第393話 日本政府の対応2

 一ヶ月後、俺は久しぶりに日本に戻った。ここ一ヶ月は送信機の製作をずっと続けており、久しぶりに休養を取ろうと日本に戻ったのだ。


 二日ほどテレビを見たり音楽を聞いたりしてのんびり過ごし、三日目に買い物に出掛けた。自宅を出るとすぐに背広を着た二人の男が近寄って来た。


「政府の指示で護衛につく事になりました、沢村です」

「同じく後藤です」

 俺は噂に聞くSPだと気付いた。


「俺の護衛だって、具体的にどんな危険が迫って来ていると言うんです?」

 沢村はポーカーフェイスのまま口を開く。


「我々は護衛しろと言われただけなので、詳しい事情は分からないのです。ただ君が重要人物である事は、教えて貰っている」

 俺は溜息を吐いた。このタイミングでの護衛という事は、送信機絡みなのだろう。


 仕方ないので、二人の男を連れてぶらぶらと商店街まで歩いた。黒翼衛星装置の公開稼働試験には、ちゃんとした格好で来るようにと薫から言われ背広を仕立てようと思ったのだ。


 仕立て服専門の店に入る。ジーンズに着古したジャンパーという普段着のままだった俺は、どうも場違いな店に入ってしまったと感じた。


「いらっしゃいませ」

 品の良さそうな店の主人が、俺の背後に居る二人の男を見て浮かべた笑顔を凍りつかせる。


「背広を仕立てたいんですが……」

「あ、ありがとうございます。どのような服が必要なのでしょう?」

 俺は会社の公開試験で着用する服だと説明した。


「政府の偉い人も来るんで、ちゃんとした服を用意しろって言われたんだ」

 俺の言葉に、主人は背後の二人に視線を走らせる。

「それですと……」


 主人が背広について説明してくれたが、俺はよく判らなかった。そこで任せる事にした。

「では、どのような生地で作るかだけ、選んで貰えますか?」

 主人が色々な生地のサンプルを見せてくれた。


 俺は光沢と手触りで決めた。

「この生地はイタリア製の最高級品になりますが、よろしいですか?」

 高いという事なのだろう。俺は値段を聞いて意外に安いと感じた。だが、最近の取引が一億単位だから、そう思っただけで決して安いものではない。


「構わない」

 それを聞くと主人は採寸したいと言い、俺に上着を脱がせた。

 採寸していた主人が。

「素晴らしい体格をされていますね。何かスポーツをされているのですか?」


「スポーツはしていないが、武術を学んでいる」

「なるほど」

 採寸が終わり、主人が提案するデザインとシルエットを聞いて、選択し注文を終えた。最後にクレジットカードで支払いを済ませると店を出た。


 近くのファーストフード店でハンバーガーを買って昼食を始める。

「一緒に食べればいいのに」


 俺の傍で目を光らせている二人に声を掛けた。二人は話し合って一緒に食べる事にしたようだ。三人で食事をしていると、沢村のスマホに連絡が来た。


 スマホを耳に当てた沢村の顔色が変わる。

「どうかしたの?」

 沢村は少し躊躇ってから。

「外務大臣のお嬢さんが誘拐されそうになったそうです」


 通学途中のお嬢さんが、黒いバンに連れ込まれそうになったが、彼女の機転で誘拐は阻止されたという。


「勇敢で賢いお嬢さんなんだ。SPはついていなかったの?」

「閣僚の家族でも、SPをつけるほどの予算はないんです」

 閣僚の家族についていない護衛が、俺の傍に居るという事実を噛み締め、偉くなったもんだと思う。


 食事を済ませ、ぶらぶらと商店街を歩いていると見られているような気配を感じ、路地の奥に向かう。そこでは高校生らしい男女がコンビニで買った飲み物を手に話をしていた。


 俺はこの路地に入った事を後悔した。普段、この路地は人気のない場所だったのだ。ここに来て気配の正体を確かめるつもりだった俺は、邪魔な奴らだと高校生たちに視線を向けた。


