第390話 ミスリル鉱山

 俺たちはロロスタル山脈近くまで飛んで、地上に下りた。鉱山の入り口が上空からでは見付からない位置にあるからだ。


 装備を改造型飛行バギーから降ろし、各々が背負う。改造型飛行バギーは<圧縮結界>を使って、片手で持てるほどに小さくし、巨木の枝に隠した。


「鉱山の入り口まで、飛んで行けると思っていたんだけど」

 薫が愚痴る。俺は笑って返事をする。

「山麓にある入り口は、樹木に覆われていて上からじゃ見付からないって、言われたんだ」

 鉱山関係者からの情報なので正確である。


「それに、着地した途端、トロールに襲われたというのは、勘弁でござる」

 伊丹が周囲を見回しながら言った。着地した一〇メートル四方は草地だが、周囲は巨木に覆われている。樹齢が一〇〇〇年を超え、直径が三メートル以上の木ばかりだ。


 巨木の間を慎重に進みながら、鉱山のあるメルテス山へ向かう。この辺にはトロールの他に昆虫系の魔物が棲息しているようだ。


 特に大将蟷螂は足軽蟷螂の三倍ほど大きな巨大蟷螂で注意すべきだと聞いている。その鎌は人間なら一振りで真っ二つにするほどの威力が有るそうだ。


 一〇分ほど歩いた頃、俺の<魔力感知>に魔物が引っ掛かった。遭遇したのは巨大な蟷螂である。全長五メートルほどある蟷螂は、恐竜に遭遇したような迫力が有る。


「あいつの鎌には気を付けて!」

「了解でござる」

「判った」

 俺の警告に、伊丹と薫が答えた。


 大将蟷螂が先手必勝とばかりに巨大な鎌を袈裟懸けに振り下ろす。薫と伊丹はサイドステップで躱し、俺は結界を張って受け止めた。


 結界に当たった鎌は撥ね返され、巨大蟷螂がバランスを崩す。それをチャンスと見た伊丹が、豪竜刀で胸と腹の境目を切り裂いた。


 同時に、薫が<豪風刃>を放っていた。巨大な風の刃は蟷螂の胸を切り裂く。どちらが致命傷になったのかは不明だが、大将蟷螂は体液を吹き出しながら地面に倒れた。


 昆虫系魔物の中でも強敵だと言われる大将蟷螂だが、俺たちにとってさほどの難敵ではなかった。その後、次々に昆虫系魔物が現れたが、鎧袖一触という勢いで撃退しながら進んだ。


「これじゃあ、肩慣らしにもならない」

 薫が大口を叩く。伊丹がジロリと薫を睨む。薫はビクッとして。

「じょ、冗談です。油断なんかしてないですよ」


「それなら、良いのでござるが」

 戦いになると伊丹は厳しかった。

「そろそろ鉱山の入り口じゃないの?」


 薫の問い掛けに、俺は頷く。次の瞬間、三人が動きを止めた。大勢の魔物の気配を感じたのだ。少し先にトロールの集団が食事をしていた。


 獲物は一〇メートルの長さがある巨大な蛇だ。トロールが持つ丸太のような棍棒で頭を潰されている。三メートルを超えるトロールたちが輪になって蛇の肉を食べている姿は、ここが異世界の地なのだと感じさせる。


