第389話 帰還計画2

 マナ研開発の研究室で、俺は薫と話し合っていた。

「ミコト、転移門の件だけど」

 薫が真剣な顔をしている。

「解決策が見付かったのか?」


「方法は一つだけ、転移門に『再稼動せよ』という信号を送って、再稼動させるだけよ」

「まだ見付かっていない送信施設を探して、という意味か?」


「そうね。それが一番だけど……小出力の送信機を作って、転移門を一基ずつ稼動させる事も可能よ」

「信号は判っているのか?」

「政府のスーパーコンピューターを借りて、割り出しているところ」


「何だ、解決済みなんだ」

「全部解決済みじゃない。魔力通信波を出す為に、特別な素材が必要なの」

「まさか、竜の角とか言うんじゃないよな」


「魔物の素材じゃないけど、転移門のアンテナ部分には小さなミュリオン結晶が使われていた。送信機には大きな結晶が必要なの」


 ミュリオン結晶は、魔光石と同じ魔粒子が結晶化したものだが、この結晶にはミスリルの粒子も含まれており、魔力通信波の送受信には必要な素材だった。


「ミュリオン結晶? 何処かで聞いたな」

「ロロスタル山脈のミスリル鉱山に産出する結晶よ」

「ああ、トロールが住み着いている山近くに在る鉱山か」


「トロールを蹴散らして、ミュリオン結晶を手に入れられる自信は有る?」

 トロールも一体、二体なら問題なく倒せるが、群れで来られると撃退するのが難しくなる。

「群れで来られると苦労しそうだ」


「だったら、送信施設を探す? 一番の候補は、蟻塚山脈近くにある中央塔という事になるけど」

 意地悪な選択肢だった。蟻塚山脈には何万もの戦争蟻が居るのだ。生きて帰れる確率は極めて低い。


「それはゾッとする。核爆弾並みの威力が有る魔法じゃないと、何万もの戦争蟻なんて撃退出来ないだろ」

 薫は少し小首を傾げる。


「大国なら、突撃しそうで怖いのよね」

 この時、薫は冗談で言ったが、本気で中央塔を狙っている大国があった。アメリカとロシアである。


 もちろん、核爆弾並みの威力が有る魔法など持っていないので、まずスパイ映画のような高度な訓練を積んだ少数精鋭の軍人を密かに中央塔に忍び込ませ、本当に送信施設かを確認しようと計画していた。

 この二国は共同作戦を計画し、蟻塚山脈の偵察や準備に二ヶ月を費やしている。


 一方、俺たちはミスリル鉱山に潜り、ミスリル鉱石とミュリオン結晶を採掘する計画を立てた。この計画は政府にも報告し承認を得る。


 この時期、趙悠館には政府関係者や自衛官が多数滞在しており、薫が隠れて異世界に行くというのは難しかった。そこで魔力通信波送信機を作るという目的で、薫の異世界行きの許可を取ったのだ。


 俺と薫は四人の自衛官と一緒に異世界へと転移し、明るくなるのを待って迷宮都市へと向かう。

「君はマナ研開発の関係者なんだろ?」

 自衛官の一人が薫に尋ねた。


「ええ、今回は転移門の研究調査に関連して来ています」

 薫が答えると、その自衛官は意外だという顔をする。

 関係者とだけ聞いていたので、社員の家族だと思っていたようだ。


 ある新聞社がアンケート調査を行い、マナ研開発は今後成長すると思われる企業ランキングで一位となっている。そんな企業の研究者には見えなかったのだろう。


 趙悠館に到着し、薫はルキたちとの再会を喜んだ。

「カオルお姉ちゃん。ルキね、幻獣召喚ができるようににゃったんらよ」

「へえー、それは凄いわ。ルキちゃん、偉い」


 薫はルキを抱きしめた。日本に居る時より生き生きしている薫を見て、俺は嬉しくなった。そして、早めにアンテナ処理をする事に決めた自分を誇らしく思う。


 薫は趙悠館の中で、意外な人物を見付けて驚いた。

「クロエさん、こんな所に居ていいの」

 クロエは慌てた様子を見せる。

「駄目です、カオル。ここではミサキと呼んで下さい」


 クロエは歌手として成功しても、案内人助手としての立場を手放さなかった。案内人助手としての名前をミサキに変え、芸能活動を時々休んで迷宮都市に来ている。


 迷宮都市が好きになったというのも理由の一つらしいが、伊丹の存在が大きいのではないかと俺は思っている。


 その証拠に、伊丹と一緒に居る時のクロエが一番幸せそうだった。

 ただ、事務所にはここでないと作詞作曲が出来ないと無理を言っているらしく、事務所の前田社長はスケジュール調整で苦労しているようだ。


 迷宮都市に居る時のクロエは、ハンターらしい殺伐とした服装をし、化粧を一切していない。その御蔭で依頼人たちには、クロエだとバレていない。


 テレビやコンサートホールで着飾って歌っているクロエと迷宮都市での姿が結びつかないようだ。


 俺たちはミスリル鉱山へ行く準備を始めた。

 薫は伊丹から実戦の勘を取り戻す為に訓練を受け、研究生活でなまった身体の調子を取り戻す努力をする。

 そして、俺はハンターギルドや鉱山関係者から、ミスリル鉱山の情報を入手した。



 俺、薫、伊丹の三人は、ロロスタル山脈のミスリル鉱山に向け出発した。

 俺たちは改造型飛行バギーに乗って迷宮都市を出ると北に向かう。何故、旧型のバギーかと言うと、グレーアウルは自衛隊に貸し出しているからだ。


 自衛隊はアジア諸国に協力し、異世界に居残っている人々に状況を説明して廻っているらしい。


 但し、日本のように帰還計画は立てていないようだ。稼動している転移門までの距離が遠く、グレーアウルの輸送能力では帰還計画など立てられなかったのだ。


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