 外国人らしい三人の人物が近寄り、その中の一人が俺に声を掛けた。銀色の瞳を持つ渋い紳士だ。

「ミスター・ミコトですね?」

 流暢な日本語だった。SPの二人が警戒し、俺の前に出ようとした。俺はそれを抑える。


「そうだ」

「エゴール・パトルシェフです。ロシア政府の使者として来ました」

「用件は何です?」

 予想はついているが、確かめた。


「例の送信機です。我々の政府は日本の割当てに不満を持っています。もう少し増やして欲しいのです」

 俺は厳しい表情をして。

「ロシアだけを特別扱いする事は出来ない」


 エゴールが溜息を吐いた。

「ですが、あなたなら何とか出来るのはないですか。我々には潤沢な資金力があります。きっと後悔させません」


 俺はちょっと困ったという顔をした。それを見た沢村が口を挟む。

「彼を困らせているようです。そこまでにして下さい」

 エゴールが冷ややかな目で沢村を見る。


「SP風情が出しゃばるな」

 権力を扱い慣れた者しか出せない迫力があった。沢村が一瞬怯んだ。


 だが、怯んだ事を恥じた沢村が、俺とエゴールの間に身体を入れ。

「お引取り下さい。日本政府は彼と直接交渉する事を了承していません」

 エゴールが見下すような視線を沢村に向ける。


「ふん、送信機は一企業であるマナ研開発が開発したものだと聞いている。その販売を誰と交渉しようが、自由なはず。違うのかね」


「マナ研開発は、販売を日本政府に委託したのだ。交渉するなら日本政府としてくれ」

 言い争いが続き、何かの拍子に沢村の手がエゴールの胸を押した。


 その途端、今まで黙ってエゴールの背後に立っていた護衛役らしい二人の男が、形相を変えて沢村たちと対峙した。二人は一九〇センチ近い身長とガッシリと逞しい体格をしている。


「済まない。今のは間違いだ。ミスター・エゴールに危害を加えるつもりはなかった」

 沢村が弁明したが、護衛の二人は日本語を理解していないようだ。


「おいおい、喧嘩だぜ」

 近くでたむろしていた高校生たちが、面白そうに近付いて来て騒ぎ始めた。

「五月蝿いぞ。何処かに行け!」


 後藤が高校生たちに警告の声を上げた。

「何だよ、偉そうに」

 高校生たちが近寄ろうとした時、ロシア人の護衛たちが本気の殺気を放った。人を殺した経験がある者の殺気だ。


 近寄ろうとしていた高校生たちが、尋常でない何かを放っている男たちに顔を青褪めさせ足を止めた。

「や、やばいよ」

 高校生たちは転びそうになりながら逃げ出した。


 沢村と後藤は俺を抱えるようにして後ろに飛んだ。相手が暴力のプロだと危険を察知したのだ

「暴力はいけません。護衛の二人が敏感に反応してしまったではありませんか」

 エゴールが声を上げた。


 俺は男に抱きかかえられる趣味はない。沢村たちの手から抜け出した。

「同感です。暴力はいけません」

 俺が同意すると、エゴールがニヤリと笑う。


「そう、暴力は反対ですか……でも、この話を断られますと……どうなりますかね」

 エゴールの目に危険な光が灯る。俺が暴力に弱いと判断したのか。穏やかだった顔が怖いものに変わっている。


 俺は舐められたら付け込まれると判断した。抑えていた気配を解き放ち、ドラゴンと相対した時と同じ気迫を放射。その気迫は覇気となって周囲を威圧する。俺の側に居た沢村と後藤は、反射的に飛び離れた。


 そして、俺を脅そうとした三人のロシア人を蹂躙する。三人の顔に驚きと恐怖が張り付いた。俺の身体が何倍にも膨れ上がったような幻想を抱いたはずだ。


「日本人を舐めるなよ」

 俺が一度言ってみたかったセリフだった。


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