第388話 帰還計画

 異世界の各地でオークが敗退した結果、オーク帝国の青鱗帝は危機感を覚えた。また人間どもがオークの領域に侵入して来るのではないかと不安になったのだ。


 青鱗帝は敵が自分たちの世界とは異なる所から転移門を使って来ているのを承知している。

「決死隊を編成せよ。もう一度、中央塔を攻略する」

 強い決意を秘めた声で、配下に命じた。


 数日後、オークの決死隊は中央塔の周囲をうろつく戦争蟻を蹴散らし中央塔に突入した。最上階にある制御室へ辿り着いたのは一割にも満たず、兵士たちに守られていた技師が巨大な送信装置から、各地の転移門へ魔力通信波を送る。

 魔力通信波の内容は『転移門を休止状態にせよ』というものである。


 同じ頃、案内人の山崎が依頼人を連れて転移門に来ていた。依頼人三人と山崎は転移門を見詰めながらジッと待つ。だが、いくら待っても転移門は起動しなかった。


「どうなってるんだ。時間の計算を間違えたんじゃないか?」

 依頼人の一人が山崎に確認した。


 こんな事は案内人になって初めての事だった。焦りの表情を浮かべた山崎は外に出て、二つの月に視線を向ける。二つの月スカルとマリが重なり、離れて行く所だった。


「……おかしい。何かが起きている」

 山崎は転移門の所へ戻った。転移の兆しは現れていない。その夜、山崎たちは一晩中待つ。だが、転移門が稼動する事はなかった。


 世界各地で転移門が起動しなくなった。その事実は各国政府に報告され、調査が開始される。


 そして、少数だが稼動した転移門があった事が報告される。稼動した転移門は、日本とイギリスの転移門だった。マナ研開発が提案したアンテナ処理をした転移門である。


 世界各地で大騒ぎとなった。異世界に取り残された依頼人の家族が騒ぎ出し、各国政府に何とかしてくれと訴え、マスコミはオークとの戦いと関係があるのではないかと指摘した。


 各国政府の首脳は、日本のマナ研開発から報告があった送信施設の情報を思い出す。アメリカのマグナム大統領は、アンダーソン補佐官を呼び出した。


「日本とイギリスの転移門に稼動しているものがあるらしい。確認したか?」

「はい、間違いありません。アンテナを処理した転移門は今まで通り稼動しています」

 マグナム大統領は渋い顔をする。


「クッ、判断を誤ったか。イギリスと同じように幾つかの転移門を処理していれば……」

「大統領、どうなさいますか?」

「まずは、クラダダ要塞駐屯地と連絡を取る。日本に協力を要請しろ」

「分かりました」


 一方、日本の三田総理は、報告を受け頭を抱えていた。

「それで、稼動する転移門は何基なのだ?」

 下園補佐官が書類をめくり確認して答える。


「六基です」

「少ないな……異世界に取り残されている人数は?」

「五二二名になります」

「……稼動している六基を使って帰還させるにしても、時間が掛かりそうだな。帰還計画を立てさせてくれ」


「分かりました。その前に居残っている人々に、帰還計画がある事を知らせなければなりません」

 居残っている人々が、パニックを起こさないように帰還する方法が残っている事を知らせなければならない。


「例の高速空巡艇が使えるのだろ」

「はい、自衛隊が二機、案内人が一機を運用しています。その三機を利用して帰還計画を立てます」

 三田総理は、民間人の帰還に目処が立ちそうなのでホッとした。


「問題は、どうやって転移門を再稼動させるかです」

 下園補佐官が問題を指摘すると、三田総理は心底困ったという顔をする。


「何か、案は有るのかね?」

「転移門の専門家と言えば、マナ研開発でしょう。あの会社に頼むしかないと思います」

 三田総理が静かに頷く。


「そうだな。マナ研開発に、転移門を再稼動させる方法を探し出すように依頼してくれ」

 下園補佐官はすぐにマナ研開発に連絡し、三田総理からの依頼を伝えた。


 そこに、アメリカから連絡が入った。

 マグナム大統領からの協力要請である。日本だけでも大変なのにと思いながら、出来るだけ協力すると約束。


「総理、そんな余裕は……」

「判っている。だが、同盟国の頼みだ。可能な事は協力する」


 日本とイギリスは対策を取り始めたが、他の諸国は何の対策も取れない状況だった。転移門が起動しない件が発見されて、数日後。次のミッシングタイム。


 俺は日本に戻って来た。戻る予定だった三人の依頼人と一緒である。JTG支部では、東條管理官が待っていた。俺の顔を見た東條管理官が盛大に溜息を吐く。


「何です。その溜息は?」

「お前の言う通りだ。アンテナの処理はしておくべきだった」

 俺は支部に来る途中、転移門の件を聞いていた。


「遅いですよ。それでどうするんです?」

「稼動している転移門を使って、異世界の依頼人を日本に戻す」

 それから二ヶ月間、俺たちは帰還計画に協力する。


 最初に山崎さんが運営しているクノーバル王国の魔導練館へ飛んだ。同行したのは伊丹だけである。俺たちが魔導練館へ辿り着いた時には、青褪めた表情の依頼人たちが庭で山崎さんを取り囲んでいた。


「案内人だろ。何とかしてくれ」

「判っています。ですが、状況がはっきりするまで少し待って下さい」

「いつまでだ。いつまで待っていればいいんだ?」

 その質問に山崎さんも答えられず、困りきった顔をする。


「山崎殿」

 伊丹が声を掛けると、山崎さんがハッと振り向いた。

「ミコト君と伊丹さんか。何が起きているか知っているか?」


 俺は転移門について説明し、自分が管理する転移門は正常に稼動している事を教えた。


「政府の奴らめ……重要な情報を隠してやがったな!」

 山崎さんは怒りの声を上げた。依頼人たちも帰れると判ったので、先程のように騒がなくなったが、帰還計画の詳細を求めた。


 俺は知っている限りの事を教えたが、対応が遅いと不満気である。それから政府の帰還計画について説明する為に各地を廻った。


 帰還計画が存在する事を知ると依頼人と案内人は落ち着きを取り戻した。中には政府やJTGを訴えてやると息巻く人も居たが放置する。


 帰還計画が始まり、政府が決めた優先順に従い異世界の各地に取り残された依頼人をグレーアウルで運び、稼動している転移門を使って帰還させた。


 二ヶ月が経過し、依頼人の全てを日本に返した頃、俺も久しぶりに日本に戻った。

 マナ研開発では、休止状態になっている転移門を再び稼動させるにはどうすればいいか、薫を中心に研究を始めている。その御蔭で、黒翼衛星プロジェクトに遅れが出たが、仕方ないと諦めていた。


 日本とイギリスが帰還計画を実施している最中、中国やロシア、ヨーロッパ各国からグレーアウルの同型機が欲しいと注文が殺到する。


 だが、それだけの注文に応えるだけの生産能力はなく、カリス親方とドルジ親方に無理を言って、月に一機程度を引き渡すのが精一杯だった。


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