プラネット・リベンジ

ちびまるフォイ

お前にやる栄養素ねーから!!

「なあ、新しいラーメン店が出来たみたいなんだよ。一緒に行こうぜ」


「いや行かない。ラーメンなんて食べたら栄養バランス崩れるから」


「栄養バランスって……そこまで気にすることか?」


「健康な身体を維持するために必要な栄養素を取るには、

 結構な量を食べなくちゃいけない。ラーメンを差し挟む余地なんかないんだよ」


「……お前、そのうち健康食品とか手を出しそうだな」


「ああいうのは嘘の表記が多いから信用してない。手を出すものか」

「そういう話じゃなくって」


友達からのラーメンの誘いを断り、家に帰った。

事前に栄養バランスを考慮した献立を料理して作る。

栄養が損なわれないように調理方法や調理時間も厳密に計測する。


「いただきます」


栄養素を必要量吸収できるように食事を進める。

料理を食べ終わったら今度は食後の栄養素チェック。


栄養計を体に当てて、ちゃんと栄養素を摂取できたか確認する。


「……あれ。ビタミンCが少ない。おかしいな。

 ちゃんと規定量取っていたはずなのに」


机上での栄養摂取量と、実際に摂取できた栄養に差が出ることがある。

その場合は次の食事で足りない部分を補えばいい。


次回の食事をもっとも吸収率のいい時間に終える。

ふたたび栄養計で自分の栄養素を確認した。


「どういうことだ。ビタミンCどころか

 今度はビタミンBやAまで足りなくなってるじゃないか!」


事前に計算した栄養摂取量とは程遠い。


「こんなことありえない……調理方法で栄養が落ちたか?

 いや、調理が問題だったらもっと前から同じ状態になってた。

 どうして今急に栄養が足りなくなってるんだ……」


原因を調べるため栄養計を野菜に当ててみた。

栄養計に示された数値は野菜本来に含まれる栄養を大きく下回っていた。


「なっ……この野菜、栄養がスカスカじゃないか!

 今までちゃんと栄養素含まれていたのに!」


急に栄養素が含まれない野菜に差し替わっていた。

怒りのあまり契約農家に文句をつけてやろうと突撃した。


「おい! ここの野菜、栄養が全然足りてないじゃないか!

 これじゃ食べたところで意味はない! どうなってる!」


「ええ……そうなんですよ……私どもにも原因がわからなくって」


「はあ!? お前がなにか栄養素を抜いてるとかじゃないのか」


「なんでそんなことするんですか。意味がないでしょう」


農家は頭を抱えていた。

てっきり室の悪い野菜を出荷しているのかと思っていた。

畑の野菜に栄養計を当てるとどれも同じ数値だった。


「どれも全然栄養が足りてないじゃないか……!」


「天候不順でもないし、手法も変えていない。

 なのにどういうわけか栄養が失われているんですよ」


「そんなことありえるのか!? 今までと同じことをしていたんだろう!?」


「そうですけど……これは植物の怒りなのかもしれません……」


「怒り?」


「我々人間は植物に対して都合のいいように品種改良してきたじゃないですか」


「まさか、それで植物が人間に対する反逆として

 栄養を生成させなくしているってことか?」


「だってそうとしか考えられないんですよ。

 いくら栄養を入れても蓄積されないんですから!」


「そんな馬鹿な……」


農家の話はまるで信じられなかったが、

栄養失調で倒れる人がどんどん増えていくにつれ怖くなっていった。


「これが野菜からの報復なのか……?」


ビタミン剤やサプリメントは高騰しあっという間に消え去った。

栄養難民がそこかしこに溢れてわずかな栄養を食事量で補おうと暴食が繰り返される。

いくら食べても栄養は補給されない。


『みなさん! 諦めないでください!

 栄養研究機関が高栄養の植物を新生させました!

 これで栄養不足からは解消されますよ!!』


食事で栄養を補充することに限界を感じた人間たちは、

人工的に「多量の栄養だけを作る植物」を遺伝子操作で作り上げた。


そこから栄養だけを抽出して人間側に与えるというものだった。

ただ、長くは続かずに人工植物も栄養素を作らなくなってしまった。


「なんでだ! 生育環境も水も光も十分なはずだ!

