だった。満月が照らす淡い光の中で天を貫く光の柱。

「魔粒子タンクへの流入が確認されました」

 成功である。二階テラスで歓声が上がる。

「おめでとうございます」

 三田総理が三条社長に成功を祝う声を掛けた。


 俺は宇宙に咲いた花を見上げながら、薫の手を握った。薫が『何っ』というように、俺を見てから微笑んで手を握り返す。


「成功したな」

「まだまだよ。マナ研開発はこれからの会社なんだから」

 薫はマナ研開発を世界有数の会社にまで発展させるという夢を抱いているようだ。マナ研開発が行った公開稼働試験成功のニュースは、世界中で話題となった。

 薫の夢が確実な一歩を踏み出した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は薫と一緒にオリガの居る児童養護施設に行き、お土産として買ったお菓子を配った。子供たちは大騒ぎでお菓子を取り合い始める。


「こらっ、喧嘩するんじゃない」

 子供たちがお菓子を抱えて逃げ出した。

「元気な子供たち」

 薫が呟く。俺は苦笑しながら、オリガを探した。奥の部屋でオリガを見付けた。


「ミコトお兄ちゃん」

 オリガは小学校の宿題をしていた。立ち上がったオリガが、俺に飛び付いて来た。ますます可愛くなったオリガは天使のようだ。


 オリガの笑顔を見ると、案内人として頑張ってよかったと思う。オリガの眼は完全に治った訳ではないので、上級再生薬を作る為の活動は続けるつもりだ。


 その後、世界中の転移門は再稼動し元の状態に戻った。だが、オーク帝国との戦いが終わった訳ではない。オークとの戦いは続くだろうが、異世界との交流も続けられるだろう。

 リアルワールドの人間は、オークに劣らず貪欲なのだ。


 俺は通信制高校を何とか卒業して、マナ研開発の非常勤取締役という役職をもらった。案内人の規約によれば、兼業を禁止していないので問題ない。


 マナ研開発は世界的な大企業になったので、その取締役がこれほど若いというのは異例だった。だが、これは正当な評価による人事である。


 JTG内での評価も爆上げである。俺の上司である東條管理官は理事になった。これからは東條理事と呼ばなければならないだろう。


 だが、その東條理事も理事になれたのは、俺たちの御蔭だと思っているので何かと気を配ってくれる。東條理事は、俺がマナ研開発の非常勤取締役になったので、案内人を辞めるんじゃないかと思ったようだ。


 だが、俺には迷宮都市でやりたい事がたくさんある。だから、案内人を辞める訳にはいかない。これから先も案内人を続け、樹海を彷徨い迷宮を探索しながら二つの世界で楽しく過ごすつもりだ。


 ◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆


 今回の投稿で本編は終了となります。

 読んで頂きありがとうございます。

 この先は、後日談という形で投稿するつもりでしたが、その余裕がなくなったのでここで完結とします。力不足で申し訳ありません。

 よろしければ他の作品も御覧ください。



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案内人は異世界の樹海を彷徨う 月汰元 @tukitashi

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