エピローグ
事件から一年。
それはつまりアルと僕が籍を入れてから、ちょうど一年ということでもある。
世間での騒動もようやく落ち着き、僕達事件関係者も少しずつ以前と変わらない日常に戻り始めていた。
書斎の窓の外に目をやれば、散歩日和のいい陽気だ。少し息抜きにでも行こうかと大きく伸びをする。
もうあくせく働く必要もないのだが、趣味としてクラシック音楽と推理小説は精力的に布教し続けている。
おかげで影響を受けた新人達が続々と参入してきて、特に推理小説では、結末の分からない新作を読める楽しみが増えてきた。
アルは仕事に行っているので、自宅には僕一人だ。いや、もう一人、メイド服を着た執事クマ君もいる。
とても平和だ。
僕がチェンジリングだったり大富豪だったり人気作家だったりという属性を除けば、僕達はどこにでもいるごく普通の若い夫婦として、マイホームで平凡な生活を送っている。
「おでかけですか?」
クマ君が癒される可愛い声で話しかけてくる。
「ええ、ちょっと散歩に」
答えた僕に、クマ君からピピピと警告音が聞こえた。
「おっと、その前にひと仕事ですね」
「はい、情報を送ります」
クマ君が僕と共有した情報を空中スクリーンに出す。
「本当に、ゴキブリのように次々に湧いて出ますね。まあ、全部叩き潰しますが」
内容を確認しながら、軽く肩をすくめる。
僕は自宅のクマ君を司令塔として、機動城殺人事件について世に出回るあらゆる情報を常時精査させ、時に都合のいいように書き換える情報操作を絶えず行わせている。
情報網に、また一人の害虫が引っかかった。名前はジャン・バロー。経歴を見ると、炎上目的であることないこと大袈裟に書き立てて、注目を浴びたがる類の悪質な自称ジャーナリストだ。
世間で下火になり始めた機動城殺人事件をターゲットに定め、荒唐無稽な物語をぶち上げて再び煽ろうとしている。しかもその内容は、でたらめでありながら所々真相に抵触するものだった。なにしろ今まとめかけている記事のタイトルからして『闇に消えたと思われたチェンジリングの王の遺産は、実は生還者Aに受け継がれていた!!』というどこの都市伝説かとツッコみたくなるような代物だ。そのAに誰を当てはめるかはまだ検討中のようだが、放っておくわけにはいかない。
彼の現在地は――一番有名人である僕を嗅ぎ回るため、ちょうどこの町に滞在中だった。これならわざわざ転移で誘拐や侵入などするまでもなさそうだ。不必要な魔法は無理に使わないに越したことはない。アルに任せるとしよう。
「バローの持つ情報の消去と改竄は、アルの仕事の直後がいいでしょう。それまでは不測の事態にすぐ対応できるよう常に監視を。不都合な情報の拡散は、どこまでも手繰って徹底的に潰してください」
「了解です」
すぐさま彼の個人情報を、どこにも痕跡を残さないようにアルの端末に転送する。
あとはアルが、バローに軽く触れるだけで任務完了だ。必要なら職質をかけたっていい。
余談だが、新婚の愛妻を付け狙うパパラッチへのアルの私情の混じった厳しめ対応は、職場でも密かに知れ渡り、生温かい失笑を誘っているらしい。
「これでアルが帰宅するまでには、機動城関連への関心はバローからきれいさっぱり消えていることでしょう。では、いってきます」
「いってらっしゃい」
クマ君に見送られ、マイホームから行き先も決めず歩き出す。背中まで伸びた赤い髪を、風になびかせて。
「ああ、平和だ」
顔を合わせたご近所さんに挨拶をしながら、幸福な気分に浸る。
あれほど焦がれた暖かいひと時が、今や当たり前の日常だ。この生活を守るためなら、世界の全てをも欺こう。それだけの力なら持っている。
僕達はこの先も何事もなく、平穏で幸せな日々を生きていく。“罪”と“闇に消えた遺産”という秘密を、二人で抱えながら。
――――完――――
異世界転移殺人事件 寿利真 @yukieboshi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます