第391話 ミスリル鉱山2

 俺はハシゴを使って下り始めた。ハシゴは汚れていたが、傷んではいなかった。二〇メートルほど下りると横穴が見えた。

 縦穴の底に辿り着いた俺は、上に向かって叫ぶ。

「大丈夫だ。下りて来い!」


 伊丹と薫が下りてくるまでの間、俺は横穴をチェックする。

「何だ。何か居る」

 気配を感じて身構える。すると多数のコウモリが飛んで来て、縦穴を上へと飛んで行った。


「きゃあ!」

 薫の叫び声が聞こえた。コウモリに驚いたのだろう。

「心配ない。ただのコウモリだ!」

 俺は驚いている薫を落ち着かせようと声を上げた。薫が縦穴の底まで下りて来た。


「もう、本当にびっくりした。心臓が止まるかと思った」

「ドラゴンだって平気なのに、コウモリに驚いてどうするんだよ」

「ああいう場合は、心構えが出来ていないんだからしょうがないの」

 そう言い合っている間に、伊丹が下りて来た。


「横穴か。ミスリル鉱脈が近いのでござろうか?」

「そうだといいんだけど。兎に角、行ってみよう」

 俺たちは幾つかの分岐点を選んで奥へと進む。ここも木材で補強されており、鉱夫たちの苦労の跡が残っている。


 俺はミスリル鉱山の情報を集めたが、ミスリル鉱脈の位置だけは教えて貰えなかった。そこで補強の木材が新しいものかどうかで判断し道を選択した。


 三方向に分岐する地点に来た。一番左を選んで進むと地底湖に辿り着いた。

「ここで行き止まりでござるか」

「引き返しましょう」


 俺たちは引き返し、分岐点に戻った。そして、三方向への分かれ道の真ん中を選んで進み始めた。一〇分ほど歩いた場所でミスリル鉱脈を見付けた。青みがかった銀色の粒が輝く鉱石を見付けた時は、ホッとする。


 俺と伊丹がミスリル鉱石を掘り出し、薫が鉱石を魔導バッグに入れる作業を三時間ほど続けた。その御蔭で必要なミスリルを確保した俺たちは、坑道を戻り縦穴を登ると最初の分岐点に戻る。


「ここを右に行けば、ミュリオン結晶の鉱脈が本当に有るのかな?」

 薫が声を上げた。

「そうだと聞いている。確かめるには行ってみるしかないんだけど」

「だったら、行こうではござらんか」


 俺たちはミュリオン結晶の鉱脈を発見した。青白く輝くミュリオン結晶は魔光石と同じような形をしていたが、魔光石のように光を発してはいない。どちらかと言えば金属結晶のような感じだ。


「心配したけど、案外簡単に手に入ったな」

 俺は大量のミュリオン結晶を採取しながら薫に話し掛けた。

「ふふふ……幸運の女神が付いているからね」

「幸運の女神ではなく、戦女神の間違いなのではござらんか」


 珍しく伊丹がツッコミを入れる。それを聞いた薫が不満そうな顔をする。

 俺は薫を宥める。

「俺はカオルを、幸運の女神だと思っているぞ」


 本心からの言葉だ。彼女が居なければ、こんな成功を収められなかったと思っているからだ。薫が照れたような顔をする。


 ミュリオン結晶を採掘し、帰路に就いた。

 迷宮都市に戻った俺たちは、ミスリル鉱石をカリス親方とドルジ親方に渡す。これで高速空巡艇の製造が順調に進むだろう。


 薫は魔力通信波送信機の開発に取り掛かった。設計は日本で終わらせているのだが、製造過程で思ってもみない問題が発生するものだ。


 今回もミュリオン結晶の加工が難しいという事が判った。結晶自体が頑丈で普通工具では歯が立たないのだ。俺は真龍クラムナーガの頭部を保管している倉庫へ行き、牙を一本回収した。


 その牙を素材にミュリオン結晶の加工用工具を作製した。それで漸くミュリオン結晶の加工が可能となり、開発が進んだ。


 魔力通信波送信機は精密な機械で、俺と薫が協力しても一台作製するのに五日掛かった。薫は学校があるので、次からは協力出来ないだろう。そうなると製作に一〇日掛かる計算になる。

 製造の分業化を考慮しても、月に五、六台が限界である。


「販売する優先順位が問題になりそうでござるな」

 単純に一国に一台ずつ販売しても、必要量を生産するのに何ヶ月、何年も掛かりそうだ。それに高速空巡艇のような輸送手段を持たない国は苦労しそうである。


 俺たちは魔力通信波送信機を試す為に、山崎さんが管理する転移門まで飛び。転移門に近付いて『再稼動せよ』という信号を送った。


 転移門の内部で、何かが作動する魔力を感知した。だが、これだけでは本当に転移門が再稼動するのか分からない。次のミッシングタイムの時に実際に試す事になるだろう。


「なあ、本当にこれだけで大丈夫なのか?」

 山崎さんが不安そうな顔で転移門を見ている。俺たちが転移門を再稼動させると聞いて、一緒に付いて来たのだ。


「理論上は大丈夫なはずです。駄目だった時は再調査するしかありません」

 薫が冷静な声で告げた。山崎さんは頷くが、不安そうな顔は元に戻らなかった。

 俺と薫は次のミッシングタイムで日本に戻った。


 JTG支部に行くと東條管理官が待ち構えていた。

「成功だ。山崎の所の転移門が稼動した」

 俺と薫はニコリと笑い、ハイタッチする。


「喜んでばかりはいられないぞ。アメリカとロシアが中央塔に侵入を試みたが、失敗したそうだ」

 二三階建ての中央塔には二〇階部分に大きな穴が開いていた。高速空巡艇を使って、そこから侵入した探索部隊は最上階に向かったが、内部には戦争蟻の中でも上位種の将校蟻や将軍蟻が巣食っていて、激戦となったらしい。


 何とか最上階に辿り着き、制御室だと思われる部屋まで入ったが、そこに将軍蟻が居て撃退されたそうだ。撤退を決意した探索部隊は、途中将校蟻に襲われながらも脱出する。だが。脱出出来たのは三人だけという結果だった。


「どうやら、塔を破壊するような強力な魔法が使えず、撃退されたらしい」

 中央塔を破壊すれば送信施設も駄目になるかもしれない。そこを考慮しての探索部隊だったが、巨大蟻の群れに飲み込まれ撤退を余儀なくされたようだ。


「そうなると……俺たちが開発した送信機が益々重要になってきますね」

「そうだな。山崎の所の転移門が使えるようになった件は、政府にも連絡が入っているだろう。きっと政府は詳細な報告を欲しがる。頼んだぞ」


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