第394話 送信機の製造方法

 ロシア人のエゴールを最初に、俺と取引をしたいという他国の人間が何人も現れた。

 今もヨーロッパのある国から来た大使が、一日でも早く送信機を自国に欲しいのだと懇願して帰った所である。


「俺に頼んでも無駄だというのに」

 販売に関しては日本政府に一任している。俺は製造するだけなのだ。完成した送信機を、迷宮都市に滞在している自衛隊に渡せば、俺の仕事は完了となる。


 自衛隊は優先順位に従い、高速空巡艇を使って異世界各地に駐屯している各国の軍に配送しているようだ。


 自衛隊も一台ずつ運んでいる訳ではない。何台かを高速空巡艇に積んで、異世界の諸国を飛び回っているらしい。


 俺、そして各国軍の活躍により、再稼動する転移門が増え取り残されていた人々がリアルワールドへ帰還して来るようになった。


 帰還した人々は帰還出来た事を喜ぶと同時に、長期間待たされた事に怒り政府に不満の声を上げた。そして、未だに取り残されている依頼人たちの家族が早く救出するように声を上げ始める。


 それらの国家は責任転嫁するように、日本を非難するような声明を出した。日本が送信機の製造方法を独り占めするから、依頼人の救出が遅れているのだと。


 その声明を日本に居た俺も聞いた。

「人命が関わっている事だから、製造方法を公表しても構わないけど、それを実行し製造可能な国があるかどうかが問題なんだよな」


 送信機の製造において問題となるのは、ミュリオン結晶の入手とその加工である。俺たちは真龍クラムナーガの牙を工具に転用する事で解決したが、転用可能だった牙は一個だけなのだ。


 もちろん、まだ真龍クラムナーガの牙は余っているが、工具にするには大きさと形状が適性でないものばかりである。その事は送信機が完成した時点で確かめている。

 俺たちにも新しい特殊工具は作れないのだ。


 俺は薫と話し合った。

「この際、製造方法を公表して、製造も日本政府に任せちゃいましょう」

 薫が意見を言った。


「でも、いいのか。マナ研開発でも資金を注ぎ込んで設計したんだろ」

「構わない。変に誤解されて、会社の評判を落とすよりはマシ」

 薫は金儲けの為に、送信機の製造方法を隠しているのだ、と言われそうなのが我慢出来ないようだ。


「会社の評判か……そうだな。しかし、政府に製造まで任せると収入がなくなるぞ」

「パテント料として、一台製作するごとに一〇億円取ればいいのよ」

 金だけはしっかり取るようだ。


「えっ、やっぱり金は取るんだ」

「当たり前よ。設計には人材と資金を投入しているんだから」

「それだと政府にメリットがないように思えるんだが?」


「日本政府は他国の非難を躱せる。それにミコト一人より多くの送信機を製作出来るかもしれない」

 大勢で手分けして送信機の製作に従事すれば、生産量は増える。ミュリオン結晶の加工だけは、牙の工具がないとできないので、その工具を貸す事になるだろう。


「送信機は政府に任せて、黒翼衛星基地の完成に全力を注いだ方がいいと思うの」

 薫が言った。それはマナ研開発のトップとしての決断だった。

 マナ研開発は魔力通信波送信機の設計図と製造方法を公開し、送信機の製作は日本政府に任せた。


 世界は送信機の製造方法を知り、自分たちで製作するのが難しいと理解する。日本とマナ研開発は取り残されている依頼人の家族からの非難を退けた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 次のミッシングタイム、俺は送信機製作を担当する七人の技術者を迷宮都市に案内した。彼らだけで送信機を作れるように指導する。


 日本政府は二〇代後半から三〇代前半までの比較的若い技術者を選んだようだ。彼らは日本政府が育てている魔導技術者で、ほとんどが『魔力発移の神紋』と『錬法術の神紋』を所有している。


 こういう人材を育てるのも政府の仕事なのだ。さすがに政府が育てた技術者だけあって、短期間に送信機の作り方を習得し、手分けして製作を開始した。


 俺は普段の生活に戻った。高速空巡艇の製造という仕事は残っているが、キーアイテムとなる浮揚タンクと魔導推進器、魔力供給装置を作っても配送する高速空巡艇がなかった。


 全ての高速空巡艇は、送信機を配送する為に使われていたからだ。

「ミコト様、新しく来た人の歓迎会の準備が終わりました」

 送信機製作チームの仕事が軌道に乗ったので、歓迎会を開く事になった。


「アカネお姉ちゃんがね。美味しい料理を一杯作ってくれちゃんだ」

 ミリアとルキの姉妹が歓迎会の準備が出来たと知らせに来た。趙悠館の食堂に皆が集まっている。


 伊丹はクロエと楽しそうに話をしている。この二人のゴールも近いようだ。伊丹が実家の方にクロエを連れて行ったと言っていたので確実だろう。


 厨房ではアカネと弟子のアマンダが、最後の料理を仕上げていた。特別のデザートを用意しているようだ。


 隅の方ではリカヤとネリがマポスをからかっている声が聞こえてきた。

「マポス、ミリアを祭りに誘ったのか?」

 祭りというのは、迷宮都市の春祭りである。他の地方都市は収穫祭が一年で一番盛大な祭りなのだが、迷宮都市はあまり農業が盛んでないので、春祭りが一番大きな祭りになる。


「誘ったけど、ルキも付いて来るみたいだから」

 リカヤがニヒヒと笑った。

「そりゃあ、しょうがない。ミリアに贈り物でもすればいい」


「贈り物……何がいいんだろ?」

 マポスが困ったという顔をしている。

「ティエゴールのスカーフがいいんじゃないか」

 ネリが高級店のスカーフを推薦した。


「スカーフか。でも、いろいろ有るだろ。どれがミリアに似合うかな」

「私たちで選んでやろうか」

「助かる」


 ちょっと前までのマポスは、おっちょこちょいで頼りない少年だった。だが、今は頼りになるハンターに成長している。ミリアの親友であるリカヤとネリが、ミリアとの仲を応援してもいいと思うほど。


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