第392話 日本政府の対応

 東條管理官の予想通り、政府から要望されたJTG上層部は詳細報告を一刻でも早く出せと言ってきた。俺は薫に確認しながら、魔力通信波送信機の詳細を報告書に書く。それだけで半日が潰れた。


「はあ、やっと終わった」

 ノートパソコンの傍から離れ背伸びをする。凝り固まった筋肉が解れると同時に骨が鳴る。書き上げた報告書を東條管理官に提出。報告書を読んだ東條管理官が眉間にシワを寄せた。


「そんな顔して、どうしたんです?」

「予想していたより、製造に時間が掛かりそうなんで、どうしたものかと考えていたんだ」


「そんな難しく考えなくても、製造した順に各国に配ったらいいんじゃないですか?」

「国際社会、いや外交はそんな簡単なものじゃないんだ。まず、どの国から販売するかが問題になる」


 俺もその辺は考えていた。まずはアメリカやロシア、中国などの大国へ渡す事になるだろう。俺の予想を聞いて東條管理官が頷いた。


「最初は大国という優先順は、確定だろう。だが、一台ずつなのか。大国が要求する台数を揃えるのかが問題になる」


 広大な領土を持つ大国は、一台だけでは間に合わない。必ず数台必要だと要求してくるだろう。


 日本政府も使える高速空巡艇の数だけ欲しいと言い出すはずだと言う。

 送信機一台で全国に散らばっている転移門を廻れば、一年くらい掛かりそうだ。日本は帰還計画が成功したので、異世界に居残っている依頼人たちの事を考えなくても良いが、他国は、そんな長期間待たせられない。


 俺は送信機の製造方法を売るかとも考えたが、ミュリオン結晶を手に入れられる国がどれほどあるのか疑問に思った。それにミュリオン結晶を加工する道具が手に入れられないだろう。

 製造方法を売るという案は捨てた。


「送信機もそうだが、高速空巡艇の数が必要になる。もう少し生産を増やせないのか?」

 東條管理官の要望に、俺の脳裏にカリス親方とドルジ親方の顔が浮かんだ。現在行っている高速空巡艇の増産も、二人の親方に無理を言っているのだ。これ以上は増やせない。


「これ以上は無理です。こちらでキーアイテムとなる浮揚タンクと魔導推進器、魔力供給装置を作るので、機体は各国で作って貰えませんか」


 東條管理官が腕組みをして考える。

「そうだな。イギリスやフランスはその方向で研究を進めているらしいから、問題ないだろう」


 アメリカも研究は進めているはずだ。あの国は航空機の分野で負ける事に我慢出来ないはずだ。

「因みに、その送信機をいくらで販売するつもりなんだ?」

 俺は首を傾げた。値段は考えていなかったのだ。


「希少性を考えて一億くらいかな」

 俺と薫しか作れないものだ。相場なんてない。どんな値段を付けるのも自由なのだが、異世界から帰れず困っている人々の事を考えると無茶な値段は付けられない。


 それにあまりに高額だと発展途上国が手に入れられなくなる。それを考慮して一億という値段を付けたのだが、東條管理官が安すぎると言う。


「異世界でも希少なミュリオン結晶を加工した部品を使っているんだろ。相手は個人じゃなく国なんだ。もう一桁上げても大丈夫だ」


 一台一〇億円として、一〇〇台販売すると一〇〇〇億円、世界各国が購入すれば何台売れるのか分からない。


「また大儲け出来そう。でも、税金でがっぽり持っていかれるだろうな」

「政府に交渉して、無税にして貰えばいい。無税にした分、安くしましたと言えば、日本政府の評価も上がるだろう」


 俺は東條管理官の顔を見てニヤリと笑う。

「ふふふ……三河屋、お主も悪よのう」

「誰が三河屋だ!」

 東條管理官にどつかれた。


 JTGが送信機に関する報告書を政府に提出すると、三田総理と外務大臣が頭を悩ませた。

「生産能力が問題だな。もう少し増やせないのかね?」


 三田総理が確認すると外務大臣が暗い顔で、

「この装置を設計したマナ研開発に問い合わせた所、ミュリオン結晶と呼ばれる希少な素材とそれを加工する特殊な工具が必要だそうで、生産能力を上げる事は難しいそうです」


「ミュリオン結晶というのは何なのかね?」

「魔粒子とミスリルの粒子が結晶化したもののようです。ミスリル鉱山で産出されるようなのですが、ミスリル鉱山自体が少ないので、産出量も多くありません」


「しかし、ミュリオン結晶ですか。それが産出されるのは迷宮都市近くの鉱山だけではないはず」

 外務大臣が汗を拭い。


「はあ、そうだと思いますが、加工する工具が特別製でして……迷宮都市にも一つだけしかないのです」

「特別製とは言え、数を増やせるのではないか?」

「無理だそうです」


「何故だね? 特殊とは言え、工具なのだろ」

「材料に非常に希少な魔物の素材を使っているそうなのです」

「希少というと、ドラゴン級に希少なのかね」

「そのようです」

 三田総理は溜息を吐いた。


「この情報は、各国政府に通達したのだね。各国の反応はどうです?」

「どの国も送信機を欲しがっています。特に発展途上国は大きな収入源の一つが減ったので、転移門の再稼動に掛ける期待は大きいようです」


 日本政府からの情報が各国に広まるに連れ、国民の間から残留依頼人を助けろという声が大きくなった。そして、日本から転移門の危険性が報告されており、それに対して対応したのが日本とイギリスだけだとネット上で広まると、政府に対して怒りの声を上げる国民が増えた。


 そんな中、日本に対して送信機を販売してくれという要望が集まり始める。日本政府としても要望に応えて販売したいが、生産数に限りがある。


 問題は販売の優先順位だ。R再生薬の時のようにオークションに掛ければ天井知らずの価格となるのは予想出来る。だが、マナ研開発は一台一〇億円で販売すると決めたようだ。


 人命に関わる事なので、マナ研開発は製造だけを担当し、販売は日本政府に任せると言う。日本政府は国益を考え優先順位などを決めていくつもりのようだ。


 日本政府が優先順位を決め各国に連絡した。その順位や台数を知り不満を漏らす国が現れる。

 一番に中国が外交チャンネルを通じて抗議した。もっと早くもっと多くの送信機が必要だと言うのだ。中国ばかりではなく様々な国が自国を優先してくれと頼んだ。


 日本政府は当然の事だと受け止めた。各国が自国民の帰還を第一と考え、日本政府に働き掛けて来るのは予想済みだったからだ。


 だが、それらの抗議の中で、度が過ぎていると思われる国があった。猛烈な抗議をした後、脅すような言葉を日本政府に告げたのだ。


 日本政府はその脅しを本気にしなかった。だからと言って、何の対応もしなかった訳ではない。重要人物の警備を厳重にするように指示を出した。


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