「どうする。トロールが九体もいる?」

「ここは奇襲でござろう。拙者とミコト殿が<地槍陣>を放ち、生き残ったトロールを三人で……」

 伊丹の案に俺と薫は賛成した。


 俺は伊丹と呼吸を合わせて、<地槍陣>を放った。突然、地面から数十本もある石の槍が突き出され、トロールの体を突き刺した。


 凄まじい苦痛の叫び声が森の中に響き渡る。串刺しにされたトロールが地面でのた打ち回っている中、無傷だった三体のトロールが俺たちを見付け、戦いの雄叫びを上げた。


 その雄叫びは俺たちの鼓膜を打ちのめす。思わず耳を押さえた。伊丹と薫も同じだ。

「クッ……これもトロールの武器の一つなのでござるか?」

「そうかも。耳がキンキンする」


「そんな訳ないでしょ。ただの大声よ」

 各々が一体ずつトロールを引き受ける事にした。俺は絶烈鉈を右手に持ち、左端のトロールに向けて走り出す。そのトロールが棍棒を振り上げ威嚇してきた。


 巨人の威嚇は、他の魔物とは少し違う迫力がある。トロール独自の言語で叫んでいるので威嚇の叫びにも意味が有るようなのだ。


 棍棒が振り下ろされ、俺はトロールの死角に入り込むようにして懐に飛び込んだ。後ろで棍棒が地面を叩くドガッという爆発音のような音がした。


 絶烈鉈の刃をトロールの左足に叩き込んだ。その足から血が吹き出し、トロールが片膝を突く。俺は跳び上がって巨人の首に絶烈鉈を叩き込もうとした。


 跳び上がった分だけ攻撃を放つまでの時間が掛かり、トロールが棍棒を持ち上げ防ぐ時間を与えてしまう。


 絶烈鉈の刃が棍棒にガキッと食い込み受け止められた。絶烈鉈は普通の素材で受け止めきれるようなものではない。棍棒を観察すると何かの牙か角を加工したものらしい。


「これは魔物の素材を加工した棍棒か。高価な武器を使っているな」

 棍棒を売れば金貨数十枚にはなりそうである。


 俺はトロールの攻撃を躱しながら、反対側に回り込み右足を斬り付けた。トロールが倒れ、その首を絶烈鉈で刎ねる。


 伊丹はすでにトロールを仕留め、薫が戦っている様子を見守っていた。薫はトロールの攻撃をステップで躱しながら、絶牙グレイブでダメージを与えている。だが、最後の止めは得意の魔法だった。<豪風刃>を放ちトロールの胸を大きく切り裂く。


「剥ぎ取ってから、坑道に入ろう」

 俺たちはトロールから魔晶管を剥ぎ取り、落ちていた棍棒も拾うと魔導バッグに仕舞い、坑道の入り口に向かう。途中、連続で四体のトロールと遭遇したが、単体だったので難なく仕留めた。


 坑道の入り口は背の高い樹に囲まれた場所にあった。入り口の広さは幅三メートル、高さ二メートルほど。俺たちは<冷光>の魔法で明かりを用意してから中に入る。

 坑道の内部は木材で補強されており、崩れる危険はなさそうだ。


「ミスリルの採掘を最後に行ったのは、どれほど前なのでござる?」

「鉱山関係者に聞いたんだけど、二年前から採掘してないようだ」

「ガスが溜まっている危険が有るのでがござらんか?」


 俺は首を振った。ガスの危険はないと調査の結果で判っていた。その代りに水が溜まっている可能性があると聞いていた。その事を伊丹と薫に伝える。


「ミュリオン結晶の鉱脈が水に浸かっていないといいけど」

「そうだな。その場合は揚水ポンプを用意して出直さないと駄目だ」


 俺たちは斜面を進み、二股に分かれている分岐点に来た。

「ここを左の坑道に行けば、ミスリル鉱脈に辿り着く」

「ミュリオン結晶の鉱脈は?」

 薫の質問に、俺は反対側の坑道を指差した。


「今回はミスリルとミュリオン結晶の両方を採掘するんでしょ」

「その通り。ミスリルを先に手に入れる予定でござる」


 グレーアウル型高速空巡艇の製造で、ミスリル不足が問題になっていた。そこで危険は増すが、ミスリルの採掘も行う事にしたのだ。

 俺たちは左の坑道へと進んだ。


 二〇分ほど歩いた頃、縦穴に辿り着いた。ここから下に下りるらしい。直径二メートルほどの縦穴には汚れて古そうに見えるハシゴが備え付けられていた。


「ここを下りるの?」

 薫が不安そうに確認した。

「そうみたいだね。先に俺が下りるよ」


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