 どうして栄養を生成しない!?」


こうなると、植物からの人間への復讐としか思えなかった。

さらに悪いことに人工植物の研究を進めるほど、

なぜか畑にある植物はますます栄養素を作らなくなってしまう。


「だ……ダメだ……力が入らない……」


自分の体はだんだんと力が抜けていく。

ケガはな治りにくくなり、髪は抜けてゆく。


これだけ弱った状態で風邪を引けば致命的だ。

ごく普通の風邪で命を落としかねない。


「とにかく……病院へ行こう……なんとかしてくれるはずだ……」


這うように病院までたどり着いたが、

待合室には栄養失調の人たちでずらりと列が出来ていた。


栄養が足りていないのかみな顔色が悪く元気がない。

皮膚に変なぼつぼつができている人もいる。


「うそだろ……こんなにいるのか……」


今すぐこのダルさを治してほしいのに、

病室に通されたのはそれから12時間後だった。


「お願いです。この栄養失調をなんとかしてください。

 注射でも薬でもなんでもいいんです! 栄養を入れてください!」


「そのおおもとの栄養素が手に入らなくて困ってるんですよ……。

 植物が人間に対して栄養ボイコットしていますから……」


栄養失調になっている医者に栄養失調を相談するという異常な構図。

それでも解決策はどこにもない。


「それじゃ私はこのまま衰弱して死ぬしかないんですか!?」


「栄養を供給する方法はあります……」


「あるなら先に言ってください。声を出すのもしんどいんですから!」


「それはお互い様ですよ。こちらへ来てください」


医者はヨロヨロと立ち上がると、奥へと案内した。

カーテンを開けると病室のベッドに寝かされた人間がいた。


その体にはいくつもの植物が植わっている。


「こ、これは……!?」


「見ての通りですよ。人間に植物を植え付けて、

 栄養を植物から供給してもらっているんです」


共生関係といえば聞こえがいいが、

横たわる人間はどう見ても元気には見えない。

天井の一点を見つめて、口を開けている。


「意識はあるんですか……?」


「……さあ。なにせ声をかけても反応がないもので。

 でもこの肌のハリツヤを見てください。健康的でしょう?

 ちゃんと植物から栄養が供給されている証拠です」


「このどこが健康的なんですか!?

 植物に体の主導権を握られてしまって

 人間らしさを失っているじゃないですか!」


「あなたのいう人間らしさってなんですか。

 この人達は植物に寄生されながらも必死に生きている。

 それのどこが人間らしくないと?」


「人"たち"って……」


他の場所を見てみると、同じように植物の苗床となった人間が並んでいた。

足りない栄養が補給できて体は健康的に見えるが、全員が人形のようになっている。


「こんなの……人間じゃない……。

 人間を植木鉢にしているだけじゃないか……」


ぐらりと気分が悪くなり、床に倒れ込んでしまう。

意識はあって体を動かそうとするのに力が入らない。


慌てて駆け寄った医者がすぐに声をかける。


「大丈夫ですか!?」


「力が……もう立ち上がれない……呼吸するのも……疲れて……」


「あなたは栄養が足りなくなりすぎているんです。

 このままでは体を動かすだけの栄養がなくなりますよ!」


「でも……」


「あなたは死にたいんですか!?」


残された選択肢なんてなかった。

植物との共生を受け入れることにした。


ベッドに寝かされると、医者は植物を取りに向かった。

戻ってきた医者の手にあったのは大きな植物だった。


「先生……その植物は……」


「これは"栄養ラフレシア"という植物です。

 他の寄生植物よりもたくさんの栄養を生成するんです」


「ほ、本当……ですか……!」


不気味な赤黒い花を咲かせた植物も、今では仏に見える。

栄養ラフレシアを背中にあてがい、脊髄に根をはらせる。

これで植物と共生関係になった。


「おお、栄養が行き届いているようですね」


声は聞こえたがもう体は動かせなかった。

自分の体はすでに植物が支配しており意思で動かすことは出来ない。


絶えず寄生した植物から供給される栄養が体に蓄積されるばかりだった。


医者はみるみる元気になる体を確かめてから告げた。




「よし、それじゃここにある人体から栄養を抽出しろ。

 見た目は人間だが、これらは全部植物だ。

 死んだって構わない。植物が枯れるのと同じだと思え」


人体から抽出された栄養はビタミン剤となり、また人間の手に渡った。

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