第395話 月下に咲く宇宙の華
歓迎会が始まり、伊丹が用意した酒が配られると、雰囲気が明るくなり陽気に大声を上げる者も現れる。
「アカネさん、このパエリアみたいな料理、絶品です」
若い技術者の一人がアカネを褒める。
「ありがとう、喜んで貰えると嬉しいです」
もう一人の技術者は、クロエに近寄ろうとして伊丹のガードに弾かれていた。
俺は伊丹の横で料理を食べながら、周りを見回す。
「黒翼衛星プロジェクトがもう少しで完成するようでござるな」
「ええ、社内テストも順調のようです」
公開稼働試験前に様々なテストが精力的に行われている。そのテストで不具合も報告されているが、薫を中心に不具合を修正し、完成度を高めているようだ。
「公開稼働試験には、どんな方がいらっしゃるんですか?」
クロエが尋ねた。
「日本のお偉いさんは、三田総理と檜垣防衛大臣、真壁厚生労働大臣が来られます。他にアメリカの大統領補佐官、トルコと中国の外務大臣が来るそうです」
「お隣の中国から外務大臣が来るのは分かりますが、トルコからというのは意外です」
俺も意外だったから頷いた。
「トルコは親日国でござるから、関心が高いのでは」
伊丹はトルコが昔から親日国だと教えてくれた。だが、トルコはヨーロッパに近い国である。国民の関心はヨーロッパに向いていると思っていた。
「それだけ世界の注目が、黒翼衛星プロジェクトに向けられているのでござる」
世界各地のテレビ局からも取材の申込みが来ていたので、注目度は高いようだ。
その日は、新しく入った長期滞在者たちと大いに飲み食いして親睦を深めた。ルキやミリアたちもアカネの料理を楽しんだ。特にルキは最後に出されたデザートのケーキに狂喜した。これだけ甘く美味しい食べ物を食べた事がなかったからだ。
「ニャハハ……美味しい。すごい、アカネお姉ちゃんは料理の天才だよ」
眼をキラキラさせたルキの笑顔を見てると、こちらも幸せな気分になる。それは俺だけでなく、伊丹やクロエも同じらしく優しい目でルキを見詰めている。
俺は趙悠館での生活に満足を覚えていた。将来、案内人をリタイアする時が来たら、ここで暮らすのもいいかもしれない。
そんな時が来るのは何十年も先の話だ。俺はそんな考えを脳裏から追い出した。
「伊丹さんも、公開稼働試験を見物するんでしょ」
「そのつもりでござる」
「だったら、一緒に行きましょう。会社のヘリを出して貰う事になっているんです」
伊丹が頷いた。
公開稼働試験の当日。俺と伊丹が黒翼衛星基地に到着すると、社員たちが忙しそうに動き回っていた。
ある者はテレビの中継をする者たちを案内し、別の者はVIPが宿泊する施設の準備をしている。
試験は夜の一〇時に行う予定になっている。日本政府からの要請で、上空を航空機が飛ぶ可能性の低い時間帯に試験して欲しいそうなのだ。
ここの上空は飛行機の飛行経路にはなっていないので、普段から上空を飛行する航空機は滅多にない。ヘリコプターや自家用飛行機が偶に飛ぶ程度なのだ。
今夜は政府から飛行禁止の通達が出ているので、マスコミのヘリも飛ばないはずである。
俺と伊丹は、完成したばかりの環状黒翼センターの中央管制室で見物している。
そこに三田総理を始めとするVIPが入って来た。
「ここが、中央管制室ですか。種子島宇宙センター管制室のようですね」
内部を見た三田総理が感想を言った。
「あの特大スクリーンに映っているのが、魔粒子を収集する黒翼衛星タワーです」
マナ研開発の三条社長が説明する。三条社長の視線の先には、大型モニターが壁に設置されており、黒々とした影のようなタワーが映し出されていた。
中国の外務大臣であるカン外相が、
「三条社長、マナ研開発は海外に黒翼衛星基地と同様の施設を建設する予定が有るのでしょうか?」
カン外相は日本語に不自由しないようだ。
「今のところ、予定は有りません」
三条社長が建設の可能性を否定すると、カン外相が厳しい顔をする。
「それは何故ですか。魔粒子の需要は高まっています。我が国にも同様の施設を建設して欲しいのですが」
「我が社では、日本に三箇所、同様の施設を建設する予定です。それにより魔粒子の需要は満たせると考えています」
その言葉を聞いて、三田総理は満足そうに頷く。
「魔粒子生産が、日本の主要産業の一つとなる訳ですな。素晴らしい」
カン外相は無表情であるが、左手の拳が強く握られている。中国はエネルギーを化石燃料や原子力から再生エネルギーへ転換しようと舵取りをしている。化石燃料以外のエネルギー源を喉から手が出るほど欲していた。
荒瀬主任が声を上げる。
「そろそろ時間です」
その声を聞いたVIPたちは、特大スクリーンに視線を向けた。黒翼衛星タワーには変化がない。
中央管制室に招かれなかったテレビクルーや記者は、黒翼衛星タワーを見上げられる二階テラスで撮影を開始している。
「最終点検を行ってくれ」
荒瀬主任の指示でスタッフがそれぞれが管理する機器の監視モニターを確認する。
「魔粒子タンク、異常なし」
「黒翼衛星装置、異常なし」
報告が続けざまに上がり、それを聞いた薫がチェックシートに記入している。
「全て異常なし。黒翼衛星装置を稼動して下さい」
薫が命じた。
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