1.ある夏の昼下がり



一歩外に踏み出すと、そこは灼熱の世界だった。

いったいいつから日本は熱帯の仲間入りを果たしたというのだろう。陰から少しでもはみ出そうものなら、太陽が容赦なく皮膚を焦がしにかかる。

これは、せめて日焼け止めを塗ってくるべきだったか。別に焼けること自体は構わないのだが、火傷のようになってヒリヒリと痛むのはごめんだった。


せっかく外に出たのだから再び家に引き返すのも面倒臭く、俺は日陰を選ぶようにしてひょこひょこ歩き始めた。

何となく、体が覚えていたのか小学校の通学路を進む。

懐かしさを感じながら歩いていくと、ゆっくり歩いていたにも関わらず思っていたよりあっという間に小学校に到着してしまった。家から小学校までは、こんなに近かっただろうか。

卒業してから小学校に来るのは実に5年ぶりだが、記憶の中の自分はいつも黒く重いランドセルを背負って顔を真っ赤にしながらこの道を歩いていたはずだった。


ふと、小学校のマラソン大会のことを思い出した。低学年、中学年は小学校の校庭や周辺を何周か走るのだが、高学年になると学校近くの池の周りがマラソンコースになるのだ。


そうだ、あの池に行こう。


道はうろ覚えだが、きっとどうにかなるだろう。けっこう大きかったし、標識なんかもでているかもしれない。

学校の門から離れ、再び歩き出す。学校のすぐ横を通る道路を歩いているから、グラウンドや体育館が見えた。

俺は、大縄跳びが嫌いだった。運動神経自体は可もなく不可もなく、だと自負しているが、集団競技はどうにも苦手だ。特に大縄跳びは、回転扉を通る時のような緊張感がある。

ああ、後ろの人を待たせてしまう、けど、挟まれたら、自分が流れをとめてしまたらどうしよう、と。


ぼんやりと過去を回想しながら歩いていると、住宅街に差し掛かった。家の前に植えられた草木を眺めながら、さらに歩く。

いくら日陰を選んで歩いているとはいえ、いい加減暑くなってきた。

背中を汗が伝い、髪が額に張り付く。引き返してしまおうかとも思ったが、せめて、池までは行こうと思いなおした。


さらに少し歩くと、ようやく池に辿り着いた。周りは舗装された遊歩道になっており、案内板には一周約2.5キロと書いてあった。

人が一時間に歩く距離は約4キロだという。すると、一周にかかるのは30分オーバーといった所か。

池までは辿り着けたし、酷く汗をかいている。喉も乾いてきたので、自動販売機を探しながら引き返すことにした。

背中を流れていた汗が、シャツを張り付かせて気持ち悪い。こんなに汗を流したのも、随分久しぶりのことだ。


小学校の近くまで戻ってきたところで、ようやく自動販売機を見つけた。日本は少し歩けば自動販売機が設置されているというが、いざ必要となると存外ないものだと実感する。

尻ポケットの財布から硬貨を取り出して、ペットボトルの麦茶を買った。


ペットボトルの表面もすぐに汗をかき、水滴まみれになる。ひんやりと冷たく、首筋にあてると冷えた水滴が首を伝って気持ちよかった。

キャップを外し、お茶を飲む。冷たい液体が食道を落ちてゆく感覚が気持ちよく、体の隅々まで染みわたっていくようだった。


星の王子さまに出てくる、井戸の水。それは体が欲しているものではなく、心にいい水だった。

そんな感じの文があったと記憶しているが、この麦茶はまさしくそれだった。


一息で半分ほどに減ってしまったペットボトルを片手にぶら下げながら、俺は凪いだ気持ちで家路についた。



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